マリクの妬心
マリクは苛立ちを隠せなかった。
(やっと離れられたと思っていたのに……! なのに彼女も舞楽団に入るなんて!)
マリクは心を落ち着かせようと竪琴の練習を始めた。
しかし苛立ちは音に出てしまい、早々に手を止めることとなるのだった。
何でこんな醜い感情を持つようになってしまったのだろうと、マリクはずっと悩んでいた。
だけど彼女の音を聴くたびにどす黒い感情が涌き上がってくるのだ。
彼女が悪いわけではないと分かっているのに。嫉妬は醜いと思っているのに。
なのにどうしてもその感情を消すことができない。
彼女の才能を妬むより、自分の才能を磨くことのほうが大事だと、何度も何度も心に言い聞かせてきた。
けれど彼女の音は否応もなく耳に入ってきて。そのたびに自分との才能の差を見せつけられているような気がして。
そんな感情から逃れるために巡回楽士を希望した。彼女の音が聞こえない所に行ければどこでもよかった。
(なのに何で!)
彼女に対して殺意にも似た感情を覚える。
――この感情を爆発させないためには、どこに逃げればいいのだろう?
そんなことを毎日考えていると、ある日マリクは団長に呼び出された。
「何か悩みがあるのだろう?」
そう言われても、自分の醜い感情を悟られたくなかったマリクは何でもないことのように「少し行き詰まっているだけです」と答えた。
「……アリアが原因か?」
その言葉に、マリクはピクリと肩を震わせた。
「アリアが入ってから、おまえの音がおかしくなった」
やっぱりバレていたのかと、マリクは大きく息を吐いた。
「アリアに対して何かあるなら、今ここですべて吐き出してしまえ」
団長の言葉に、マリクは何をどう言ったらいいのだろうと逡巡する。
そうしてようやく出した答えは「言いたくありません」という言葉だった。
「……言いたくなったらいつでも来い」
団長はそう言って退室を促した。
マリクは団長に申し訳ない気持ちになりながらも、自分のこの感情は自分で解決しなくては、と思った。
どんな感情も、自分の音を豊かにするための糧になる。
そう信じて、マリクは自分の醜さと向き合う覚悟を決めたのだった。