六 キキョウの容姿
今日は二話投稿
こっちが一話目
キャメローにはアザミさんの言うとおり、大勢の人がいた。
馬車の窓からのぞく世界は、それはそれは新鮮で、新しいものばかりだ。とてもじゃないが、収容所に暮らしていては見る事も想像する事も出来ない。
キキョウは窓に張り付いて、外の光景を飽きもせずに眺めた。
「おのぼりさんだな」
カトレア様がキキョウの姿を見て、そう評した。
キキョウは少しだけ恥ずかしかったが、それでも外を見るのをやめなかった。
これが、夢にまで見た外の世界。
建物が収容所にあったボロボロの家屋じゃない。まるでキキョウの髪のように白い石で出来ている。とても頑丈そうだし、絶対にすきま風に悩まされないだろう。
キャメローに入ってから、キキョウは興奮しっぱなしだったが、少しだけ異変を感じた。
視界に入る男の数が、異様に少ない。大半が女性だ。あそこに居る人も、こっちの人もそうだ。全員女だ。偶にキキョウのようにボロボロの服を着た人がいる。全員明らかに男性だ。
――圧倒的格差だ。
キキョウは現実を目の当たりにした。これでは収容所の外も内も変わらない。知らないうちに震えている。怖い。これが平然と行われているこの世界が。
そして、そのことをまるで当然のように受け入れいているカトレア様とアザミさんに……。
絶対にばれるわけにはいかない。
キキョウは男だ。
しかし今この時から、女になる。
体は男で、心を女にするんだ。大丈夫だ。キキョウの容姿は幸いに、限りなく女に近い。カトレア様も完全に勘違いしていらっしゃる。失敗をしない限り、ばれる心配はない。
あくまで自然に事を運ぶのだ。
キキョウはそろそろ席に着いた。しかし急に心細くなった。自分の格好がやけに寂しい。もっと布が欲しい。体全体を覆う服を着たい。体の線を隠せるようなものが好ましい。
しかしここで服を要求して、着替えろと言われたら終わりだ。服は欲しいが、今言うべきではない。
キキョウは黙り込んだままでいると、馬車が人気の少ない通りに入った。
数秒するとカトレア様が「しまった……」と呟いた。
「どうかしましたか?」
アザミさんがいろいろ準備している手を休めないで、カトレア様に声をかけた。
「キキョウの格好が貧相過ぎる。あの母に会せるような状態ではない」
ギクリとキキョウの体が固まった。気づかないでくださいよ。
「アザミ、私ので良いから替えの服は用意してあるか?」
「申し訳ありません。日帰りの予定でしたので、準備を怠りました」
「くっ……。あのヒステリックババアに今のキキョウを会わせるのか……」
「……お嬢様、絶対に奥様の目の前でそのようなことは言わないでくださいね」
アザミさんが戦々恐々としているのが、背中からも伝わってくる。
「チッ、仕方ない。ほら」
カトレア様がフッカフカの布をキキョウに渡した。
「少し汚れているぞ。小奇麗にしておけ」
これでどうにかなるのかと思ったが、着替えるよりかはマシなので、布でごしごし肌を拭いた。
「ん~~~……。やはり恰好がな……。麻の服であの女の目に触れさせるのは……」
カトレア様は眉根に皺を寄せて、うーんと唸っている。
そうこうする内に、馬車がどこかの敷地内に入ってしまった。
「しまった。もう着いてしまったか。仕方ない。キキョウは今から何か質問されても黙っていろ。人形のように佇んでいればいい」
それはどうなのだろうか。
まあ、黙っているだけなら簡単そうなので、了承した。
馬車が完全に停止して、御者の人が目の下に隈を作りながらも、馬車の扉を開けた。
「お嬢様方、到着いたしました」
「ご苦労だったな。予定通り今日は休んでくれ」
「ありがとうございます。では、私はこれにて」
御者さんはふらふらになりながら、どこかに消えて行った。とても疲れていそうだ。それも仕方ない。キキョウたちが寝ている間も、彼女はずっと馬車を走らせていたのだから、心の中で彼女に感謝した。というより、その後ろ姿に、頭を下げた。
「何をやっているんだ?」
