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十一 キキョウの悲運

 クロユリ様の復帰はカトレア様の予想より遥かに早かった。


「あれだけやったんだ。一週間は堅い」


 やはりキキョウは殺されかけたらしく、何故生きているのか不思議がっていた。


 だが、クロユリ様はたった三日の謹慎で罰が終わった。


「……納得いかん」


 隣でカトレア様が不満を漏らした。

 キキョウはカトレア様をなだめるふりをしながら、クロユリ様を窺った。普通に、そして和やかにクラスメイトと喋っている。


 底知れぬ悪意の塊であることをキキョウは知っている。模擬戦闘の時、絶対にキキョウには殺意が向けられていた。だいたい行動がおかしいし、後にカトレア様から聞いたが、まったく反省していないとのことだ。キキョウに攻撃したことを適当な謝罪で済ませようとしていた――らしい。カトレア様が嘘を言っているとは思いたくない。だが、それが真実だった場合、やはりキキョウは殺されかけたのだ。


 まったく、なんでそんな事になるのか思い当たる節が無い。


「なんであんなことになったのに、たったの三日で戻ってこれるんだ。殺人未遂だぞ。普通だったら豚箱行きだ」

「一応未成年ですから、そうはならないかと……」

「……君はどうとも思わないのか。自分を殺しかけた奴がそこにいるというのは、一体どういう気分なんだか」

「それは、まあ……」


 怖いと言えば、怖い。ああやって何事もなかったように過ごされている胆力は、全く恐れいる。


「絶対根回ししてるからな、アレ。圧力かけまくりだ」

「そう……なんでしょうか?」

「そうに決まってる」


 クロユリ様の実家であるダッチェルン家はかなり影響力のある家柄らしい。そこだけは、カトレア様のお墨付きを頂いている。


「学校に金でも払ったか……。単に圧力かけただけで、この程度で済んでいるならなお恐ろしいな」


 まったく態度は軟化する気配はない。クロユリ様が復帰すると知ってから、今日一日中こんな調子だ。タダの側付きであるキキョウにしてみれば、頭ごなしに否定する事も出来ないので、曖昧な返答しか出来ていなかった。


 ちなみに、すでに授業は終了していていつもなら帰るだけなのだが、今日に限っては特別なイベントがある。カトレア様たちは知っていたようだが、キキョウは昨日まで知らなかったのだ。なるほど、少し前に引っかかるような発言があったが、このことだったのかと納得した。


 雑然としてまとまりのなかった教室内だったが、ヒイラギ先生が入室したことによって、静けさを取り戻した。


「さて、諸君等も知っているようだが、一か月にも満たない間にテストがある。教養科目もそうだが、魔法使い諸君等は魔法実技のテストもある事は知っているな」


 ヒイラギ先生は手短に説明する。


「今回は中間テスト。まあ期末テストでも戦闘をする事になるが、中間テストも今学期の成績に反映されるから、頑張って励んでくれ。側付き諸君は教養科目を精一杯頑張る様に。以上。今から抽選を行う。後はクロユリに任せた」

「はい、分かりました」


 クロユリ様と側付きのポピーさんが黒板の前に立った。


「すでに魔法実技のトーナメントのくじを用意しています。順番に引きに来てください」


 クロユリ様は手にちょっとした箱を持っていた。それには穴が開いている。たぶん、適当な紙のくじが入っているのだ。


 ポピーさんは黒板に順次トーナメント表をかき込んでいる。


「カトレア様、魔法実技のテストって……?」

「基本何でもアリのただのバトルだ」

「いや、そうじゃなくて……。いや、え? 戦うんですか?」

「そうだ。模擬戦闘の延長線上のようなものだ。クラス内でトーナメント方式で戦う。キキョウは知らないだろうが、これは見世物の側面もある。魔法実技は大きい会場を借り切って、そこで行うのが通例だ」


