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一 キキョウの世界

 物心ついたときには、キキョウという名前で呼ばれていた。


 名前の由来は花だそうだ。


 どこか西の遠い国に桔梗という白い花があるのだという。一回だけ見たことがあるという男が「お前の髪は白くて、とても綺麗だ。そう。桔梗。まるで桔梗だ」と言った。


 その日から、キキョウはキキョウになった。


 物心ついたときにはキキョウと呼ばれ、そして馬車馬の如く働いていた。


「……??」


 一心不乱に自分の体ほどもあるのではないかと疑うほどの巨大な岩をせっせと運ぶのが、キキョウの日常だった。


 キキョウはとても苦しかったけど、そうしないと女の『カントク』が飛んできて、キキョウをぶっ叩くのだ。嫌だ。あれはとても痛い。

 

 キキョウは細い腕と細い足でふんばりながら、重い石をせっせと運んだ。大きな男たちが掘り出した岩をちょこんと持ち上げて、それを外まで運ぶ作業だ。


「えっほ、えっほ」


 この時、実に齢三歳。

 だが、キキョウを止める者はいない。寧ろ良くやったと褒めるくらいだ。


 キキョウが特別なのではない。キキョウ以外にも同じくらいの子供はいた。どいつもこいつもガリガリで、今にも折れそうな手足をしていた。実際折れた奴もいた。そういうい奴は、次の日にはいなくなっていた。幼い頭でも分かっていた。『死んだ』のだ。


 キキョウは足りない頭を使って、頑張った。


 女の『カントク』に逆らうと、絶対にダメだというのは分かっていた。それは日常的に繰り返される暴力を見て、幼心でも分かった。


 キキョウがえっちらおっちら岩を運ぶ傍らで、『カントク』は他の大きな男たちを鞭でぶっている。


「糞が! 貴様は糞だ! 男であることがすでに罪なのだ! ただでさえ第六階位の男の中でも、捨てられたお前らは底辺を這いつくばっている! 糞の中に沸いたゴミ虫同然の生き物だ!」


 キキョウは良くも毎日同じことを繰り返し言っている物だと感心していた。だが、それが狙いだったのだと後からわかった。


 あれは教育だ。


 男の自分はこの世界で最も位が低い生物であるというのを幼いころから洗脳しているのだ。


 キキョウはいつあの鞭が自分に向くのか分からないので、隅っこを選んでこそこそ岩を運んだ。毎日が戦場だった。


 同い年の仲間はどんどん死んでいく。

 今日はサニーが死んだ。


 一昨日は二人死んだはずだ。昨日は落盤があった。二人どころの騒ぎじゃなくて、作業路を確保するための掃除で一日が潰れたのも記憶に新しい。


 キキョウは幼いから、ただ岩を運んでいただけだが、運んだ岩にべっとりと赤いものが付着していたのを見て、卒倒した。


「キキョウ、お前さんは弱いな」


 ガリガリで目が飛び出そうなお兄さんがいつもキキョウにそう言った。


「でも、ぼく、頑張ってるよ?」


 ガリガリのお兄さんは濁った水を飲みながら、せせら笑った。


「キキキ……。めでたいな。キキョウ」

「めでたい? お誕生日なの?」

「バーカ。ちげーよ。お前の頭はクルクルパーだってことだ」


 お兄さんは手を頭の方に持って行って、くるくる回してパッと開いた。キキョウも真似した。


「くるくるぱー」

「…………チッ」


 お兄さんは若干顔が赤くなって、そっぽ向いた。「男だっつーの……」


 何を言ったのかキキョウは分からなかった。小首をかしげると、お兄さんは立ち上がって、食堂から出て行った。


 キキョウも濁ってマズイ水を飲んで、また岩運びに戻った。


 そうやって何気なくもないが、危ない日常を過ごしていた。


 来る日も来る日もキキョウは岩を運んだ。


 それが数年続くと、キキョウにも後輩が出来るようになった。それは全員男で、まあ仕方のない事だ。


 このころになって、大分キキョウも外の情勢に気付いてきた。


「第六階位のゴミ虫は、魔女様に永遠の忠誠を誓い、地べたを這いつくばって穴掘りに興じていろとのご命令だ。分かったな? 糞虫ども」


 女の『カントク』が今日も朝礼でそう言った。


 キキョウ、この時すでに十四歳。あれから十年以上の歳月が過ぎていた。すでにこの坑道でも中堅どころになっていた。


 するとキキョウのボロボロの服の裾がクイクイと引っ張られた。

 ちょっと下を見てみると、そこにはまだまだ幼く弱い、まだ三歳のクラインがいた。


 朝礼はまだ続いている。『カントク』に気付かれない様に、クラインの方にしゃがんだ。


「どうしたんだい? クライン」

「だいろくかいいってなに?」

「第六階位だね」

「それそれー」


 キキョウは振り返って、第六階位という言葉の真の意味を知らない。だけど、それはいつも罵倒される時に使われる言葉だ。意味を知らないキキョウでも、あまり良い意味ではない事くらい分かる。


 そして推測することだって可能だ。


「多分ね、身分の事だよ」


 クラインは首をひねった。「みぶんってー?」


「偉い人とかの事かな?」

「『カントク』とかのこと?」

「そうだね。ここだと『カントク』が一番身分が高いんだ」

「ぼくはどれくらいえらいー?」


 無邪気にクラインがそう聞いた。キキョウはにっこり笑ったまま答えた。


「世界で一番偉くないんだよ」


 それがこの世界の理だ。


 この世界は、男に厳しいようだ。

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