旅立ち
俺は祖父の両手を組ませて、寝かせると、立ち上がり、祖父に告げる。
「じっちゃん。
今までありがとう。
出来の悪い孫の俺を今まで育ててくれて、どんなに感謝しても感謝しきれない。
じっちゃんを弔ってから行きたいけど……」
俺は、そこで村の柵の外に幾人かが様子を見ようと近づく気配を察し、顔を顰める。
「もう、人が来そうだ。
俺が、"アルカナ・ナイト・マスター"になった事は解らないと思うけど、
ルナがまだここにいたら、どんな事になるか解らない……
だから、じっちゃん……
俺達は行くよ。
村のみんなも村人を助けようとしたじっちゃんを無碍にはしないはずだ」
祖父をこのままにして行くのは心残りだったが、人知れずこの場所を離れるには今しかないと判断し、俺は、北門を睨む。
そして、近くに放置されていた自身の武器……『ガン・ソード』を拾い上げ、腰のホルスターに指して、ルナに声を掛けた。
「ルナ!行こう!」
「はい、マスター」
俺達は、足早に北門に向けて歩き出したのだった。
歩きながら俺はルナに声を掛ける。
「ルナ、"アルカナ・ナイト"の機能に"次元収納"ってあるじゃないか?」
「はい、"アルカナ・ナイト"の格納庫です。
"アルカナ・ナイト"本体と付属装備が収納されています」
そう、先の戦闘で使用した『バスター・ライフル』もこの"次元収納"から取り出していたものだ。
「その中には、"アルカナ・ナイト"に関係する物意外でも入るのか?」
「はい、生物で無ければ可能です。
あの空間は真空ですので。
只、収納限度は、収納時に名称付けして100項目までとなっています。
現在、"アルカナ・ナイト"の備品関係で、50項目は使用中ですので、後、追加で50項目使用可能です」
「確か、でっかい箱に『備品1』とか名称付ければその箱の中は何が入っていても構わなかったよな?」
「はい、そうです」
「わかった。じゃ取合えず、診療所に行こう!持ち出さそうなものは持ち出そう」
"アルカナ・ナイト・マスター"の機能の把握はルナとの契約時に意識下に記録されるのだが、それは大まかなものな為、詳細については、ウィンドウ機能で検索を掛けるか、ナビゲーションであるルナに確認する必要があった。
そして、俺達は診療所にむかい、薬品棚や衣類の収納箱などの使えそうな物を"次元収納"に入れていった。
因みに最初、診療所ごと、収納しようかとも思ったが、出す時に整地した場所にしか出せないのと、目立つ事を考え、必要な物だけ収納した。
収納時には、収納したい物に手を翳すと魔方陣が浮かび上がりる。
そこには項目が表示され、名称付けしてると、収納が完了した。
後は、ウィンドウで収納項目から選択するか音声で呼び出す事で、出現させる事が可能だった。
そして、治療院からの持ち出しは、ものの10分程度で済み、俺達は足早にその場を後にした。
その後俺達は、北門前の厩舎で、被害から逃れていた"ラウンドバード"を一頭捕らえ、厩舎に有った、鞍や轡をつけて、二人で飛び乗る。
まあ、ちょっと気が引けるが敵を撃退した報酬として、拝借する事にした。
"アルカナ・ナイト"で移動は出来なくも無いが、目立つし、ルナの話だと、専用の格納スペースに無い"アルカナ・ナイト"は他の"アルカナ・ナイト"に感知されやすいとの事だった。
現状、他の"アルカナ・ナイト"が各国にとってどういった立場なのか解らない以上、敵とも味方とも解らない他の"アルカナ・ナイト"に感知されるのは妥当と思えなかったので、『ザ・タワー』は、"次元収納"に入れて移動する事にしたのだった。
俺達は、"ラウンドバード"に跨ると、"ザ・タワー"に向かって作りかけの街道を進んだ。
"ザ・タワー"の近くまで来て、探知魔法をかけ、人が居ないか確認したが、其処にはもう人気は消えうせていた。
数人の死体と争った形跡があったが、"ザ・タワー"が稼動した事で回収は不可能だと帝国兵は判断したものと推測した。
実際、帝国兵達は、"ギガント・ナイト"が動き出し、自軍の"ギガント・ナイト"と"飛空船"が撃破されるのを確認していた。
