2018年7月 第2週―②
『なっ――!? そういうことは早く言えって!』
目標を殺しただけでは“仕事”は終わらない。それほど楽なもんじゃない。
街から出て拠点である地獄界に戻って、初めてスコアに加算されるのである。街の中で倒されてしまうと"魂を取り戻された"ことになって、せっかく殺した“聖人”が復活する上、警戒が強まってしまう。
あまり喜ばしいことではない、どころの話じゃない。成功しようが失敗しようが、見つかった以上は他の味方にも負担を強いてしまう。一度やると決めたからには、失敗して戻るわけにもいかなかった。
『さぁ、ここからが正念場! 頑張ってねぇ!』
『気楽に言ってくれるよ、まったく!』
そうなると、こうして突っ立っている間にも、危険度が上がり続けているに違いない。急いで庭園から飛び出したのはいいけど――どこへ逃げればいい?
『ほらほら、急がないと天使が来ちゃうよぉ。右は強行突破するしかないから、左から回る必要がありそうだねぇ』
『――後で覚えてろよ。左だなっ』
焦らせながらも、[シトリー]はしっかりと情報を伝えて。こちらも悪態を吐きながら、言われた通りに左の道へと入っていく。
天使がこちらに気付いて、追ってくる動きを見せれば――まず間違いなく、[シトリー]から指示が出るだろう。それならば焦らず人ごみに紛れる方がまだマシというもの。
――緊張に、心臓の鼓動が徐々に激しさを増す。
じわりと、マウスを持つ手も湿り気を帯びる。
数あるグループの中、こんなに慎重に行動しないといけないのも【グラシャ=ラボラス】ぐらいだろう。薄氷の上を渡るような感覚は、心臓に悪いことこの上ない。まぁ、それが醍醐味とも言えるのだけれど。
そうして[シトリー]のナビに従いながら、順調に街の出口へと進んで。少し気が緩んだその時だった。
『今回は探知型の天使がいなくて――』
『――正面!』
途中で言葉を遮ったをそれは『警戒しろ』の合図に他ならない。本来ならば真っすぐに“聖人”がいた場所へと向かうはずのところを、わざわざ迂回して来たらしく。すぐ近くのところまで、天使が一人接近していた。
『――――っ!』
関係があるはずもないのに、思わず自分も息を止めてしまう。務めて自然に周りに合わせて歩を進めて。ここで急に立ち止まりでもすれば、勘の良い奴ならば即座に攻撃を仕掛けてくるだろう。
『…………』
ぬるりと、肩と肩が触れそうになるギリギリまで近づいて。
そして気づかれることなく、そのままにすれ違う。
向こうも正体も把握していない敵を探すのに必死なのだろう。いちいち立ち止まって目を凝らすよりは、ひたすらに走り回っているような様子だった。
十分に距離が離れたことを確認して、そこでようやく一言呟く。
『……間一髪だったな』
『お疲れさま。そんじゃあ、街から脱出して“お仕事”完了だねぇ』
入り口前、いつの間に合流したのか[シトリー]は隣にいて。
『あぁ、さっさと戻ろう』
そのまま街を出入りする人の流れに乗って――二人で街の外へと出る。並んで歩くだけでもリスクは結構高いのだけれど、ここまでくればほぼ成功したも同然。
『――ふぅ』
ここでやっと一息つくことができた。
息継ぎに、水面へ顔を出すかのような感覚だった。
メニューを開き、ワールドの移動を行う。“仕事”の締めくくりのために、次に向かうのは――
――地獄界。ゲート≪トロメア≫。
目の前にあるのは――巨大な門。
それは拠点である地獄界の各所にあり、そのまま≪ゲート≫と呼ばれていた。
ここに取ってきた魂を入れることで、スコアへと変換されるのである。
ゲートのある部屋は、俗にいうロビーのような扱いで。自分以外にも他のプレイヤーたちがちらほら。誰かとチャットで会話してたり、一人で隅っこに座っていたり。
自分はそんな人らに声をかけることもなく、先ほど狩った“聖人”の魂をゲートへと放り込む。ボーナスによって大量に加算されてゆくスコア。成果は上々だった。
『今日はお疲れさま。平穏無事に終わったから微々たるものだったけど、ま、ボクのスコアも稼げたし? 先に落ちるねぇ』
『おう、今日はありがとな。助かった』
「ノシー」
「ノシ」
最後に別れの挨拶を済ませ、[シトリー]がログアウトする。
『さて、やることも済んだし。自分も――』
と、ログアウトの為にメニューを開いたところで――
「おつかれ~( ☞ ・Д・)☞」
いきなり個人チャットが飛んできた。しかも、顔文字付きで。
