戦端
轟音と爆風がジャハト村を襲った……
オーランド帝国の特殊先攻部隊『シャドウ・ウィップ』が予め仕掛けた火属性爆裂魔法【エクスプロージョン】を付与した魔法具が各所で爆発を起こしたのだ。
『シャドウ・ウィップ』は魔法具に闇魔法【インビジブル】を追加付与した状態で、各拠点に仕掛け、一斉に爆発させたのだ。
爆発させた箇所は、主に四箇所……輜重兵のキャンプ、『巨人騎士(Giant Knight)』の警備部隊、駐在兵の宿舎、ジャハト村の臨時本部の館であった。
爆発が起こり、爆煙で視界が奪われる中、
爆発を逃れた隊長格が体制を建て直そうとする。
しかし、爆発の混乱に乗じ、『シャドウ・ウィップ』の隊士が死角から近づき、次々に共和国の兵を倒していっていた。
各所の共和国兵は突然の攻撃に対応出来ず、次々に殺されていた……
そんな中、駐在部隊の副隊長、『ハーガス・ラトクリフ』は、生き残りの兵を取りまとめようと、必死に指示を出していた。
彼はこの混乱時、樹海の道の整備の指揮を取っていたが、村の各所や『巨人騎士(Giant Knight)』の警備部隊の場所から爆発があったのを確認すると、整備部隊の作業を止めさせ集結させていた。
彼の部隊がこの時点で唯一被害大した被害を受けずにすんでいたのだ。
彼はこの事を感覚魔法を展開する事で把握していた。
急いで、各部隊の隊長格と通信魔法具で通信を試みるが、連絡が取れたのは『巨人騎士(Giant Knight)』の警備部隊のみだった。
警備部隊も攻撃を受け、生き残りは僅かだと知らされる。
私は、4つの選択肢を突きつけられていた。
1、玉砕覚悟で警備部隊に合流して、『巨人騎士(Giant Knight)』を死守する。
2、ジャハト村の本隊に合流する。
3、非戦闘員をチツバ街に退避させ、戦闘可能な人員で、仲間の救援に向かう。
4、全員でチツバ街に撤退する。
1は今の部隊内容を鑑みると無理だろう。
今の人員は、整備兵50名、地魔法師10名、周辺警備兵20名、開拓民30名だ。
まともに戦える者は、30名でその他は、戦う為の装備も持っていないのだ。
80名の非武装要員を引き連れるにしても、残して行動するにしても、
この状態で、警備兵の救援に向かうのは無理だ。
精々、警備部隊の生き残りを少しの時間待つぐらいしかできない……
敵は『巨人騎士(Giant Knight)』の確保を優先するだろうから、無理に抵抗せず、撤退すれば、警備部隊員が生き残る可能性もあるだろう。
また、ジャハト村の本隊は、目下交戦状態だ。
こちらも援護したいのは山々だが、非武装要員をこれほど引き連れての参戦はとても無理だ。
連絡も取れない現状では尚更だった。
私は、3の非戦闘員を村を迂回させて、街道に逃がした後に戦闘可能な者達をつれて本隊の救援に向かう事を決意した。
その前に、警備部隊の生き残りを30分だけ待つ事を警備部隊長に告げる。
警備部隊長は、警備部隊の30名の内半数以上の20名を既に失っている事と、
敵の数が不明な事を考慮し、現場からの撤退を決断したようだった。
私は、各所で上がる爆発音に焦りを感じながら、警備部隊の合流を待つのだった。
◇◇◇◇◇
俺は、敵の潜入部隊と思われる黒装束の罠に嵌り、
黒魔法の結界と思われる黒い球体に閉じ込められていた……
村の彼方此方で逃げ惑う人々の喧騒が聞こえてくる。
俺はどうにかこの結界を破ろうとあらゆる方法を駆使していた……
俺の得意なのは、石動流魔古武術の体術と魔術を合わせた技だ。
石動流魔古武術の主な魔法は地属性魔法を複合した振動系魔法が多い。
その中で魔法破壊に優れた幾つかの技を試みたが、この結界を壊す事は出来なかった。
先ず、この結界が宙に浮かんでいる事が技の威力を半減させていた。
地属性魔法は基本地面に接地した状態での発動を基本とし、地からも魔力を借りて発
動するものが
殆どだからだ。
現状では勁力に魔力を乗せて発動出来ないのだ。
俺は今一度、振動魔法を拳に乗せて両足に力を乗せて踏み込もうとするが、
球体の側面は弾力があり、踏ん張る事が出来ず、俺は球体内で何回目かの回転を余儀なくされ、ひっくり返っていた。
「っ……くっそう!