 キキョウはあまり言っている意味が分からなかった。


「え、何でそんな事するんですか?」

「収入源だ。誰が勝つのか賭けるんだ。魔法実技のテストは帝国民の娯楽だ。かなり大きな金が動く。その一部を学校側がピンハネしてるんだ」

「それって、良いんですか……?」

「褒められたものじゃないが、別に誰も気にしていない。いわばこれは自分たちで金を稼ぐ事にもつながるし、魔法というものをアピールできる」


 アピールという単語に、キキョウは若干の引っ掛かりを覚えた。結局それって、魔法の脅威を知らしめて、逆らう気力を根こそぎ奪うという事だと思ったからだ。


「こんなことしなくたってだれも逆らわんだろうて」


 一理ある。

 魔法なしでカトレア様とかに逆らうとか、どうぞ殺してくださいと言っているようなものだ。


 そうやって会話している間に、クラスの人がくじを引いて行く。ポピーさんもトーナメント表を書くのにてんてこ舞いだ。


「私達もくじを引くか」

「あの、これって、もしかしたらぼくがカトレア様と戦うとか言う絶対回避したい未来も寡聞にしてありえる感じですか?」


 カトレア様はニッと笑って、くじを引きに行った。

 キキョウは顔が引きつっているのを感じながら、それに付いて行った。


「あれ? カトレア様の名前もう書いてありますよ?」


 トーナメント表を見ると、一番端っこの所にカトレア様の名前がある。シードだ。無条件で二回戦に駒を進めている。


 ヒイラギ先生が「このクラス奇数になるし、ひとりだけシードになるから、私の独断と偏見でカトレアをシードにした。文句あるか?」と言えば、まあ別に思う所も無い。

 

 正直、キキョウはもうやる気も糞も無い。なんで戦わないといけないのとか思っている。三日前に散々危ない目にあったのに、その再来だ。つまるところ、キキョウは若干トラウマになっているのだ。


「そうか。まあいい。良かったな、キキョウ。いきなり私と戦わずに済んだぞ」


 カトレア様が自分の席に戻る際に、キキョウの肩を叩いて笑った。

 いやそうだけどさ。


 カトレア様が戻ったので、キキョウがくじを引く番になった。


「この前はごめんなさいね」


 クロユリ様がくじの入った箱を差し出した。


「いえ、別に……」


 怖いのであまり話しかけて欲しくないが、そんなことを直接言えるはずもないし、曖昧な態度を取って穏便にはかる。


 穴の開いた箱に手を突っ込んで、一つくじを引いた。

 番号をポピーさんに伝えると同時に、立ちくらみがした。


 教室中が「あーあ……」みたいになっている。


「そ、そんな……」


 キキョウが引いたくじは、別に特別とかそう言うのじゃない。くじに特別性も無いからだ。ただ引いた場所が悪かった。


 その場所は、仮にそこでまだわからない対戦相手に勝ってしまったら、無条件でカトレア様と戦わないといけないのだから。


 このトーナメントは成績に直結するのだから、そりゃ勝てば勝つほどいい成績になる。だから、強いカトレア様と戦うのは、それだけで今季の成績が悪くなる可能性が濃厚になるという事だ。カトレア様の山に入るのは、それだけ避けたい事柄だったのだ。


 この際、成績とかどうでもいいので、カトレア様と戦うのだけは勘弁してほしかった。


 キキョウはがっくり肩を落としながら、席に戻った。


「なんだ、運が悪い奴だな」

「……別にぼくが一回戦の人に活と決まった訳じゃないですし……」

「向上精神の足りん奴だ。私をぶっ倒そうとかいう気概が無いのか」

「勝てるわけ、無いじゃないですか……」


 すでに数回魔法実技の授業を受けているが、カトレア様の実力は群を抜いている。どうやったら、勝てるのか想像もできない。その前に、死んでしまうのでは?


 そうする間にも、トーナメントは埋まっていく。

 皆ワイワイしながらも、どこかピリピリしていた。それもそうだ。戦う相手が決まれば、少しは対策をしないといけない。相手が使う魔法。得意なこと、苦手なこと。成績が悪いよりも、良い方が良いに決まっている。


 でもキキョウは勝ってしまうと、カトレア様と戦うことになるのであまり頑張りたくない。あれだ。負けちゃおうかな。ていうか、キキョウが頑張ろうが、相手がだれでも負けるのではないか。そうだそうだ。どうせキキョウなど、取るに足らない存在だ。隅っこでしゃがんで、適当に時が過ぎるのを待とう。


「くじを引いていない人はいませんね。じゃあ、残った所に私が入ります」


 クロユリ様が空欄になっていた所に自分の名前を書いた。


「え……うそっ……」


 知らずに出てしまった言葉だが、キキョウはもう頭を抱えてこの場で大声で叫んで、家に帰って掃除をして、現実逃避をしたくなった。


 教室内も分かっていた事だが、ざわめきが止まらない。自分の相手が決まり、対抗意識を燃やしている。


 ヒイラギ先生が帰って良いというと、皆それぞれ帰路に着いた。帰り際、皆テストの話をしていた。頑張って練習しようとかそう言う話だ。


 キキョウも帰ろうとしたが、目を逸らしたい現実を目の前にして、動けなくなっている。


「……君、本当に運が悪いな」


 カトレア様も若干であるが、同情してくれているようだ。


 キキョウは慰めにもならないその言葉を受け取った。

 

