楽士見習い
歌姫見習いになって二日後、アリアは指導してくれる元歌姫のリラにため息混じりにこう言われた。
「やっぱり、歌姫は無理だね」
……自分でも無理そうだとは思っていたが、はっきり言われてしまいアリアは落ち込んでうなだれた。
「綺麗な声をしてるのにねえ……」
リラは残念そうにため息を吐く。いくら声が良くても、音程を合わせることができなくてはどうしようもないのだろう。
「なんとかなるかと思ったんだけどねえ」
リラは声はいいのにとしきりに残念がっていたが、俯いたアリアはまた巫女見習いに戻れるだろうかと、そのことばかり考えていた。
そんな彼女の思考を露ほどにも知らないリラは、元気出してと明るく励ましながら、アリアに次の見習い先について話し出した。
「それじゃあ今度は楽士様の所に行こうか」
その言葉にアリアは「楽士様?」と顔を上げた。
「そうだよ。そっちも駄目だったら、また巫女見習いに戻ってもらうからね」
そう言われてアリアの顔はパアッと明るくなった。
「巫女見習いに戻れるんですか!?」
「楽士も駄目なら、あとは舞姫しかないからねえ」
「舞姫なんて無理です!」
アリアが力強く宣言すると、リラは「わかってるよ」と声を上げて笑った。
「とにかく楽士様の所に連れて行くから、そこで頑張ってごらん」
そう言われても、アリアはすぐに巫女見習いに戻されることになるだろうと思っていた。
だから初日の悲壮な決意を忘れて、楽な気持ちでリラの後をついて行った。
しかしそんなアリアを打ちのめすかのように、楽士のアルスの指導は厳しかった。
「そこ! 指が違う!」
「もっと速く!」
「そこはゆっくり弾くんだ!」
「もっと心を込めて!」
そんなことを毎日言われ続け、やっと少し慣れてきたと思ったら「楽器を換えよう」と言われて竪琴を渡された。
指導してくれるアルスには悪いが、アリアはもういっその事“才能がないから巫女見習いに戻れ”と言ってくれないかと思っていた。
しかし彼女の思いとは裏腹に、アリアは正式に楽士見習いに決まり、籍も舞楽殿に移すことになってしまった。
そして指導は更に厳しくなり、アリアは優しくしてくれるマリクについ休憩中に愚痴を零してしまった。
「私、巫女見習いに戻りたい……」
するとマリクは聞いたことのない冷たい声で「戻れば?」と言った。
「楽士になりたくないならそう言えばいい。やる気がないのに居られちゃ迷惑だよ」
その言葉に、アリアは反射的に「ごめんなさい!」と謝ったが、マリクは何も言わずに立ち去ってしまった。
(嫌われちゃった……)
アリアの目に涙が滲んだ。
優しいマリクに甘えてしまった。
巫女への未練はもう断ち切らなければならないのに。
今はもう自分は楽士見習いなんだから……!
(甘えちゃ駄目!)
アリアは自分に言い聞かせながら、涙を止めようと頑張った。
そしてようやく落ち着いた頃、マリクが迎えに来てくれた。
「さっきは言い過ぎた」
そう言って、彼は手を差し出した。
アリアはその手を取りながら、小さく首を横に振った。
その後は無言で互いの師匠のところへと戻り、竪琴の練習を始めたのだった。
その日を境に、アリアは真剣に楽士を目指し始めた。
マリクはその後も何事もなかったかのように優しく接してくれ、アリアは4歳年上の彼のようになりたいと弱音を吐かずに頑張った。
そしてマリクの成人が近付いたある日、彼が巡回楽士を希望していることを知ったのだった。