カトレア様がそんなキキョウの体を押して、強引に馬車から降ろさせた。
「私は馬たちを厩舎まで連れて行きますので。お嬢様だけでお屋敷の方に行ってください」
それだけ言って、アザミさんもどこかに行ってしまった。
その時になって、キキョウは目の前にある屋敷に気付いた。
「ああー……」
呆然としてしまって、ボケた声が出てしまった。
レンガ造りの赤と茶色を基調とした風情のある二階建ての建物だ。町の方は白で統一されたような印象だったが、ここは違う。ここだけは特別性だ。
それに敷地も相当に広い。建物が占める面積以上に庭が広い。中央には噴水らしきものもある。
「……お金持ちですね」
やっと出た言葉がそれだ。なんとも安っぽい。
「まあな。私のおかげだ」
それは何故と訊こうとしたが、カトレア様が歩き始めたので、キキョウも後ろに付いて行った。
「何があっても口を開くなよ。面倒なことになりかねん」
「わ、分かりました……」
何があるというのだろう。
カトレア様はとても大きな艶のある木製の扉を開けた。扉一つとっても意匠が凝らされていて、とても高そうだ。
「ただいま帰りました」
キキョウはカトレア様の背後にぴったり寄り添う。後ろからこそこそと屋敷の中を見た。
……すっげー。
ぴっかぴかだ。床はなにか特別な石なのだろうか。白色の石は、僅かに光沢があってとても綺麗だ。内壁は煉瓦模様となっていて、見る者を楽しませる。
目の前には二階に上がるための大きな階段がある。左右を見ると、とても長い廊下が広がっていて、数多くの部屋がありそうだ。
近くには数名の侍女姿の人達がいて、一斉に「お帰りなさいませ、お嬢様」と唱和した。
「母上は――」
カトレア様の言葉を遮るように、二階の方から声がした。
「帰りましたか。随分遅かったですね」
そこには一人の女性がいた。どぎつい紫のドレスを着て、ゴテゴテに宝石を着飾っている。カトレア様とは似ても似つかない汚い金髪。あれはおそらく無理矢理脱色したのだろう。髪の毛が痛んでいて、ぼさぼさだ。体型もかなり歪んでいる。端的に言えば、かなりの肥満体系だ。
「途中で吹雪にあって遅れました」
「そうですか。まあいいでしょう。今はあなたには時間があるのですから」
カトレア様が小声で「母のオダマキだ」と言った。
つまりオダマキ・アンハーバンということか。
そのオダマキは危なげな足取りで階段を下りてきた。無理に高いヒールを履いていて、とても不安定なのだ。
「あの男はちゃんと放棄したのでしょうね?」
「収容所に預けました」
「これだから男は……! 存在だけでも罪だというのに、私から金を毟り取るなど言語道断。本当なら殺してやりたいところですが、それをやると女騎士団に捕まってしまいますからね。私も我慢しているのです」
ぞぞぞっとキキョウの体が震えた。口ぶりからして、完全な差別主義者だ。忘れそうになっていたが、カトレア様は収容所に男子の赤ん坊を預けに来たんだ。たまたまあそこに居た訳じゃない。このオダマキがカトレア様に男子を送る様に命令したんだ。
「母上。出産間もないのですから、無茶しないでください…………もう年だろうが」
最後の方は本当に小さな声でカトレア様が呟いた。これはあのオダマキには聞こえないだろう。
「そうですね。すぐに部屋に戻りましょう……。ですが――」
オダマキはキキョウをおぞましい目で見た。キキョウは回れ右して、屋敷を出て行きたかった。
「一匹変なのが混じっていますね。さっきから私の視界に入って大変不愉快です」
ぶわっと脂汗が出ている。自然と下を向いて、目線を合わせないようにするのが精一杯だ。
オダマキは一階まで降りて、悠々とキキョウに近づいてくる。
「格好も薄汚いし。どこの貧民なのですか。なぜこのアンハーバン家の敷地をまたいでいるのでしょう。この羽虫は」
キキョウは何も語らない。カトレア様が言っていただろう。何もしゃべるな、と。黙っているんだ。下を向いていれば、いつか嵐も過ぎ去る。