……座っている状態で身動きしていなかったし、放置かと思ったんだが――チャットの送り主は、目の前の女悪魔だった。
送り主の名前を確認するまでもない。他にも悪魔はいたが、断言できる。こんな顔文字を使ってくる知り合いは――自分の知る限り一人しかいない。
すっくと立ち上がり、こちらへ寄ってくるのは、栗色のショートヘアに、やたらとヒラヒラとした水色の衣装アバター。武器などの装備も、やたらとフワフワしている。どこからどう見ても、戦闘用の装備ではない。このヒラヒラフワフワした、女悪魔こそが――
現【ブエル】第一位、[ブエル]その人だった。
…………
「私はおつかれ~って言ったんですけど(´◕ω◕`)」
「……どうしろと?」
「こっちに労いの言葉はないの?ԅ( ˘ω˘ԅ) 」
「疲れないだろ、お前。街中でアバター躍らせているだけで、スコア稼げるんだから」
【ブエル】は主に、男性を精神的に癒すことで知られる悪魔。
――なのだが、このゲームでは性別関係なく影響を及ぼすようで。
街中でアバターを躍らせていれば、その範囲にいたNPCの傾心力(悪魔陣営に変動させる)が、上昇する仕様になっており――
その際のスコア上昇ボーナスが、他の悪魔よりも高く設定されている。
つまりは、先ほど自分が言ったように――
街中でアイドルよろしく踊り続けていれば、大なり小なり自動的にスコアが溜まるという、恐ろしく簡単な“仕事”内容となっていた。
「( ゜∀゜):;*.’:; ブゥーーメラン!!!!!!」
ちなみに余談だが――
彼女自身は、元がどんな悪魔だったかは知らなかったらしい。
過去に元になっている悪魔の画像を送りつけてやったら、『うえぇ……(;゜;Д;゜;.:)』と本気で嫌がっていた。
「その言い方酷くない?(◞≼◉ื≽◟;益;◞≼◉ื≽◟)」
『ぶふっ!』
……お茶を噴いた。
顔芸は卑怯だろうが。
――彼女のアバターが、その場でクネクネと踊り始める。
「ファッション勢のトップとして、いろいろ工夫してるんだから( ✧Д✧) カッ!!」
……相変わらず珍妙な踊りだった。
なんで、どこのオンラインゲームもこう……センスのない動きなのだろうか。
「どうよ!! 今月のアバターガチャで手に入れた衣装!!ヽ( ・ω・ )ゝ」
踊りながら背中を向けてくる[ブエル]。
そこには――小さな天使の翼が、パタパタと羽ばたいていた。
「おい! 悪魔どうした!」
悪魔のアイデンティティ崩壊の瞬間。
思わず突っ込まずにはいられなかった。
芸術系統の能力やカッコよさなどのフレーバー的なステータス。
本来のRPG系ゲームでは不要なそれらが、彼女の"仕事"には大きく影響している。
そして、そういった要素がメインの装備は――
大概、防御などの戦闘能力を重視されていないことが多い。
――なので戦闘に関して言えば、それほど期待されても困る。
というのが、彼女から聞いた愚痴である。
“癒す”という元の悪魔の特徴上、多少の回復スキルは使えるらしいが――
専門職がいる以上、ほとんど無いものとして扱っているのだろう。
――――
「最近ではファンのプレイヤーも増えてきてさー( *´艸`)」
「へぇ……」
…………
「この前、天使がライブの最中に乗り込んできたときとかー」
「……なるほど」
…………
「総出で撃退してくれたりしてー!o(≧▽≦)o」
「……それは凄いな」
…………
「『ブエルちゃんマジ天使ッ!』だってwwww悪魔だっつのwwwww」
……話し始めると止まらないのはいつもの事なので、適当に流しておく。
それでも、断片的に話の内容を拾ってみると――
どうやら、彼女の追っかけをしているプレイヤーも少なくないらしい。
勝手にファンクラブないし親衛隊を作っては、妨害に来る天使を返り討ちにしているようだった。
「まぁ……なんにせよ、上手く回っているなら構わないさ」
アイドル活動()とはいえ――
人間を増やすことは、アルマゲドンの勝敗にも大きく関わっている。
非常に助かっているというのが、正直なところ。
「とりあえず、今日のノルマは済んだから。明日は朝早いし……そろそろ落ちるぞ」
明日は平日だ――
といっても、今日も平日だったのだが。
「あらら、社会人は辛いね(๑•́‧̫•̀๑)」
「同年代のくせに……」
確かそんなことを言っていたような気がする。
よくもまぁ、そんなに課金する金があるものだ。
「また今度、限定ダンジョンのアバ回収手伝ってね~。おやすみ~(´ゝ×・)ノシ 」
「おやすみノシ」




