「少年とサムライ」(1)
2、「少年とサムライ」
世界最高峰の山々を北にいただく、高地の国ドルク。
北を山脈に、それ以外の三方を深い森林地帯に覆われたこの国は、陸の孤島のような国だ。地理的には大陸の中心にありながら、東西の交易路からも外れ、人の往来は多くない。
必然的に、人の営みの規模もそう大きくはない。高原に広がる森の合間、山の合間、谷の合間に、ぽつりぽつりと、小規模の町や村が散らばっている。
そんな町の中の一つ。
このあたりでは一番大きい町。
大きいとは言っても、住民はほとんどが自給自足を基本とする農家。店といえば露天商が数店並ぶ程度の小規模の市場と、そこに商品を持ち寄る旅商人が利用する以外にはほとんど使われない一軒の宿泊所兼食事処ぐらいしかない。
その宿泊所兼食事処に、今は珍しく、人が溢れていた。
ほとんどが男。幅広の剣を腰に吊るか、弓矢を背負うか。全員が武器を持った、物々しい一団。
ただし荒くれ者ではなく、騒々しく食事を行いながらも、ある程度の統制は取られていた。
その半数以上は、遠く離れた王都からやってきた兵士。彼らの服は皆、黄色と赤橙色で統一された民族衣装。
彼らを中心にして、残りは同じく王都で招集された臨時の雇い兵たち。
その中に、二人だけ、明らかにこの国の人間ではない姿が見えた。
一人は、赤味を帯びた金髪で青い目の、西の果ての島国から来た少年。ジョージ・ガーストン。
服装は、生国では一般的な服装だったチュニックとズボン。
顔立ちは、このあたりの黒髪で彫りの薄い顔立ちの人々に比べると明らかに浮いて目立っていた。
もう一人は、東の果ての島国から来た青年。クナイ・ハチロウ。
服装は、やはり生国のものだが、こちらはこの国の民族衣装とそう遠くはない。ただ、染料はこのあたりでは見られないものらしく、鮮やかな青が目立っていた。
また、顔立ちも、黒髪で彫りが薄いという点ではこの国の人々に近いが、しかし髪を短く剃り上げるのが基本のこの国の男たちとは違い、伸ばした髪を後頭部で結っていた。
そして、周囲の者たちとは明らかに違う形状の刀を持っていた。
その刀の柄と鞘には、東のドラゴン、龍が金色で装飾されていた。
二人の出身地は東西の両極で大きく離れていたが、ここでは異国人であるという親近感からか、他の者たちとは別の同じテーブルで昼飯を食べていた。
昼飯を食べながら、クナイ・ハチロウは叫んでいた。
大声で。
「か、か、辛あぁああああっあい!!!
でござるが、うっまあああああいい! でござる!」
「サムライのおっさん、もっと静かに食えっての。
にらまれてるじゃんか」
「いや、超絶辛いでござるからして!
超絶美味でもござるが! ひぃぃぃぃ!」
クナイ・ハチロウは、木のスプーンで目の前の料理をまた一匙すくって口に入れた。
唐辛子が丸ごとのまま、まるで何か平凡な優しい味の野菜であるかのような顔をしてたっぷり入った、チーズをベースにした煮込み料理。この地方では日常的に食べられている料理だそうだ。
「やっぱり辛あああああああああい! でござる!
うっぎひゃああああああ!
火を噴く辛さ、でござる!」
「人間が火を吹くかっての。ドラゴンじゃあるまいし」
「いやしかし、ジョージ少年はよく平気な顔で食べるでござるな! うぐひゃあああ!」
「オレ、舌が鈍いんだよね」
ジョージ少年は同じ料理を口に入れて、もぐもぐと反応薄く口を動かしながら、周囲を見た。
西の果ての島国からずっと旅をしてきたが、その中ではこの国は比較的平和な国だ。住民も、穏和な顔が多い気がした。
ただし、それでも、異邦人に対して分け隔てなく接してくれる者は多くない。
特に、ここに集まっているのは武器を持って目的に向けて集まっている兵士と傭兵だ。見かけからして違うジョージ少年とクナイ・ハチロウは、やはり周囲から警戒されて距離と壁を置かれていた。
それを改めて感じて肩をすくめていると、兵士たちをまとめるフパシャシュという武官の男が、ずかずかと近づいてきた。剃り上げた禿頭の、筋骨隆々の大男。他の一般兵士たちとは違い、金属の首飾りと腕輪を幾つもつけて階級の違いを見せつけていた。
そして、どかっ、と。
テーブルの上に、大盛りの米飯の皿を置いた。
クナイ・ハチロウを見下すような目でにらみつけ、言った。
「おい、異国人。わめきながら食うな。
この国じゃ、子供だって平気で食うぞ。
米と一緒に食え。米を口に詰め込んで、黙って食え」
「む、これはかたじけないでござる!」
見下すような目を気にする様子もなく、クナイ・ハチロウは唐辛子の煮込み料理と米飯とを大盛りで口の中に入れた。
そして叫んだ。
「米と合うでござるなあああ!
しかあああし、やっぱり辛いでござる!
ぐっはああああ!」
フパシャシュは、口を閉じないクナイ・ハチロウに眉をしかめながらもあきらめたのか、毒気を抜かれた様子で肩をすくめると、自分のテーブルに戻っていった。
ジョージ少年はクナイ・ハチロウに言った。
「明らかに馬鹿にされてるよ。
いいのかい?」
「む?
はっはっはっ! そのくらいはご愛敬でござる!」
「なんだそりゃ」
「旅をしていれば、その程度のことはいくらでもあるでござるよ」
それから。
急に、にんまりと、笑った。
「それに、変に警戒されるよりは、気安く馬鹿にされるぐらいのほうが異国では行動しやすいでござろう?」
ジョージ少年は肩をすくめた。「オレは、嫌だね。馬鹿にされるなんざ」
肩をすくめて、ジョージ少年は思った。
どうにか目的を果たして、早く故郷へ帰りたい。
目的。
そのために、ジョージ少年はこの一団に参加した。
この一団。ドラゴン退治の一団に。