「龍の少女」(2)
◇
「ぷっはー、うまかったっス!」
ルナナの食事が終わると、クナイ・ハチロウが言った。
「さて、まずは拙者の用向きでござるが……」
クナイ・ハチロウは、すらっと、腰の刀を鞘ごと抜いて、ルナナに見せた。
遙か東の国の意匠の刀。
重さではなく、使う者の技量を切れ味に変換することに特化した、細身の刀。
その鞘と柄には、金色の、東のドラゴン、龍の飾りがあった。
「これと同じ龍の飾りがある刀に、覚えはござらんか?」
「同じ飾りの刀っス?
うーん……」
しばらくまじまじと見ていた後、ルナナは首を振った。
「ごめんっス。見覚えないっス。
でもその刀、なんか気になるっスね。
お兄さんの目的は刀探しっス?」
「うむ、目的の一つでござるな。
この刀の姉妹刀を探しているでござる。
しかし、それはひとまず置いて次の質問でござるが……。
このあたりに、おぬし以外のドラゴンはいるでござるか?」
「んー、知らないっス。
ルナナちゃんは、ずっと前から一人暮らしっス。
今年は起きたばっかっスから、寝てる間のことは分からないっスけど」
「ふむ……」
クナイ・ハチロウの目が、何かを考えるように、すっと細まった。
一方、ジョージ少年は、ずっと黙っていた。
自分の目的のことを話さずに済むのなら、その方がいい。
そう考えているジョージ少年の横で、クナイ・ハチロウは、また無頓着に話題を変えた。
「時に」
言った。
「おぬしは、天下無双という言葉に興味はあるでござるか?」
「?」
天下無双。
ジョージ少年とルナナは、突然出てきた単語に首をひねった。
いや、単語の意味が分からなかったわけではないが。しかし、今なぜ突然、そんな質問?
「天下に二つと並び立つ者の無い、最強の者、でござる。
そして、ドラゴンとは、強い生き物であると聞くでござる。
何よりも、強い者だと」
クナイ・ハチロウは、刀を、鞘から抜いた。
そして。
その刀の先で、値踏みするように。
ルナナの鼻先に、流れるような淀みない動きで突きつけた。
「それを全て斬り伏せれば、天下無双に最も近き者になるでござろうな」
「お、お兄さん、なんか怖いっス」
ルナナは、思わず体を引いた。
が、その綺麗な鼻先に突きつけられた刀の切っ先は、ルナナが体を引いたのと全く同じ分だけ同じ速さで移動した。まるで最初から微動だにしなかったように、ルナナの鼻先に突きつけられたままだった。
「……」
「お兄さん。ほ、本気っス?」
「……」
ジョージ少年は、固唾を飲んで、クナイ・ハチロウの刀の切っ先とルナナとを見つめていた。
この東の国のサムライが、ドラゴンを殺してくれるなら。
それは。
ジョージ少年が望む通りの展開、のはずだ。
だが。
「……」
だが。
しばらくの間の後。
クナイ・ハチロウは、肩をすくめた。
刀を引いて、鞘に納めた。
ジョージ少年は、それを見届けてから、目を逸らした。
「逃げ腰の者を切り捨てるのは気が引けるでござるな。
この場は止めておくでござる。
あ、しかし忠告でござるが……」
「?」
そこで、森の中に物音が聞こえた。多人数の、近づいてくる足音。
フパシャシュ配下の兵たちが姿を現し、さらに後続に声をかけた。「いたぞ!」
なんだろう、と首をひねっているルナナに、クナイ・ハチロウは背を向けながら言った。「あの者らは、ドラゴン退治の一団でござる。気をつけねば、おぬし、殺されるでござろうな」
「……え。
ええええええ!? っス!」
ルナナが立ち上がったのと、取り囲む形でさらに多くの兵士たちが森の四方から姿を見せたのが、ほぼ同時。
最後に、禿頭の大男のフパシャシュが姿を現した。
取り囲む兵たちを見て、ルナナは慌てた様子で言った。
「る、ルナナちゃんは食べてもおいしくないっスよ!?」
フパシャシュは構わず、兵たちに声をかけた。「弓を射ろ!」
声に応えて、黄色と赤橙色の服を着た正規兵を中心に構成された弓兵たちが、矢を放った。
「さて、お手並み拝見でござるな」
「わ、わ、ちょっと待てっての!」
クナイ・ハチロウは素早く射線上から離れ、ジョージ少年も慌てて別方向に逃げた。
離れる瞬間に、ジョージ少年はルナナのほうを見た。思わず手を伸ばして彼女を連れだそうとするのを、意識してこらえた。
フパシャシュたちがドラゴンを殺してくれるなら。
さっき思ったことと同じ。
望み通りの展開なのだ。
そう、自分に言い聞かせて。
結果として、そこにはルナナだけが取り残された。
矢。
斉射。
「ひぇえっ! っス!」
ルナナが体をすくめ、その体に矢が突き刺さると思えた瞬間。
ルナナの黒髪が、雷を伴って逆立った。