あの頃は俺もガキだったんだよ
女性側視点
ひょんなことから取引先の方とプライベートでも会うようになった。
彼・京極夏輝さんは私と同じ高校出身だと言っていた。
”初めて”あった日から数週間あとの休日。
彼はアルバムを持って私の家を訪ねてきた。
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「京極さんは学生時代から常にビシッとしている感じがします」
アルバムを捲りながら今とあまり変わらない彼の姿を眺める。
「そうでもないぞ。ほらこれ…」
次のページを捲ると友人たちと仮装している写真が何枚もあった。
「これは…ハロウィン?」
「いや、こっちが七夕で、こっちが…たしか体育祭の仮装レースだったと思う」
彼が最初に指差した方は確かに七夕の彦星のような恰好だった。
その次に指差したのが……
「女装?」
余分な飾り付けがないすっきりとした若草色のワンピースを着ている姿だった。
ロングのウィッグも付けていて、パッと見ただけだと中身が男性だとは思えない程似合っていた。
うん、女の私よりもずっと似合っている。
「なんか、悔しいな」
「え?」
「この場に私もいたんですよね」
「ああ」
「その時の私はどんな事を思っていたんだろう」
ふと漏らした私の言葉に京極さんが固まった。
「京極さん?どうしました?」
「いや、なんでもない。……おっと、もうこんな時間か。長居して済まない」
京極さんの言葉に部屋の時計を見ると午後4時。
京極さんが訪ねてきたのは午後1時だから3時間もアルバムを見ていたことになる。
「ご、ごめんなさい。私ったら時間を忘れて…」
「いや、いいさ。俺も久しぶりに楽しめた」
「え?」
「アルバムは君に預ける。もし、なにか思い出したことがあったらメールで知らせて」
私の頭を軽くポンポンと叩いた後、彼は帰って行った。
彼が帰った後、アルバムを片付けようと持ち上げた時、数枚の写真が零れ落ちた。
慌てて拾って、表を見て私は固まってしまった。
零れ落ちた写真に写っていたのは私。
カメラ目線ではない。
明らかに隠し撮りされた写真。
なぜ、彼が私の写真を持っているのだろうか。
ふと、懐かしいと思える風景が横切る。
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「なんで、私に構うの?」
夕暮れの教室にいるのは私と彼。
「美月はほかの女と違うからな」
彼の言葉に私はムスッとした表情を浮かべる。
「ふん、どうせ私は京極君の周りにいる女性とは真逆で女らしくないわよ」
彼の周りには常にキレイな女性が蔓延っている。
「違う違う!美月はあいつらと違って俺自身を見てくれているだろ?」
「どういうこと?」
「あいつらは俺のバックグラウンドしか見てないんだよ。だけど、美月は俺自身を見てくれている」
「えー、もしかしたら私もそうかもしれないのに?京極君を見ているようでその後ろを見ているのかもしれないよ」
「それはないな」
「なんで、断言できるのよ」
「ずっと見ていたからな」
「え?」
「入学式の時からずっとな……」
「京極君?」
いきなり立ち上がった彼に思わず後ずさる私。
「俺はずっと見ていたんだよ。入学式の日、体調を崩していた俺を心配してくれたのはお前だけだった。その時から俺は……」
ずるずると後ずさる私と距離を縮めようとする彼。
ここは狭い教室。
いつしか私の背中は壁に当たる。
後ろは壁、前には美しい笑顔を浮かべている男。
壁にぶち当たった私の顔の横に両手を付く彼。
「俺はね、ずっと見ていたんだ。美月のことをずっと……」
いつもと違う声色にドキッと心臓が高鳴った。
彼の右手が私の頬に振れ、顎を捉える。
逃げなければと思いながらも逃げられない。
「きょ……」
私の声は彼の唇に吸い込まれた。
驚きのあまり固まってしまった私。
そのあとの記憶はない。
ただ、一つだけ…
その日を境に私は彼を避けた。
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to 京極さん
件名 思い出しました
どうしてあの時、私にキスをしたの?
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無意識に打っていたメール。
彼の返事はあっさりしていた。
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to AyakaMitsuki
件名 Re:思い出しました
あの頃は俺もガキだったんだよ
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ねえ、どういう意味?