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短編

ハルの森

作者: 高瀬めぐみ
掲載日:2015/09/21

甘さとか何にも存在しません

そもそも恋愛が存在しません



【そこから誰も・・私を連れ出さないで・・・


 そこだけが・・・私の居場所だから・・・


 そこだけが・・・私でいられる場所だから・・・】








 森は昼間でさえも生い茂った木々によって日差しが遮られ、薄暗くしっとりとした湿った空気が辺りを覆い尽くしていた。


 滅多に人など入り込まないその森の奥に、森の入り口近くに住むハル――ハイシェールは日課のように毎日入り込んでいた。


 ハルにとって森は自分の庭と同じで迷う事などないに等しく、また、村に住む大人たちが思っているような恐ろしい場所でもなかった。


 森はいつもハルを暖かく迎え入れ、ハルも優しい森の空気に包まれているその時が一番落ち着ける時間なのであった。


 森の中こそが、ハルにとって自分を素直に出せる場所なのであった。



 否、森の中だけがハルにとって本当に安心できる場所なのかも知れなかった。






「おはよう~。今日もいい天気ね。」



 誰もいないはずの森に向かってハルはいつものように朝の挨拶をする。


 それは、ハルがこの森の奥に来るようになった10歳の時からの日課だ。


 相手の返事など最初から期待していないのかも知れない。


 ハルは挨拶を済ませると下草を踏み分けて森の奥へと進んでいく。


 不思議なもので、毎日ハルが通っている行程の踏み倒したはずの下草は、次の日にはもう何事もなかったかのようにキレイに生え揃っているのだ。


 しかしそんな事さえもハルにとっては気になる事でも、恐ろしい事でもないモノなのであった。


 ただ、自分を暖かく受け入れてくれるこの森の空気が、森に住むもの達が、この森の全てがハルは大好きなのであった。





 しばらくハルが森の中を突き進んで行くと、突然目の前の景色は小さな広場へと変わる。


 そこは、ハルだけが知っている秘密の場所。


 ハルだけの秘密の広場。


 森がハルを受け入れた証である不思議の場所。


 この森に入った人間で、ハルただ一人だけが辿り着ける場所。



 ハルの為だけに存在する場所。






「やぁ、ハル。今日も来たのかい?」


「おはよう、ヤッチャ。今日も来たわ。」


「ハル、今日は何をするんだい?」


「おはよう、バルモン。今日はパンに入れるハーブを採りに来たのよ。」



 広場に着いた途端にハルの周りに小さな光としか思えないもの達が集まってくる。


 その光景はまるで、ハル自身が光り輝いているかのようであった。


 光達はそれぞれが意思を持ってハルの周りをフヨフヨと飛び回り、ハルに話かける。


 その光の全てがハルにとっての友達であり、家族なのであった。




「ハル、ハル。あっちにビアンチェが群生しているよ。」


「ありがとう、ミスコッティ。じゃあそれを採って帰ることにするわ。」


 光の中でも特に小さな淡い桃色の光がハルの耳元に近づき、そう囁いた。


 その言葉にハルは笑顔で答えて、光の指し示した方へと歩いて行く。





 少し広場から森の中へと戻るようにハルが進むと、そこには紫色の小さな花が群生していた。


 ビアンチェと呼ばれるその小花は、パン生地に練り込んで焼くと甘い香りと微かな甘味を出す。


 焼きあがったパンも微かな紫色をしていて、とてもキレイに見えるのだった。




「ホントね。ビアンチェがいっぱいあるわ。ありがとうね、ミスコッティ。」


 もう一度ニッコリと笑ってハルは桃色の光にそう言った。


「えへへ、どういたしまして。じゃあ、またねハル。」


 すると光は嬉しそうにハルの耳元でそう答えると、チカチカと光って森の中へと帰って行ったのであった。






「う~んと、これくらいでいいかな。」



 一人分のパンに入れるには少し多めにビアンチェを採って、ハルはまた広場へと足を向ける。


 するとまた光達がハルの周りにフヨフヨと集まり、それぞれがハルに語りかける。



「ハル、ハル・・今日はもう帰るのかい?」


「えぇ、用事が済んだから帰るわ。」


「ハル。明日もまた来るのかい?」


「えぇ、明日もまたみんなに会いに来るわよ。」



 そうそれぞれに答えると、ハルは来た道を引き返すように森の入り口へと向かって歩き出す。


 ハルが一歩広場から足を踏み出すと、そこにはもう広場は存在せず、ただ森が広がるばかりであった。






 そこは不思議の場所。


 ハルだけが知っている場所。


 ハルだけが辿り着ける場所。


 ハルだけの秘密の森。




 ハルだけの為に存在する、ハルの森。






 大人たちはその森を「夢の森」と呼ぶ。






「ハル・・ハル・・・ハイシェール。


 起きて・・・ お願い、目を覚ましてちょうだい・・ハル。」



「ハルはもう、夢の森から出て来れなくなってしまったのか・・・」



「やめてちょうだい!!この子は、ハルは夢に囚われるような弱い子じゃない・・


 私の娘は・・・そんな弱い子じゃ・・・」



 そう言ってハルの母は眠り続ける娘の傍らに泣き崩れた。




 ハルが眠りについてから5年、「夢に囚われる、夢の森から出れなくなる」と大人たちが言う眠り病。


 夢の森と呼ばれる子供たちの夢の世界。


 そこは、現実世界から逃げ出した子供たちの避難場所。




 全てが子供たちの思う通りの場所。


 全ては子供たちだけの安らぎの空間。


 全ての出来事が、子供たちを捕らえる世界。




 夢の森




 そこは、大人たちに抑えつけられた子供たちの思いから生まれた場所。




読んでいただきありがとうございました。

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