「何とか言ったらどうなのです。黙っていては分からないでしょう。私を誰だと心得ているのですか。次代の魔導師を生んだオダマキ・アンハーバンですよ。あなた如き下等生物が私の前に立っているという事実がどういうことか分かっているのですか?」
オダマキがキキョウの前に立とうとした時、それをカトレア様が制した。
「母上。やめてください。キキョウが怖がっているではないですか」
「キキョウ? この小娘のことですか? 大層な名前ですね」
「母上と言えど、キキョウの侮辱は許しません。彼女への暴言は私への暴言と同義です」
二人の視線が交錯する。正直、おっかなすぎて今すぐこの場から去りたい。
だけど、二人の威圧感がそれをさせない。
「なんなんですか。この小娘に執着しているようですが」
「母上こそ、態度を改めた方が良いですよ。キキョウは母上が考えている次元を遥かに超越しています。謝るなら今の内ですよ」
「言わせておけば。この小娘が何だというのです」
「キキョウは魔術師見習い級です。つまり第四階位――母上より身分が上です」
途端にギロッとキキョウのことを睨んできた。
「この小娘が私より上ですって!? そんな馬鹿な話があるわけないでしょう!! 私は次代の魔導師を生んだオダマキ・アンハーバンですよ!? 魔術師見習い級より遥か天上に位置しているのです!!」
大絶叫が玄関に響き渡る。本当にすみません。何に謝っているのか分からないが、一応謝っておこう。心の中でだが。
「どうにか言ったらどうなのですか!? えぇ!? 黙ってないで――ウッ!」
オダマキは興奮しすぎたのか、フラフラと足元が覚束なくなり始めた。
カトレア様が小さく鼻で笑うと「これはこれは。どうかしましたか?」と気遣うふりをしている。
周りにいた侍女たちが慌ててオダマキに駆け寄るが、振り払われている。
「あとキキョウは私専属の侍女――それと側付きとして雇うことになりました」
「な、何ですって――うぅ……」
オダマキは今にもぶっ倒れるのではないかというほどフラフラしている。太り過ぎで体調が芳しくないのだろうか。
「くっ……。アザミはどこです……。さっさと私の治療しないか……!」
「アザミは厩舎です。大人しく寝た方が良いのでは? 魔法に頼りすぎるのも体に毒ですよ?」
「五月蠅い! 子供が親に意見するんじゃない! あなたはそうやっていつも偉そうにして……!」
「実際私は偉いですから」
「私が生んだからでしょうがっ」
カトレア様は鼻で笑った。完全に見下している。
オダマキはとうとう地面にへばってしまった。興奮しすぎだってば……。
「まあいいでしょう。誰か、アザミを呼んできて。厩舎にいると思うから」
一人の侍女が外に出て行った。
「キキョウ、一応挨拶だけしておけ」
あ、挨拶。そ、そうだ。これからお世話になるのだ。怖くても、礼儀だけは通しておかないと。
「あ、あのキキョウと申します……。よろしくお願いします」
おっかなびっくり挨拶だけして、カトレア様の後ろに隠れた。
「他の者もキキョウのことを気にかけてくれ。収容所出身であまり物を知らない。一応は魔術師見習い級だが、立場上は一介の侍女だ。先輩としていろいろ教えてやってほしい。他の者にも伝達を怠らない様に。以上、解散。誰か母上を部屋に連れて行け」
カトレア様はあっという間に指示を終えて、事態を収拾させた。すると、アザミさんが戻ってきた。
「アザミ、母上が倒れた。一応治療してやれ」
「はあ……。またですか……。あれほど興奮しない様にと言っているのに」
アザミさんは二階に上がって、奥の廊下へと姿を消した。
「五月蠅いのがいなくなったな。キキョウもあまりあの女と関わらない事だ。面倒だからな」
見たらわかります。キキョウはオダマキとあまり喋らない様にしようと、心から固く誓った。
「さて、まずはその格好をどうにかしないとな」
カトレア様はキキョウを先導して、とある部屋の中に入った。
「失礼する」
「お、お嬢様!?」
そこには数人の侍女が思い思いの格好で休憩している場所だった。大きな机がドンと置いてあって、椅子が数個置いてあるだけの簡単な部屋だ。