 そして、足音が一つ、いや二つこっちに来ていることに気付いて、顔を上げた。


「どうも。キキョウ。どうやら一回戦は私のようですね」


 クロユリ様は満面の笑みで、キキョウを見下ろした。その顔を見て、頬が強張ったのを感じたので、すぐに俯いた。


 クロユリ様はそれ以上追及せず、矛先を変えた。


「で、その次はカトレアさん。よろしくね」


 クロユリ様は暗黒微笑とも言える笑顔で、カトレア様に笑いかけた。

 どうやら、キキョウのことはあまり眼中にないようだ。


 それでいい。それがいい。あまり関わってほしくない。むしろ、キキョウは棄権するので、勝手にカトレア様と戦っていてほしい。


 率直に言えば、クロユリ様のことはあまり得意ではないので、戦いたくない。


 もっといえば、自分を殺そうとした相手と再戦するなんて、気がどうかしている。


 それにクロユリ様もキキョウに勝つのは当たり前のように思っているようだ。

 すでに意識は二回戦のカトレア様に向いている。これはチャンスだ。勝手に負ければいい。そうすれば、次は爆殺される前に退場できる。


 だが、カトレア様はそれを許さない。


「? どういう意味だ。勝つのはキキョウだ。二回戦で戦うのは、クロユリ、お前じゃない」


 キキョウは下を向いているのでわからないが、確実に剣呑な雰囲気になっている。空気が変わったのだ。


 恐る恐る顔を上げると、憤怒で満ち満ちた表情のクロユリ様がいた。


「……どういう意味かしら?」


 ギリギリの所で踏みとどまっているような声だ。節々で震えているのが、伝わってくる。怒りが頂点に達する寸前だ。


「そのままの意味だ。勝つのは私のキキョウで、負けるのはお前だ。クロユリ」

「私がこいつに負けるっていう意味で、良いのかしら……?」

「お前の脳みそが正常に機能してるならそういうことだ。調子が悪いなら、ウチの侍女を紹介してやろう。命魔法の使い手でな。割といい腕をしている。耳が悪いなら診てもらうと良い。生憎、頭が悪いのは治せないがな、あはははははっは」


 ちょっと待ってください、カトレア様。そこはまったく笑う所ではありません。


 クロユリ様はどう見ても、震えている。それは悔しいとかそう言うのじゃなくて、必死に怒りを堪えていることから由来する震えだ。あとちょっと何かするだけで、怒りが許容量を超えて、爆発してしまう。


「あの、く、クロユリ様……? カトレア様はちょっとした冗談で――」

「そう、そうよね」

「は、はい。まったくその通りで……?」

「楽しみにしてるわ。キキョウ」


 え、何が? と訊く間もなくクロユリ様の唇が釣り上がった。ぞぞぞっと寒気がした。


「殺すのは流石にご法度っぽいし、手足をもぐことにするわ。頭が湧いたご主人様を恨むのね。ちょっとキレたわ。いや、ちょっとどころじゃない。マジギレ。殺した。殺していい? いいよね。ちょっとだけでいいの。ちょっと爆殺するだけ。いや、焼死体の方が良いか。燃やす。燃やしてやる。舐めやがって、クソアマが……」


 クロユリ様はキキョウが弁解する暇も与えず、そのまま出て行った。側付きのポピーさんが非常に困った顔をしていたのが印象的だった。おどおどしてて、可愛いな――とか思ったり、思わなかったり……。


「あらら。怒ったか? おーい、負ける言い訳考えとけよー」


 カトレア様は意地悪く、クロユリ様にそう叫んだ。キキョウは慌ててカトレア様の口を塞いだが、時すでに遅し。身の毛もよだつ目で、クロユリ様はこっちを見ていた。


 キキョウはそっと目を伏せて、動かないようにした。見なければ、その内クロユリ様もいなくなる。すぐにそうなった。


 カトレア様はキキョウの手を払った。


「なにするんだ」

「こっちのセリフです!!」

「おい、耳元で叫ぶな」


 カトレア様は耳を抑え、カバンを持って立った。


「帰るぞ」

「なんでそんなお気楽……?」


 そうとはいえ、カトレア様が帰るというなら、帰るしかない。

 キキョウも荷物を持って、騒がしい教室を後にした。


 