【振動発勁】も打てないし、切り札のガンソードの【振動剣】も効かないなんて!」
『振動発勁』とは、地属性魔法の振動魔法に古武術の発勁を合わせて、物体内部に爆発的な振動を与え破壊する魔法だ。
そして、『振動剣』とはガンソードの刀身を振動魔法で超高速振動させ、物体を切削する技だが……
これは結界を切ることは切れるのだが、直ぐに元に戻ってしまう……
まるで水を切っているようだった。
剣は突き抜けるが、俺の体は出れない……脱出は不可能だった。
そんな俺の様子を黒装束の配下と思われる村人の格好をした男がニヤニヤと見ていた。
現在、黒装束は何処かに行っていて、姿が見えない。
「無駄、無駄、無駄。
その結界球は古代兵器だ。
どんな物理攻撃や魔法攻撃も無効にするらしいぜ。
まあ、お前の剣が飛び出たのにはビックリだが、それ以上何もできまい?
足掻くだけ、体力と魔力を消耗するだけだぞ」
「……そんなご大層な代物を俺なんかに使っていいのか?」
「まぁ、少し過剰に思えるが、副隊長の判断だからな」
「ほぅ……さっきの黒装束は副隊長だったのか」
男はしまったといった顔をしたが、直ぐにニヤリと笑い皮肉げな顔になる。
「ああ、そうだ。
その結界に捕らわれたらもう御終いだから、
知られてもこっちは一向に構わない。
お前は、人工精霊を捕らえる為の餌になってもらう」
「人工精霊の餌?
なんだ?その人工精霊って?」
「そうか。
お前あの人形が人工精霊って知らないのか?
道理で普通の人間の様に接して居た訳だ。
俺はてっきり自動人形の愛好者かと思ってたぜ」
「おいおい、まさかルナの事を言ってるんじゃないだろうな?」
「ルナ?その名前はお前が付けたのか?
あいつの名称はそんなんじゃないぜ」
「……じゃあ、何ていうんだ?」
「あいつの名前は……」
そう男が口走ろうとした時、男はいきなり吹き飛んだ。
男が吹き飛ぶ前の場所には……黒装束が立っていた。
「口が軽すぎるぞ。ファン!」
壁に強かに背中を打ちつけた男は、せきをしつつも何とか立ち上がり、
帝国流の敬礼である両拳を胸の前で合わせる仕草と共に90度のお辞儀をする。
「!!はっ、も、申し訳ありません!」
「今後は気をつけよ……
それより、そろそろ作戦が終了する。
生憎、人工精霊は、
あのクソ爺と共に見失ったが……こちらには、人質もいる。
燻り出させて貰うとしよう」
俺は、黒装束の言葉を聞いて少し安堵した。
『さすがじっちゃんだ。
上手く逃げてくれたらしい……
このまま無事にチツバ街まで逃げてくれれば……
頼むぞじっちゃん……』
◇◇◇◇◇
儂は、治療院で患者の治療をしていた。
先ほど、ルナを置いて、ハヤトのヤツが追跡者を確認してくると言って出て行ってが、アヤツは、些か調子づく所があって、詰が甘い。
ヘマをしていなければ良いが。
そして、治療を終え、患者を外に送り出した時、轟音が村の各所から同時に響き渡った。
儂は、直ぐに、感覚強化魔法【インダクション】を発動し、
爆発のあった場所を特定する。
儂の【インダクション】は永年使い込んでいるだけあって、
過度な異常(爆発)などの場所の特定は直ぐにできる。
『む……四箇所……輜重兵のキャンプ、『巨人騎士(Giant Knight)』の警備部隊、駐在兵の宿舎、ジャハト村の臨時本部の館…か』
そこにルナが駆け寄ってきた。
「せ、先生!ソウウン先生!」
「大丈夫じゃ。
爆発のあった場所はここから離れている。
しかし、これは明らかにこの村に対しての攻撃じゃな……
さっき、ハヤトが追いかけていったヤツラの仕業かもしれん」
ルナが不安そうに顔を伏せて呟いた。
「……ハヤトさん……
