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卒業の日  作者: 柳遥実
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桜 Side

 私は臆病者だ。

 高校生活最後となる卒業式の今日、私は改めて自分の情けなさを実感している。



 入学式の日に彼へ話しかけたのは、寂しさからだった。

 中学校卒業後に親の転勤で知らない町の知り合いもいない高校に入学し、一人ぼっちだった教室で同じくポツンと一人でいた彼に話しかけた。

「……………僕は大地」

 彼は突然話しかけられて驚いた様子で暫く黙っていけど、ポツリとそう言った。

 私が桜で彼が大地、なんだか彼と私は相性が良さそうだ、と思ったのを今でも覚えている。

 第一印象は当たっていたようで私と彼はよく話すようになった。と言っても私が一方的に話してばかりで、彼は時折返事をする程度だったのだけれど。

 でも彼は私の取り止めもない話をいつも楽しそうに聞いてくれた。私はそれだけで嬉しくてたまらなかった。

 それに私は知っている。彼が言葉少ないのは、人見知りで話すのが苦手なだけだ。

 あまり信じてもらえないのだけど、私も小さなころはとても無口な子供だった。親の仕事の都合で転校が多かったので、新しい環境に早くなじむ手段としておしゃべりになっただけで、私も元々は彼と同じく引っ込み思案だ。

 だから私にはわかる。彼が口を開く時は勇気を振り絞って一言一言を発しているのだ。そんな彼が、私に話す時にはいつも笑顔を浮かべてくれる。

 彼のほかにも友達はできたけど、私はあの笑顔が見たくて何度も何度も彼のところに行った。


 二年生になると、彼とは別々のクラスになった。

 なかなか会えなくなり、彼を見かけるのは休み時間の廊下とか移動の途中が多くなった。

 彼は携帯電話を持っていないので、そんな時が彼と話せる数少ない機会だ。私は嬉しくて彼の所に駆けて行った。

 そんな事を何度も繰り返していたら友達に言われた。

「桜、アンタまさかアイツが好きなの? アンタにはつりあわないって。もっと良いオトコを紹介してあげるよ?」

 その時ははぐらかしたけれど、好きなの? と聞かれて自分でも信じられないくらいに動揺した。


『なんだ……私って彼が好きなんだ』


 そう自覚したら彼の顔をまともに見られなくなった。

 これまでの様に駆け寄って話しかけるなんてとてもできない。遠目から彼を眺めるのが精一杯だった。でも彼は妙に鋭くて、私の視線を感じるとスグにこちらを振り向く。おかげで何度も彼と目があった。目が合うと自分でも分かるほど顔が赤くなってしまい、彼が何か言いたそうにしていたにもかかわらず、逃げ出してしまった。

 そんな事を何度も繰り返し、お互いを意識しつつも距離感がある状態になった。


 皮肉なモノで、三年生では彼と同じクラスになった。

 その頃の私には男女を問わず仲の良い友達が大勢いたけれど、彼はいつも一人だった。

 初めて会った時と変わらない姿にホッとすると同時に、彼の良さに気が付かない周囲に腹が立ちもした。

 ある時など女友達の一人が、彼は暗くて何を考えているか分からないとか、私を気持ち悪い目で盗み見ているから気を付けてとか言ってきて、爆発しそうな自分を抑えるのが大変だった。

 でも彼女は勘違いをしている。彼を盗み見ていたのは私の方で、彼は視線を感じてこちらに振り向いただけだ。

 せっかく同じクラスになれたのに、変に周囲の目を気にするようになってしまった私は、

以前のように彼に話しかけられなくなってしまい、できれば彼から私のところに来てくれないかと待ってばかりだった。

 人見知りの彼が人前でそんな事できないって分かっていたのに……。周囲に気兼ねなく二人でいれた一年生の時ですら私が一方的に彼を振り回してばかりだったのに、今になって彼を待っているだなんて……。

 弱虫だった子供の頃に戻ってしまった自分が嫌になる。やっぱり私は幾つになっても臆病なままだ……。

 そんな臆病な私が彼と自然に話しかけられる機会があった。進路の話になった時だ。

 クラスの一人一人に進路を聞いていく流れで彼にも声を掛けた。

 彼は近くの国立大学を受けるそうだ。学年で十位以内だという彼ならきっと合格するだろう。それに比べて頭が悪い私が進学できそうなのは県外の私大くらいだ。と言うことは、卒業後は別々の道に進みもう会えない……。私は自分がこんなにも動揺するとは想像もしなかった。


 三年生の時に彼とまともに話したのはあの時だけだったんだ……。

 卒業式を終えた教室で三年間を思い返して今更ながら驚いた。

 あれから大変だったんだよ…………。

 一人でサッサと教室を出ようとしている彼に視線で語りかける。すると彼はいつものように私を感じて振り返った。

 いつもの私ならスグに逃げてしまうのだけど、これまで彼に伝えていなかった大切な話があったから彼の視線を正面から受け止めらた。けれどなかなか言葉が出てこない。

 私って周囲から喋りすぎって呆れられていたはずなんだけど……?

 そうこうしている内に彼の唇が動いた。

「さく…………ら………」

 確かに聞こえた。彼が私の名前を呼んでくれた。

 たった一言だったけど、彼の真剣な眼差しから私に何かを必死に伝えようとする気持ちが伝わってきた。

 三年間彼を見続けていた私には、それが彼にとってどれだけ勇気が必要な一言なのか理解できる。必死に自分の殻を破ろうとしているのだ。私は嬉しくて嬉しくて顔が緩む自分を抑えられなかった。

 高校生活は今日で終わりだ。だから彼はきっとこれから先を見据えて変わろうとしているんだ。そうだとしたら私が伝えたい事は彼の邪魔になるんじゃないだろうか。でも……そう思うのは自分に勇気がないのを彼のせいにして逃げているのかも……。

 やっぱり私は臆病者だ。彼のようになりたい…………。

 今は無理だけど私もきっと変わるから、あなたみたいになってみせるから、だから今は一言だけ言わせて。


「あなたが大好きです」

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