 キキョウは日中はカトレア様の側付きとして活動しているため、屋敷内の家事をすることはできない。

 

 とはいっても、キキョウ以外が入った風呂を掃除するのもキキョウの仕事だ。むしろ今のところキキョウの仕事はその程度だ。この仕事があるおかげで、キキョウは男であることが露見せずにお風呂に入る事が出来ている。

 朝の洗濯はまだあるが、それは早朝の事なので関係ない。夜は本当に暇なのだ。


 だけど今日は違うようだ。


 一人暇を持てあまり気味になっていると、部屋の扉がノックされた。


「はい?」


 珍しい。というよりも初めてだ。キキョウの部屋にわざわざ人が訪ねるなど。

 キキョウは扉を開けた。


「あれ? どうかされたんですか?」


 カトレア様だ。それにその後ろにアザミさんもいる。


「ちょっと来い」


 そう言われれば付いて行くしかない。

 ちょっと不安になったままだが、誰も喋らないので黙ったままだ。

  

 なんだろう。なにかマズイ事でもしてしまっただろうか。身に覚えがない。


 キキョウは若干身を震わせていると、とうとう屋敷から出てしまった。

 外はすでに暗くなっているが、この大きな屋敷には電燈も完備されている。夜の闇を切り裂くようにして、明るい光が庭を照らしていた。


 カトレア様は適当に広い所に移動して、そこで振り返った。


「キキョウ、今日から毎日訓練する」

「はあ……。そうですか」


 キキョウは頭を掻いた。


「頑張ってください?」


 キキョウはその辺に腰掛けようとしたが、アザミさんが前に立ってそれを妨害した。


「やるのは君だ。私じゃない」


 キキョウはなんで? という言葉を吐きだそうとした。

 出来なかった。


「ぐぉっ……!?」


 キキョウは反射的に体をかがめた。体が打撃の衝撃を減らそうとしている。

 ――殴られた。

 

 それを理解するのに、数秒を要した。


「立ってください、キキョウ。まだこれからです」

「あ……ちょ、え……? 痛ッ……。何……これ……?」


 アザミさんは脱力した体勢で近づいてくる。

 ゴキゴキと拳を鳴らしながらこっちに来るのは、本当に辞めて欲しい。


「今日から毎日、アザミと格闘してもう」


 なんでそんな事を……。

 キキョウは近づくアザミさんからちょっとでも逃げようとして、後ろに下がった。


「クロユリには君が勝つと言ったが、今のままでは不可能だ。天地がひっくり返っても勝てない。そうなれば次こそ殺されるかもしれない」

「そうかもしれませんけど……」


 キキョウは何とか立ち上がって、殴られた腹を押さえた。ズキンズキンと鈍く痛む。


「だが今から必死こいて魔法の錬度を上げてもたかが知れてる。魔法の扱いで勝負しても勝てないのは明らかだ。なら動きで勝つしかない。だから――避け続けろ」

「避ける?」


 アザミさんがもう一歩の所で立ち止まった。


「魔力は有限だ。火力の高い火魔法はそれ相応の魔力を消費するのは習ったな?」


 確かに魔法実技の座学でそんな事を習ったような……。


「クロユリが撃ちつづける魔法を避けろ。そうすれば勝手にあいつは負ける。そのためにこれから毎日そのための訓練をする」

「そういうことです」


 アザミさんがやや前かがみの構えを取って、軽くステップを踏み始めた。

 もう、ヤダ……。完全に玄人だよ。


「ただ避けるだけで良いですよ。それだけの簡単な訓練です」

「あ、あの! そ、そう! 怪我! 怪我が怖いなーなんて……思ったり……?」


 キキョウは痛いのは嫌なので、いっぱしの理由を考えてこんな理不尽なイベントを回避しようとしたが、あっという間に目論見も潰された。


「大丈夫です。私は命魔法が使えます。どれだけ怪我をしたところで、後で治してあげますよ?」


 アザミさんはニタァと笑った。

 おぞましいとはこの事だ。


「そういうことだ。励めよ、若者。本番は近い」


 カトレア様はその辺にあったベンチに腰かけて、手をひらひらと振った。


「それじゃ始めろ。初日だ。キキョウが気絶するまで殴り続けろ」

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