「龍の少女」(1)
3、「龍の少女」
食事処の外に出たときには、少女の姿はもう見えなかった。
ただし飛んで逃げていったというわけでもなく、近くにいた町民に話を聞くと、少女が走り去った方角を聞くことが出来た。
曰く、「ものすごい速さで走って去っていった」
クナイ・ハチロウと二人で教えてもらった方角へと向かいながら、ジョージ少年は言った。
「本当に、さっきの子がドラゴンなのかい?」
「疑うでござるか?」ぱくっ。もぐもぐ。
「だって、人にしか見えなかったじゃんか」
もぐもぐ、ごっくん。
「東のドラゴン、『龍』は、よく人の形で姿を見せるござる。
西の『竜』は違うでござるか?」ぱくっ。もぐもぐ。
「……」
東の龍と、西の竜。
どちらもドラゴンだが、性質には違いがあると聞く。
その歴史にも。
東の龍はまだ姿を見せることがあり、神獣として人間から信仰を受けることもある。だが、西の竜は悪獣として扱われ、もはや表舞台からは姿を消している。
……。
「それはそうと、それ、いつまで食ってんのさ」
ジョージ少年がにらんだ先、クナイ・ハチロウの片手には、米飯がまだたくさん入った皿があった。
クナイ・ハチロウは、そこから手掴みで口にぱくっと入れて、もぐもぐと口を動かし、ごっくんと飲み込んでから、言った。
「はっはっはっ。
まだ口の中が辛いのでござる。米飯があると落ち着くのでござるよ」
町外れまで出ると、その先は針葉樹の森が広がっていた。
真っ直ぐな樹木が立ち並ぶ、下生えの草は少なく生き物の気配も少ない静かで見通しの良い森。
「で、ここから先はどうしよう。闇雲に探すしかないか」
「あの真下あたりではござらんか?」
見ると、森の奥の上空に奇妙な雲が集まり、雷鳴を響かせていた。
森の奥に進むと、少し開けた場所に出た。そこに、少女の姿が見えた。
少女は食事処でもらった料理の入った皿をまだ手に持っていて、食事していた。
一口、その辛い料理を口に入れては、
「……く~~~っ! っス!」
黒い髪が雷を帯びて逆立ち、端正な鼻から炎と蒸気がもれた。
口をきつく結んでいるのは、また口から炎を吐き出してしまうのを我慢しているらしい。
なんとか落ち着くと、満足そうに口を大きく開けて新鮮な空気を取り込んだ。
「ぷは~~~っ、やっぱり辛旨いっス!」
口の中が落ち着くのを待ってから、また次の一口。
以下、繰り返し。
ちなみに、少女が口をきつく結んで辛さを我慢している間、上空では雷鳴が轟いていた。どうやら連動しているらしい。
ジョージ少年とクナイ・ハチロウは木の陰から少女を見ながら、お互いに目を交わした。
「どうする? 他の連中が追いつくのを待つかい?」
「ふむ。いや、拙者が話しかけてみるでござる」
クナイ・ハチロウは、少女に近づいて話しかけた。
「その辛さには米飯が合うでござるよ。どうでござる?」持っていた米飯の皿を差しだした。
少女は目をぱちぱちとさせてクナイ・ハチロウを見たが、にっこり笑った。「ありがとうっス!」
警戒する様子もなく、少女は米飯の入った皿を受け取った。
もぐもぐ。
「うまいっス!」
「あんたら、似た者どうしかっての。
なんで平和な食事風景が始まってんだ」
ジョージ少年は呆れた顔をした。
ともかく、危険は無いようだ。そう判断し、自分も木の陰から出て少女に近づいて、じろじろと少女の様子を観察した。
少女。黒髪で緑目の。
丈の長い、サイズの大きいゆったりとしたローブで全身を覆った少女。
ローブから外に出ている手は、雪のように、とても白く。
大きく開いたローブの首元にも、綺麗な鎖骨が浮き上がる白い肌が見えた。
……。
あれ? ローブの中は、もしかして裸?
……い、いや、そ、そんなはずはないか。
ジョージ少年は雑念を黙殺しながらもう少し観察した。よく見ると、その健康的な肌の所々は、薄く綺麗な白い鱗で覆われていた。
鱗。人間の皮膚ではなく。
「ところでさ、あんた本当に、ドラゴンなのかい?」
「ルナナちゃんっス!」
「?」
「ルナナちゃんっス! 名前っス!」
えっへん。
少女は誇らしげに胸を張った。
自分のことを名前で呼ぶ奴はきっとロクな奴じゃない、とジョージ少年は内心で思った。
「……で、そのルナナちゃんはドラゴンなのか?」
「そうっス!」
えっへん。
「で、ドラゴンのルナナちゃんに何か用っスか?」
そう聞かれて、ジョージ少年は戸惑った。確かに、用はある。ジョージ少年はドラゴンを探してここまで旅してきた。
だが。
その目的は……。
口にする言葉を迷うジョージ少年とは対照的に、あっけらかんと、クナイ・ハチロウが言った。
「そう、用があるのでござる。
しかし、まずはルナナ殿の食事が終わるのを待つでござる」
「あ、うん、ちょっと待つっス!」
にこにことした顔で、ルナナは食事を続けた。辛さに嬉しそうに悲鳴をあげて、口元から炎の息をもらしながら。