2018年11月 第2週―②
《奥義》が発動した瞬間から一気に駆け出す。
『透明化が切れる前にどこまで近づけるか――』
スキルで移動速度を上げながら、聖人のもとへと向かう。
最短距離で、真っ直ぐに――
通路を塞ぐようにして人間が歩いている。
――が、今の自分には関係ない。
『便利な《奥義》だよねぇ』
『人間をすり抜けられるんですね』
視覚的なだけではなく、物理的な透明化。
“【グラシャ=ラボラス】の《奥義》らしい”と二人が褒めるが――
その言葉に、胸が疼く。
『――確かに便利な能力だと思うよ』
こういう時は。
その言葉は、口には出さずに飲み込んだ。
――集中だ。今は前だけ見ていればいい。
スキルの持続時間もそろそろ半分を切るころだろう。
全力で路地の中を駆け抜けてゆく。
十秒――
細い路地を抜け――
大通りへと出ると、一気に人の数が増す。
『このまま真っ直ぐ進めばいいんだな?』
足を止めずに、[シトリー]に尋ねた。
『だねぇ。目標も動いてるけど、そこまで大きく位置が変わることはないみたい』
『あと少しみたいだけど大丈夫?』
残りの持続時間は――
『……あと五秒ぐらいで切れる』
『近くに天使もいないみたいだねぇ。気休め程度だけど、人通りが少ないところに入っとく?』
『……そうだな』
と言っても、最初からそのつもりだ。
間髪入れず、来たときと逆の方の路地へと入る。
『――それじゃあ、左の方ね。スタンが治ったら、いったん戻って右に入り直して』
三叉路となっていたが、どちらも人影はゼロ。
言われた通りに、左の路へと入って行く。
突然、流れるように映っていた街の風景が止まった。
――透明化の解除。
五秒間のスタン。
日の差し込まない影の世界――
街の喧騒の裏側で一人、佇む。
『ふぅ……』
深く息を吐いた。
間違いなく、監視していた天使にはバレているだろう。
まぁ、人間に見つかって、無駄に慌てる必要もなくなるのは有り難い。
……どうせ、数十秒後には騒がしくなるのだが。
さぁ、ここからが本番だ。
『あとどれくらいだ?』
『もうすぐそこ! 天使が動き始めたから急いで!』
『叢雲――!』
息を吸い――
一気に駆け出す。
いったん、三叉路の部分へと戻り、右の路地に入り直す。
自分がスタンしている間に、こちらの路地に入ってきたのだろう。
出会いがしらに悲鳴を上げ、逃げ惑う人間が二人。
『まだ距離はあるけど、後ろから追っかけてるのが一体いるからね!』
『僕が足止めします!』
『任せた!』
人間を追い抜くようにして、大通りへと飛び出した。
事前の情報では確かこの辺りにいたはず――
――どこだ? どこにいる?
『すぐ近くにいるはず! 右見てど真ん中!』
…………
あたりを見回すと――豪華なローブを纏った男がいた。
間違いない。今回のターゲットだ。
『見つけたぁ!』
まずは一発。
足止めなんてまどろっこしいことはしない。
大技で一気に削ってやるっ。
周りの雑魚は無視して、切りかかる。
背を向けて逃げようとした、聖人を追い――
『逃がすかよ――』
魔法職だったことが幸いした。
防御力も移動速度も下の下――
数歩も歩かないうちに、とどめを刺す。
――これで第一ステップ完了。
あとは、この街を脱出するだけ――
『……そっちの様子は?』
『天使が一人いたけど――』
『私が片付けたから!』
向こうでも、戦闘が発生したらしい。
あっちに天使が集まるのも時間の問題か。
『分かった。急いで戻る!』
三人が待っている方へ駆け出す。
途中で天使と戦っている叢雲がいた。
『自分を追っていたヤツか――!』
後ろから攻撃を加え、相手が振り返ったところに――
叢雲の一撃で天使が倒れた。
『そこの路地から奥義持ちが二体! 迂回して!』
『了解!』
叢雲と並行して路地を走り抜ける。
『ほぅら――』
湧いてきたぞ――!
