舞楽殿
ある日、巫女のジェナイアが言った。
「アリアは声が綺麗だから、巫女よりも歌姫に向いているのではないかしら」
……声を褒められているようだが、日頃巫女に向いていないと言われているアリアには、遠回しに転向を勧められているように感じられた。
「そうねえ。鈍くさいアリアに舞姫や楽士は無理だろうし」
「あら、舞姫は無理でも、楽士は分からないわよ。案外向いているかもしれないじゃない?」
巫女のお姉様たちは落ち込むアリアに構わず、次々に転向先の候補をあげていく。
そして話が終わる頃には、アリアは歌と楽を習いに舞楽殿に行くことが決まっていた。
もちろんアリアに拒否することはできなかった……。
次の日、アリアは舞楽殿へと足を踏み入れた。
初めての場所は緊張する。
アリアが誰に話しかけたらいいだろうかと様子を伺っていると、ふと以前聴いた竪琴の音が耳に入ってきた。
視線を向けると、15歳くらいの少年が竪琴を弾いていた。
アリアはそのどこか懐かしさを感じる音色に耳をすませた。
しかし少年はアリアに気付いて弾くのをやめてしまった。
「何か用事?」
少年が優しい声で訊いてくれた。
アリアはその声にホッとして、歌と楽を習いに来たことを伝えた。
「これから見習いに入るの?」
少年はアリアを見て不思議そうに言った。10歳のアリアは見習いに入るには遅い年齢だからだろう。
「私は巫女見習いをしていたので」
アリアがそう答えると、少年は納得した顔になった。
アリアが巫女見習いになったのは5歳の時だ。今更ほかに転向できるかどうか分からないが、巫女様たちが勧めるのだから大丈夫なのだろう。
……そう思わないと不安でたまらなかった。
(もしここが駄目だったら、また巫女見習いに戻れるかしら……)
戻れないと言われたら、神殿に居場所がなくなってしまう。
そうしたら、成人後は神殿の外に出て行かなくてはならない。
外の世界を知らないアリアには、それは恐怖でしかなかった。
(だからここで頑張らなくちゃ……!)
アリアは悲壮な決意を胸に秘めて、目の前の少年に「よろしくお願いします」と頭を下げた。
少年は「ついて来て」と言って歩き出した。
アリアは少年に従って歩きながら、優しそうな人がいてよかったと思った。
――これがアリアと楽士見習いマリクとの出会いだった。