カレーなる王様の軌跡 中編
突然やって来たと思った弟はすぐに隣国へと帰ってしまった。
残してきた婚約者のことが心配なのだと語る弟は年相応の姿に見えて微笑ましい。
弟だって変われたのだ、自分だって変われるはず!!
それからは国内のあらゆる食材を集めさせては料理長に頼んで新しい料理を作らせた。
始めの頃みたいに砂糖1瓶入れたんじゃないか!?と思うような料理は出なくなったが、まだまだ甘い。
料理長に甘くしないでくれ、と頼んでみたが見事から振り。
そもそもこの世界の食材自体が甘味を持っているためそんなに味付けしていなくても甘くなる、特に煮る・焼く・蒸すなどの作業をすると余計に甘味が増すという。
そのことを知ってから無理をしながら食べていた試作品の料理も口にすることができなくなった。
元々、そんなに食べていなかった身体に無理に食べ物を詰め込んだ為ダイエットでいうリバウンド状態になってみるみる太ってしまった自分の身体を見て、無性に情けなくなって涙が出そうになった。
また元通りのトマトジュース(?)と生野菜を食べる日々。
アーノルドがあからさまに顔をしかめて見ているのが気になったが、食欲がないからにはどうしようもない。
食材求めて他国にも干渉していたせいで増える仕事に、減る食欲。
そのくせ一度ついた腹の肉はなかなか落ちない。
まったく、うまくいかないものだ。
今日も今日とて公務が深夜までかかり、執務室を後にした途端にとてつもない疲労感に襲われた。
それでも真っ直ぐ自室に戻る気にならなくて護衛を断り、1人庭園に出て月明かりの中を何をするでもなくふらふら歩く。
ふと思い出すのは前世で親と初めて自衛隊の艦船を見に行った時のこと。
あの時は船の装備や操舵室を生で入って見ることができた興奮から帰宅してからも眠れなくて大変だった。
父が寝物語として語る過去の英雄たちの話を聞いていたらますます興奮して余計に眠れなくなって……
結局は怒った母によって父は子供部屋から追い出され 、俺はそんな光景を見ながら声を上げて笑った。
懐かしい記憶。
優しい母と父、みんなで囲んで食べたカレーライス。
そうだ、思い出した。前世での最後の記憶は金曜日、カレーの日だった。
食べ損なったカレー。
海上自衛隊は海の上に居るから曜日感覚を得るために毎週決まった曜日をカレーにするという。
「……あぁ、だから俺はいつまでも12歳のままなのか」
身体は大人なのに女には興味も持てず、仕事よりもゲームがしたい。
お酒は苦手で飲めないし、いつまでも頑固に食べたい物を欲求し続ける。
そうだ、まるで子供じゃないか!!
気づけば笑いが込み上げてきた。
「ハハッ!!アホらし…俺がやってきたことって只の子供のお遊びってか!?」
静かな庭園に響く笑い声。
いつ警備兵や護衛がやってくるかわからない中、ひとしきり笑った俺は目尻に浮かぶものを乱暴に拭い(ぬぐ)深く息を吐く。
「……あ~カレーが食べたい」
空腹で鳴りそうになる腹を片手で押さえて呟く。
部屋に帰ってなにか軽い物でも摘まむかな…
そんなことを考えながらもと来た道を戻ろうと足を踏み出したところ、何か嗅いだことのない匂いが鼻をかすめた。
……嗅いだことがないはずなのに、何か心惹かれる匂い。
匂いの元をたどりながらしばらく歩いていると庭園の奥から真っ白い建物が現れて、一部屋だけ灯りのともった場所を見つけた。
「どうやら匂いはあの部屋から漂ってきてるみたいだな……」
迷うことなく建物の中に足を踏み入れた俺は城のそれより狭い廊下をひたすら突き進む。
廊下の一番突き当たりの部屋、扉の隙間からもれる光からこの中からあの匂いが漂ってきたのだと核心してノブに手をかけ音を立てないように扉を開いた。
目に入ってきたのはイスにちょこんと座り「いっただきま~す」と何か口に運んでいた小柄な少女。
モグモグと口を動かしながら嬉しそうに微笑む少女はこの世界ではまず見たことがない黒目に黒髪で、前世では当たり前のように言っていた『いただきます』という言葉を口にした。
――――まさか彼女は……
あり得ないとは思いつつも、ある1つの可能性が頭に過る。
焦燥感に襲われる俺を尻目に少女は軽く身震いしたあと、黄色くドロドロした物が入った皿にスプーンを入れた。
匂いの元はあの皿の中の物か!?