「どうしたんですか? こんな所に来て」
一人の侍女が不思議そうな顔でそう尋ねた。
「ん。まあ。用があってな。キキョウ、入ってこい」
キキョウは部屋の中に入ると、キャーと黄色い歓声が上がった。
「な、何この子!? 超可愛いんだけど! どこのお嬢様ですか!?」
いえ、キキョウは男です。本当に申し訳なくなってきた。
「落ち着けお前たち。キキョウが超絶美少女であるのは、見ればわかる事だ。あまり騒ぐな」
「いや、お嬢様も結構テンション上がってらっしゃいますよね?」
「ふむ。そう見えるか?」
「得意満面です。まるで自分が褒められているかのようです」
それからひとしきり盛り上がった後、カトレア様が数着キキョウの体形に合った侍女服と下着を要求した。さらに観衆は盛り上がって、危うくキキョウは着せ替え人形になるところだった。
「シッシッ。最初にキキョウのメイド姿を見るのはこの私だ。後から見せてやる」
侍女たちは控えめにブーイングをしたが、カトレア様はまったく関知せずそのまま休憩所を後にした。
「部屋余ってたと思うけど、どうだったかな……?」
一階の廊下をひたすら突き進む。ていうか、長すぎなんだけど。まったく先が見えない。
途中で侍女とすれ違う時に、カトレア様がその人に「空いた部屋を探しているのだが」といった。
侍女はすぐに一つの部屋に案内した。
「こちらなら空き部屋となっていたはずです」
部屋の扉を開けると今すぐにでも暮らせる程の家具が揃っていた。ベッド、机に椅子。タンスまである。
「済まんな。助かった。仕事に戻ってくれ」
「はい。それでは失礼します」
侍女さんは深く頭を下げて、また廊下を歩いて行った。
「じゃあここがキキョウの部屋だ。好きに使ってくれ」
「えっ!?」
キキョウは心底驚いた。もしかしたら部屋を貰えるかも、なんて思っていたが、本当にそうなるとは思っていなかった。
「何を驚いている。普通だろ」
「……収容所だと大部屋に全員詰め込まれていたので」
「そ、そうなのか。まさに収容だな」
「はははっ……」
笑えない。だけど、事実なので言い返す事は出来ない。
「ここは収容所じゃない。一人一部屋。公私を分けるのが、ここのルールだ。そのためには、住込みの者には小さいが一部屋与えている。もっと広い部屋が良いか?」
「い、いえ! これで十分ですっ」
「そうか。新参者がいきなり大きな部屋だと角も立つし、ここらが折り合いの付け所だな」
カトレア様はキキョウの肩を押して、部屋の中に入った。
キキョウは両手いっぱいに侍女服と下着を持っているので、抵抗する事は出来ない。
「二人はいると狭いな」
「そうかもしれません」
一人だと広いが、二人はいるとちょっと窮屈だ。
キキョウは侍女服をタンスにしまおうとすると、カトレア様が待ったをかけた。
「何故着替えない?」
キキョウはビックリして「着替える?」と問い返した。
「ああ」
「今?」
「そうだ」
「この場で?」
「当たり前だ」
「あの……だったら外に出てもらえると助かるんですけど……」
「何故だ」
「恥ずかしいからですが……」
「私は恥ずかしくないぞ?」
いや、そうだろうよ。着替えるのはキキョウなのだから。
「裸を見られるのは抵抗があるというか。そういう感じなので」
ここで譲ってしまうと、早々に男であるという事がばれてしまう。それだけは避けなければ。
「なん……だと……? それなら、あれか? 一緒にお風呂もダメという事か……?」
「無論です」
「くっ……。馬鹿な……! お風呂であんなことやこんなことをしようと色々画策していたのはどうなるというのだ!?」
「早々に破棄してください」
カトレア様はまるで地獄に落とされたような顔になった。そんなにショックなのか? どんなだ。
「……どうしてもだめか?」
カトレア様が潤んだ目でキキョウのことを見上げた。そ、それはずるい……! その容姿でそんな行動をされると、流石のキキョウも胸に来るものがある。
だ、だが……! ここは心を鬼にする時だ……!