そして、この間々、ここに居ても"ギガント・ナイト"の奪還は叶わないと判断し、状況を確認し、本国に報告する為、恐らくは全滅しているだろう本隊の状況しに、ジャハト村に隼人達とは入れ違いの形で向かっていたのだ。
街道を真直ぐ来た隼人達と迂回しながら進んだ帝国兵が遭遇しなかったのは彼等にとっては僥倖だったといえるだろう。
今の隼人とルナは攻撃を受ければ勝手に自動防衛システムが働いて、敵を殲滅してしまうのだから……
◇◇◇◇◇
"ザ・タワー"の真下まで来た俺は操縦席に乗って簡単な動作確認をしたい衝動に捕らわれたが、頭を振ってその思いを思いとどませる。
今は一刻でも早くこの場を離れ、帝国と、おそらく共和国からも放たれると思われる追跡部隊から逃れる事が先決である。
「ルナ、"ザ・タワー"を"次元収納"に収納してくれ」
「はい、了解しました」
ルナが両手を空に向けて上げると、"ザ・タワー"の上空に輝く巨大な魔方陣が出現し、降りてきた。
その魔方陣が触れた先から"ザ・タワー"は消えて行き、魔方陣が地面まで届くと完全にその姿が消えたのは圧巻と言えた。
全長18mの物体が消えたのだから当然だろう。
俺達は"ザ・タワー"の収納を確認すると、"ラウンド・バード"の跨る。
そして、樹海方向……北に進路を取った。
後に乗っているルナが、聞いてきた。
「マスター、これからどうされるのですか?」
「それなんだが、親父を探そうと思ってる。
まあ、親父は俺の生まれる前に出て行ったから、俺自身には思い入れはそんなに無いんだが、身重の母さんをほったらかしにした上、死に目にも顔を見せなかった事に対して、一発でもぶん殴ってやらないとな!」
「……でも、お父様も何か連絡がつけられないご事情があったのでは?」
「まぁ……そうだとしてもだ。
母さんをほったらかしにしたのは事実だからな」
俺がそれ以上、言うなといった感じで憮然とした態度で黙り込んでしまったので、ルナはバツが悪そうに俯く。
俺は、空気を重くしてしまったので、他の話題を振ることにした。
「それより、ルナ……その『マスター』って呼び方……どうにかならないか?
今まで通り、名前で呼んでくれると助かるんだが」
「それは、ダメです。
私に取ってマスターは『マスター』ですから!」
どうも、人工精霊にとっての契約者は特別で、主に対して、敬意を払わないといけないらしい。
「それより、マスター、お父様を探すという事は西に向かわれるんですよね?
今は、北に進んでいるようですか?」
「ああ、西は、高い山脈が連なっているんだ。
それにそれを超えても超えた先は、『オーランド帝国』だから、この『シルヴァ大樹海』を超えて、更にその先の『ビナ砂漠』の向うの『北部森林地帯』沿いに大陸を横断する予定だ。
ここは大陸のほぼ東端だから、まさに大陸横断になるけどな」
「でも……ここから先に街とかあるんですか?」
「この樹海内には無いけど、『ビナ砂漠』は、遊牧民国家『ビナール王国』が収める国なんだ。
砂漠と草原の国で、国民は首都を除いてほぼ、遊牧で生計を立てているところだ。
まずは、そこの首都、『ビルーナ』に行って、ルートを調べようと思ってる。
『ビナール王国』は、どの国とも中立を宣言しているから、俺達が掴まるような事は無いはずだ」
「そうですか。私はマスターの行くところならばどんな場所でもかまいませんので、マスターの指示に従います」
「あ、ああ、まあ、俺もそこそこじっちゃんに連れられて旅はしてるから安心してくれ。
なんせじっちゃんはジャハト村に落ち着くまでは結構、彼方此方の街に治療に行ってたからな。
大陸の東側地域ならそこそこ俺も詳しくなっちまったよ」
そういって、俺達は道無き、樹海の木々の間を縫うようにして、北に進むのだった。
◇◇◇◇◇
樹海内の魔獣には何回か遭遇したが、"アルカナ・ナイト・マスター"の能力の一つである"敵意感知"で、魔獣の先制攻撃前に気づき、難なく撃退していた。