大丈夫でしょうか?」
「うむ……アヤツの事は、今は心配しても仕方なかろう……
多少の事なら自分で何とか出来る程度には仕込んである。
それより、ルナよ、ここから避難するぞ」
「え……でも……ハヤトさんを待たなくて良いんですか?」
「お主を守る方が先決じゃな。
それに、怪我人も多く出ているじゃろう。
そちらの対応もせんとな。
今、簡易の治療道具を持ってくるから、
お主も簡単な着替えなどを用意するのじゃ。
攻撃を受けているのは村の北側じゃ。
南門に向かうぞ」
儂はそういうと、奥の診療室に向かい、ルナを自室に向かわせるのだった。
儂らは避難の準備をして、表に出た。
すると物陰から僅かな殺気を感じ……
儂は、咄嗟にルナを肩に担ぎ、その場から飛びのく。
ルナが突然担ぎ上げられ驚きの声を上げた。
「!!ソ、ソウウン先生!!何を!」
飛退いた場所には黒塗りのダガーが地面につき刺さっていた。
明らかに刃先には毒が塗ってあるようなテカリが見て取れた。
ルナはその地面に刺さったダガーに息を呑む。
続いて、黒い影が目の前に現れ、滲み出すように目元だけ出した、
黒装束の男が剣を突き刺してきた。
儂は、その刺突してきた剣の腹を右手の掌底で刃先を逸らし、
低く屈んで回転しながら左足で相手の足を払った。
石動流魔古武術【霞独楽】だ。
黒装束は、体勢を崩され、その場で踏鞴を踏む。
そして苦苦しく、口を開く。
「ご老体……
その体捌き、只者ではないな?!」
「ふっ、お主こそ、今の足払いで骨を折っておらんとはの。
どんな鍛え方をしておるのじゃ?
いや……魔法防御か?
普通なら足首の骨折か、良くても捻挫ぐらいはするはずなんじゃがな?
何せ、振動系魔法も叩きこんだんじゃからな」
「器用すぎますなご老体。
咄嗟に無詠唱で、体術に魔術も乗せてくるとは……
やはり、さっきの小僧の関係者だけの事はあると言ったところか」
そこで、儂は眉を潜める。
「ほう……儂と同じような技を使う小僧か……」
「そうだ、我が預かっている。
返して欲しくば……」
儂はその後の言葉を聞かずに【縮地】で一機に50m程、距離を取ると、
身体強化魔法【ストレングスニング】を発動し、ルナを肩に担ぎながら全力で南門へと向かった。
後には、呆気に取られた、黒装束が残るのみ……
肩に担いだままのルナが非難の声を上げる。
「せ、先生!
ハヤトさんを見捨てるんですか?!
あの黒装束に掴まっているんじゃないんですか?」
「今、あの黒いのの言う事を聞いても儂らが不利になるだけじゃ。
どうせ、儂らに抵抗せずに捕まれというのじゃろう?
儂らが捕まって、ハヤトのヤツを返すとも思えん」
ルナは、それを聞き、俯いて、まだ何か言おうとする。
それを儂は遮るように、言い放つ。
「それにじゃな!
ハヤトのヤツには色々と仕込んでおる。
案外自分で何とかするかもしれんぞ?
まぁ、ヤツラも儂らへの人質として考えているようじゃから、直ぐには殺したりせんじゃろう。
今は、機会を待つのじゃ」
ルナは後方を一度振り返り、何とか了承した。
「……はい。
私では、どうする事も出来そうにありません。
先生の判断に従います」
ルナは目に涙を滲ませ顔を伏せた。
儂はこれからの事を考える。
『……ハヤトのヤツめ……油断したな。
さて、先ずは駐在兵に合流するべきじゃな……
そこで、ルナを預けられれば……儂単独で救出に向かうかの?
ハヤトの気はこの村内でならば、何処にいても分かるからの』
儂らは、騒然となっている村人達が集まる南門へと向かうのだった。
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