「だ、駄目です……! もう裸を見られるのは……」
「な、何だと……。そ、そうか。し、収容所の連中めっ……! 今までキキョウの裸を視姦していたのか……! おのれ。それでキキョウは裸を見られるのを異常に拒否しているのか。男どもめ……。許せん!」
大部分が違うが、もうそれでいいや。世の男性方、すみません。不当な恨みを売ってしまいました。
「……仕方あるまい。今日は退散しよう……」
カトレア様は心底残念そうな顔になった。
「部屋の前で待つ。着替え終わったら呼んでくれ」
「分かりました」
カトレア様は部屋を出て行った。「残念だ……」という言葉を残して。どんだけだよ。
カトレア様が突然乱入してくるのではないかと疑って、一分程度何もしなかったが、どうやら悪戯をするつもりはないらしい。
キキョウは棚にしまった侍女服と下着類を取り出した。
「こ、これは……」
これが『ぶらじゃー』とかいうものだろうか。何の用途に使うんだ。あれか。胸か。胸を支える……? みたいな。でもキキョウに胸はない。要らない気がする。
キキョウは『ぶらじゃー』を棚にしまった。
次にパンツを手に取った。軽。なんだこれ。薄いし、なんでこんなに透けているんだ。これはカトレア様が選んだような気がする。完全におちょくっている。
それにこれだと、多分はみ出すのでは?
それって、ただの変態という奴ではないか……?
い、いや、キキョウは変態じゃない。仕方なくこうしているだけだ。
キキョウは麻のズボンを脱いで、スッケスケのパンツをはいた。案の定、履き心地はあまり良くない。それに何か、罪悪感が湧いてくる。なんだ、この胸に去来する感情は……。
「キキョウ、まだか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今入られたら、ただの女装している変態じゃないか。
キキョウは慌てて侍女服に袖を通した。こちらは体にぴったり合う。布地は厚いし、縫製もしっかりしているような気がする。多分、高級品だ。
唯一残念なのは、これがスカートだという事だ。侍女服の丈は相当に長くて、膝より下の位置まである。膝丈とかだったら、発狂している自信がある。
靴下をはいて、その上にロングブーツを履いた。ちょっとヒールが付いているタイプだ。運動するのにも耐えるタイプの頑丈さだ。
姿見でその格好を確認する。
「うわっ……。すごっ」
自分で言うのもなんだが、かなり女だ。ていうか、女にしか見えない。あと少し髪の毛を整えたら、どうだろう……。
とかやっていると、カトレア様が勝手に入ってきた。
「ぐはぁっ……!」
勝手に倒れた。卒倒だ。
キキョウは慌ててカトレア様を抱き起した。
「ど、どうしたんですか……!?」
「な、な……」
「なんですか? どうかしたんですか?」
キキョウはカトレア様を揺さぶった。碧い眼はキキョウの赤い双眸を射抜いている。
「ナイス……メイド……」
「そうですか」
やはりこの方は少しおかしいようだ。キキョウは淡白な対応を貫いて、カトレア様を床に横たえさせた。
カトレア様が興奮して騒いでいると、他の侍女さんたちが騒ぎを聞いて、こっちに来た。
「ぎゃー、何あの子!? あの子が話の子!? ヤバくない!?」
騒ぎが騒ぎを呼んで、キキョウの部屋は満員になった。
キキョウは揉みくちゃになってしまった。
他の侍女さんたちはキキョウが苦しもうがお構いなしに、抱き寄せたり、髪を触ったり、やりたい放題だ。
「お前たち! 私のキキョウに何をする! どけどけどけッ。仕事に戻れ! 減給するぞ!?」
そう言われると雇われの身は辛いだろう。渋々といった感じで部屋を出て行った。
だが、全員が全員「キキョウちゃん、また後でね」と手を振っていた。
キキョウもちょっとだけ手を振ると、きゃっきゃきゃっきゃ言いながら姿を消していった。
「大人気だな」
「……そうみたいですね」
「私のものだというのを徹底周知させる必要があるな」
別にカトレア様の物でもない気がするが。しかしそれを言うと、癇癪を起しそうなので黙っておいた。
とにかく、今日からキキョウはアンハーバン家で侍女をするのだ。
……女じゃないけど。
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