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卒業の日  作者: 柳遥実
3/3

After the graduation

 大学の入学式後に行われた選択科目などなどの説明会も終わり、僕はホッと胸を撫で下ろしながら講義棟の出口に向かい歩いたところで思わず呟いた。

「大学ってこんなに賑やかなトコロだったんだなぁ……」

 建物の出口では各部活の新入部員勧誘が狂乱の宴のように行われている。

 こんな騒ぎの中を出て行く気にはなれず僕は引き返した。始まったばかりの大学生活は早くも前途多難だ。


 廊下の突き当たりあった自販機でミルク入りのコーヒーを買って、近くのベンチに腰を下ろした。

 高校の卒業式から約一ヶ月が経ち、新たな一歩となる日を迎えたのだが、すでに心が折れそうだ。でも彼女の笑顔を思い返して気合を入れなおした。

 あの日は終わらせようと思っていた想いだったはずなのに、今はこんなにも僕の支えになっている。

 …………でもやっぱりあの騒ぎの中に出て行くのは無理かなぁ。

 僕はココで暫く待つことにした。コーヒーを一口飲んで、背もたれに寄りかかって目をつぶると三年前を思い出した。

 そう言えば高校入学の日に桜から話しかけられたのも、今と同じように周囲の賑やかさについていけなくて一人でいた時だったな――

「初めまして。君、名前何て言うの? 私は桜」

 三年間忘れたことのないセリフで話しかけられた驚きで慌てて目を開けると、満面を笑みを浮かべた桜が僕を見ていた。

「エッ?……って、エエッ!?…………エエエエッッ!! なんでココにッ!?」

 桜は戸惑う僕を見て大笑いしている。

 戸惑う僕を尻目にひとしきり笑った桜は、笑いすぎで浮かんだ涙を拭いながら僕に聞いてきた。

「説明して欲しい?」

 僕はブンブンと何度も大きく頷いた。

「私もココに進学したの」

「はぁッ!? でも、あの時には私大に行くって……」

「あの時はね。でもどうしても大地と同じ大学に行きたくて頑張っちゃった。さすがに大地と同じ法学部は無理だったけどね。それにしても初日から大地を見つけられるなんて、私ってなんてラッキー…………って、聞いてる?」

 桜が僕の目の前で手をブンブンと振っているが気にならなかった。

 あの頃の桜の成績は本当に悪くて、志望していた私大も合格するか微妙だったハズだ。なのに短期間でココに合格するなんて並大抵の努力ではなかったハズだ……。それを僕と同じところに進学するためって……。

「大地、顔がまっ赤」

「誰のせいだよ……。もう無理して、大変だっただろう……」

 桜は小さく頷きと顔を伏せた。その顔を覗うと人のことを言えない状態になっていた。

「桜も顔がまっ赤」

 僕らはお互いの赤い顔のまま見つめあった。そのまま暫く見つめ合っていると、桜が口を開いた。

「でも不思議ね……こんなに自然に話せるなんて。大地と話したくても話せなくてもどかしかった二年間はなんだったのかしら」

 本当だ……僕もこれまで気恥ずかしさで全然話せなかったのに、桜が突然現れた衝撃で気恥ずかしさなんて吹き飛んでいた。でも今こんなに自然に話せるのはきっと――

「あの三年間のおかげだね。散々もどかしい思いを味わったけど今は良かったと思うよ」

 そう言って僕が笑いかけると桜はポロポロと涙を流した。

「人を驚かせたり大笑いしたり顔を赤くしたり泣き出したり忙しいな」

「それこそ全部大地のせいよ……」

 泣き続ける桜になんて言っていいか分からなくなりかけたが、まださっきの桜の質問に答えていないのに気がついた。

「……………僕は大地」

 桜がキョトンとしているが、僕らがこれから新しい生活を始めるのにこれ以上相応しいセリフはないだろう。そして再会の機会をくれた桜に言うべきセリフは他にもある。

「桜……君が好きです」

「エッ……って、エエッ!? そんな……突然」

「突然じゃないよ、三年前からずっと君が好きだった。僕と付き合ってください」

 桜はまた赤くなった顔を両手で隠しながらプルプルと震えだした。彼女の足元に涙がポタポタと落ちる。

「桜……?」

「違うの勘違いしないで……嬉しくて」

 桜はしばらくそのまま泣いていたが、急にパッと顔を上げた。その時には満面の笑顔だった。

「もう! あんなに奥手だった大地はドコに行ったのかしら? 私から言っちゃおうかなって思っていたぐらいだったのに……」

 桜は苦笑いを浮かべる僕を真っ直ぐに見つめながら返事をくれた。

「私も大地が大好き。私をあなたの彼女にしてください」

 桜の返事を聞いた瞬間、思わず彼女を抱きしめていた。

「チョッ……チョットチョット! 本当に高校時代の大地はドコに行っちゃったのよ!」

「あの三年間で学んだんだ。本当に大事なモノは離しちゃいけないって……。桜が嫌なら離すよ?」

「嫌なわけないじゃない。もっと強く抱きしめて……」

 桜が僕の背中に腕を回し、僕も彼女を強く強く抱きしめた。全身が彼女の温もりと幸福感で満たされた。


 その後、僕たちは手を繋ぎながら講義棟の出口へ向かった。まだ新入部員勧誘は続いていたけど、桜がいてくれるなら怖くない。

 ギュッと繋いだ手を握り締めると桜が聞いていた。

「大地は高校の時には携帯持ってなかったけど、今はもう持ってる?」

「高二から持ってるよ」

「なッ! 何ですぐに教えてくれないのよ!」

「教えようとしたらすぐに逃げだしたじゃないか……」

「あれはその……」

 口ごもる彼女を見て笑いが止まらなかった。いつでも積極的で自分のやりたいことを行動に移せると思っていた彼女が、まるで僕の様にしどろもどろになっているのが可笑しかった。

 でも、きっとそれは僕や彼女だけではなく皆一緒なんだろう。誰にでも思い悩む時はある。前に進めない時もあるし声を出せない時もある。けれどそんな時ほど勇気を出して、たとえその場の勢いだとしても一歩踏み出すと自分を絡み取っている世界が解けてゆく。

 今日、僕はそれを知った。

 一歩を踏み出した先がどうなるかなんて分からない。けれどこの手に感じる温もりがあればどこまでも歩いていける。

 高校の時には思いもしなかった気持ちが湧き上がる。



 これから先が楽しみだ。


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