―――もしかしてあれって……
自分の想像している物かどうか確かめるべく、ジッとその皿の中身を凝視しているとやっと俺の存在に気付いた少女が声をかけてきた。
夜更けの思わぬ来客に病人が訪れたのだ思った彼女は気遣わしげに言葉をかけてくれたが俺は何も反応ができない。
何の行動も起こさないことに彼女は訝しげにしていたがそれ以上何も言わずに再びスプーンを口に運ぼうとする。
「……君、それは食べ物だよな?臭いが外まで漂っていたが………」
そう問いかけると少女は快く(?)食べ掛けの皿を差し出してくれた。
受け取ってはみたものの得体のしれない物を食べるには勇気がいる。
それにこれでは間接キスになるんじゃないのか!?
色んなことに関して戸惑いはあったものの覚悟を決めてスプーンですくって食べてみる。
瞬間、口の中に広がる懐かしい味。
臭いとか見た目とか記憶にある物とは少し違うものの味はまさにカレーだった。
色々なスパイスがブレンドしてあるのか辛さの中にも深い味わいがあってなんとも言えない。
気付けば皿の中にあったカレーを全部食べ尽くしてしまっていた。
――まだだ、まだ足りない!!
俺は無言で少女に皿を差し出した。
何故か驚いた様子の彼女は戸惑いながらも、空っぽになったお皿にお代わりを入れてくれた。
…………それからの記憶は正直、曖昧だ。
とりあえず何年かぶりに食べたカレーに大興奮して暴走したことは覚えてる。
あと、少女が俺の前世と同じ世界からやって来たということも分かった。
信じられない出来事に嬉しさと感動、色んな感情がごちゃ混ぜになった俺は何故か知らないが少女の怒りをかって部屋の中から押し出されようとした。
慌てて踏みとどまろうにも背中に少女の会心の蹴りをくらって扉の外に転がり出た。
呆気に取られる俺の目の前で無情にも閉じられた扉。
ガチャンと鍵を締める音まで聞こえる。
何が彼女をそんなに怒らせることになったのかさっぱりわからないが、思わぬ収穫があった。
自分と同じ世界を知る人間がいた。
その上、材料さえ揃えば元の世界の料理を再現することができるという事実。
まずは部屋に帰ってアーノルドを呼びつけよう、そして少女の名前とこの世界でどのような生活を送っているのかそれを調べさせよう。
日本人だというなら突然やって来た異世界の生活にさぞや不便していることだろう。
同郷の人間が苦労しているのを見るのは忍びない、必要ならば城の中で賓客扱いで暮らしてもらうのもいいだろう。
その代わりと言ってはなんだが故郷の料理を作って食べさせてもらおう。
だんだんと想像が膨らみ、胸が高まっているのを感じた。
その後、部屋に帰ったはいいが急激に食べ過ぎたことによる腹痛に襲われた俺はアーノルドを呼びつけることができず、一晩中ただひたすらにベットの上で唸り声を上げていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
結局、翌日になっても体調は良くなることはなく苦しむ俺の姿に焦ったアーノルドによって腕がいいと言われている薬師が呼ばれることになった。
幸か不幸かやってきたのは昨日、俺にありとあらゆる衝撃を与えた少女だった。
食べ過ぎで苦しむ俺の姿に冷たい視線を向ける少女に居たたまれない思いを感じなからも、わずかに喜びも感じた。
少女の活躍(?)によって完成したのは薬湯かと思いきや実際はなんとも懐かしいお粥だった時のあの感動!!