すれ違いざまに攻撃を加えながら走り抜ける。
数は少ないが、ここで足を止めて戦うわけにもいかない。
少し後ろには、自分の盾になる様に叢雲が付いて走っていた。
『そっから左に入って! 奥義なしが一体だから何とかなるよね!』
『叢雲を先に進ませます!』
前方に立ちふさがっているのは、専用装備を持って居ない中級天使。
まずは、先行した叢雲が一撃を入れた。
自分も、攻撃をしながら距離を詰めていき――
横を通り過ぎるころには、倒しきっていた。
思った以上に、[括木]の指示によって動く叢雲が、いい仕事をしている。
攻撃、防御、立ち回り共に下手なプレイヤーよりも強い。
『いいぞ――』
『そこを右に抜けたら合流だから!』
言われて入った右の路地は――
細く、長く、一直線に伸びていた。
前方以外の逃げ場などはない。
攻撃を避けるための遮蔽物も無い。
後ろからは、依然として天使が何体も追ってきている。
『グラたん!』
目の前の大通りには三人が待機していた。
すぐに逃げ出せるよう、移動してきたのだろう。
『叢雲を先に行かせておいてくれ。自分も後に続いて出る。……で、後ろのこいつらは完全には撒けないぞ?』
どうやっても、距離を離すのがやっとだ。
『大丈夫だから! 急いで!』
『《奥義》いきます!』
「≪who said that you might take a rest?≫」
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ――
地面から、壁から。
大量の、青白い腕が生えてくる。
『――!』
味方には効果がない――
それを分かっていても、精神的にくるものがある。
狭い場所だと、なお効果を発揮するらしい。
場所が薄暗い路地なだけに、下手なホラーよりも不気味だ。
異様な光景に鳥肌が立っていた。
『叢雲ちゃんは抜けたみたいだねぇ』
『グラたんっ、躱してね!』
『え――』
――ゴゥッ。
『ちょっ――』
前方から炎の柱が真っ直ぐに伸びてくる。
躱すって言ったって――!
「≪Pay with blood and life ≫」
とっさに《奥義》を使っての透明化。
炎に包まれた路地の中――
[括木]の《奥義》もあって、完全に天使たちの足が止まっていた。
全員を倒すとまではいかないが、効果は絶大である。
『――抜けたぞ!』
『≪This gate divides hope and despair≫!』
自分が抜け出たのを確認して、《奥義》を発動させる[ケルベロス]。
路地は門の幅よりもずっと狭いのだが――
そこは、仕様で融通をきかせているらしい。
建物を壊すことなく、蓋をするように門が路地を塞いだ。
『まだ出てくるみたいだねぇ。走って!』
『了解!』
四人で出口へと駆け出した。
途中でスタンが発生して、数体の天使達が立ちふさがるも――所詮は雑魚。
こちらに[ケルベロス]がいる時点で、負けることはまずない。
叢雲も最大まで強化されている。
再び走り出した足は、止まるどころか衰えることすら無かった。
――――
『お疲れぇ。今回は楽しかったねぇ』
『お疲れ、グラたん』
『お疲れさまです』
『――お疲れさま』
現界から、ロビーへと戻って一息。
『ハイターッチ』
『はいよー』
[ケルベロス]が、[シトリー]、[括木]とハイタッチを交わす。
そしてもちろん――
『グラたんも、ハイターッチ』
…………
『……俺もか?』
『当然でしょ?』
[ケルベロス]が片手を上げ、こちらが応えるのを待っている。
[シトリー]も[括木]も、何か言う様子もない。
普段なら、ここで合わせてエモーションを使うなんてことは無い。
一人で行う方が、時間はかかるものの――
安全に済ませることができていたかもしれない。
今回のことも、冒さなくてもいいリスクだったのかもしれない。
それでも――
久しぶりの、充実感のある逃走劇だったのは確かだ。
『……たまには』
『……たまには?』
――パチンと、手を叩き合わせる音が鳴る。
『――こういうのも悪くない』