口に入れた瞬間、確かに薬っぽい味はしたもののほとんど違和感なく食べることができた。
『旨い』と無意識に呟いてしまったのも無理はない。
懐かしくて身体中に染み渡るかのように優しい味。
食べ過ぎで苦しんでいたのにも関わらず無言で皿の中身を食べ進める姿にアーノルドが心底驚いているようだが、俺自身だって正直驚いている。
そこまで多くはなかった皿の中身はすぐに無くなり、身体がほかほかと暖かくなるのを感じてどこか満たされた気分になっていた俺のもとに、珍しく焦った様子のアーノルドが駆け寄った。
「陛下!突然そんなにたくさん食べられては逆に体に障ります。……吐き気とかそういうものは大丈夫ですか ?」
「案ずるな、逆に寝ていた時よりも気分がいい。さすがは薬師が作った『薬』だ。……今後も私のためにその腕を振るうがいい。」
気分がいいと告げると、わずかに安堵の表情を浮かべたアーノルドだったが続く俺の言葉を聞いて一瞬で顔を強張らせた。
何だよその反応は。確かに俺自身が身の回りに仕える人間のことで直々に声をかけるなんてことは1度もなかったことだ。
基本的にアーノルドのお眼鏡にかなった信用のおける人物が俺の傍に仕えることができるのだ。
これまでもこれからもそれで不満はない。
だが、彼女のことだけは話が別だ。彼女にはずっと傍にいて欲しい。
それは前世で同郷の人間だったから共通の話ができるということだけではなく、あわよくば手料理を食べさせてもらえたら嬉しい。
「残念ながら私は薬師としてはまだまだ駆け出しの身 、陛下の薬を作るなんて身に余ります。それに陛下のお体のことは今までお仕えしていた者のほうがよくご存じのはずです、これ以後もその方たちに腕を振るってもらうのが一番かと存じます。」
使いなれない言葉で自分の意思をはっきりと告げた少女は、俺とアーノルドに向かって綺麗な仕草で一礼すると部屋を出ていった。
俺の言葉の裏に隠された思惑を見透かしたのだろうか、毅然とした態度で自分の能力の未熟さを語り当たり障りのない言葉で側仕えになることを拒絶した少女。
そんなに俺の傍にいるのが嫌なのか?
拒絶されたことが信じられなくて思わず顔をしかめた。
同じく横にいたアーノルドも少女の予想外の言葉に表情のみならず身体も完全に硬直してしまっていた。
なんだか少女に1本とられた感じだ。
だからといってこのまま長年の夢だったカレーを作ることができる少女を手放すことなんてできるはずがない。
少女の出ていった扉を恨みがましい目で見つめていると、「…フッ」という息がもれる音が聞こえ何事かとそちらに目を向ければ何か思案しながらほくそ笑んでいるアーノルドの姿があった。
…正直、こんな顔をしている時のコイツは怖いんだよな。
でもアーノルドも彼女に興味を持ったみたいだし、もしかしたらまた何かしらの理由をつけて傍に呼ぶかもしれないな。
ってか、そうなってくれ!!
切実にそう願っていた俺に後日、朗報が聞かされる。
「先日の薬師ですが、薬のことだけではなく医療に関してもある程度の知識を有しているようです。患者の症状を的確に分析する能力を活かして陛下専属の医療相談の相手として王宮で働かせようと思いますがよろしいでしょうか?」
「医療相談…なるほど医療カウンセラーということだな。素晴らしいアイディアだな、アーノルド!!」
「『カウンセラー』?医療に関して相談する人間のことをそう呼ぶのですか?まぁいいでしょう、とりあえず異論はないみたいなので速やかにミーナ・コバヤカワーに辞令を出しましょう。」
どこか機嫌良さそうに部屋をあとにするアーノルドに一抹の不安を覚えた。
キラキラしたあの表情は面白い玩具を見つけた時の昔のアイツの姿を連想させる。
そういう自分自身も少女、ミーナ・コバヤカワに再び会えると思うと胸が高鳴る。
ーーーーー嗚呼、今度はご飯がついたカレーが食べたいな…。福神漬けもあったな尚、最高。
勇気を出してリクエストしてみようかな?
机の上に置かれた大量の書類に目を通しながらウキウキとサインをしていく俺は数分後、地獄を見た。
人事異動の紙を握り締めたミーナ・コバヤカワが執務室に現れたかと思えば、手に持っていた紙をグシャグシャに丸めると俺に向かって渾身の力を込めて投げつけてきた。
突然のことに目を白黒させる俺を尻目にミーナは怒りのためか顔を真っ赤に染めて睨み付けている。
そこでようやく今回の異動の話はミーナにとって理不尽なものだったのだと気付いた。
だからといってこのまま彼女のこと知る前の生活になんて戻りたくはない。
俺の人生に巻き込んでしまったお詫びということもこめて、できうる限り彼女には不自由のない生活を送らせてあげよう。
望む物があれば極力手にいれてあげよう。
そう、これはある意味お詫びという名目を語った囲いこみなのだろう。
次話で完結予定です。
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