因みに襲って来たのは『ヘルハウンド』が20匹と『ブラッド・ベア』が2匹だった。
『ブラッド・ベア』は体長3mのも及ぶ大型の熊の魔獣でその赤毛の体毛は、火属性の特性があり、素手で触れると火傷は免れず、その爪も高熱を持っており岩をも切り裂く厄介な魔物だったが、ルナの持つ"雷の精霊"を一部流用できる今の俺にとっては取るに足らない存在だった。
全て、『電撃』と言う能力で、感電死させ、毛皮や爪や牙や体内の魔石を回収していたのだった。
その後、夕方には、最初の野営の準備に取り掛かった。
"アルナカ・ナイト"の"次元収納"の項目では野営に必要な物資の項目もあったので、早速、出して確かめて見る。
野営の為のテントやランタン、レトルト食品などが在った。
5000年前の食品が密封してあるとはいえ食べられるのか疑問だったが、
"次元収納"内は不思議空間らしく、細菌などはまったく存在していなく、物が腐敗する事はないらしい。
恐る恐る、レトルトカレーと御飯を食したが、異常は無かった。
というか、かなり上手かった。
カレーはこの時代にもある料理だが、どうも、肉や野菜は違うものが使われている感じで、今まで食べた中で一番上手かったのは驚きだった。
食事がひと息ついた後、俺は、"アルカナ・ナイト"について、詳しくルナに聞く事にした。
なんせ、"アルカナ・ナイト・マスター"になったとはいえ、大まかな概要と、操縦方法しか、伝授されていないのだ。
そりゃ、検索機能で調べる事はできるが、単語の意味を調べるようなもので、今一全体像が解り図らかったのだ。
俺達は、光学迷彩と結界が張られたテントに入り、ルナから、"アルカナ・ナイト"について詳しくその成り立ちなどを聞くのだった。
◇◇◇◇◇
「…マ」
「……」
「…マスタ」
「……」
「…マスター!」
薄暗い暗闇の中、少女の呼びかける声が響く。
それに応えるように、透明な棺の中の少女が目を開けた。
「…もぅ…何?」
「マスター、他の"アルカナ・ナイト"の起動を確認しました」
「……へぇ、又"ザ・ワールド"ってことは無いわよね?」
「今回は違います。"ザ・タワー"です」
「!!"ザ・タワー"ですって!
あの機体は一度破壊されて、改修されたけどマスター無しのまま放置されてたんじゃなかったの?」
「はい、そうなのですが、今回、新たにマスター契約がなされたようです」
「そう!それは良かったわ!
今まで諦めてたけど、もしかすると私達、地上に帰れるかもしれないのね?!」
「はい、"ザ・タワー"が"バベル・セカンド"を稼動させれば、可能となります」
「ああ!!ああ!もうどれくらいになるのかしら?」
「前回地上に降りてから、本日まで5020年と201日となります」
「そう、そんなになるのね……殆ど"冬眠"してたから気がつかなかったわ。
前回、起きたのは何年前だったかしら?」
「はい、前回は、"ザ・フール"と"ザ・ハングドマン"の依頼で、地上にエネルギーカプセルを投下した際でしたので……18年と130日前になります」
「そうだったわね。"ザ・ワールド"の封印を確認して、また"冬眠"に入ったんだったわ。
で、"ザ・タワー"は"バベル・セカンド"に向かっているのかしら?」
「……方向的には、そちら方面に進んでいるようですが、"バベル・セカンド"に向かうとは限らないかと……。
現在の"ザ・タワー"には"バベル・セカンド"の管理、守護の任務は登録されていないはずです。
起動権限は持っているはずですが……」
「まぁ!なんてことなの?!」
「"ザ・タワー"は大戦終息間際に建造され、併せて"バベル・セカンド"も建造されましたが……地上での魔素の充満の元凶が"ナノ・エナジー"の生成だった為、"バベル・セカンド"ごと破棄されましたから……。
まあ、我々もその煽りで放棄されたわけでもありますが。」
「でも、今は魔素の影響を受ける旧人類はいないんだから、"バベル・セカンド"も私達"ザ・スター"も別に地上に降りても問題無いわよね」
「はい、その通りです。マイ、マスター」
「うーん、どうにかして"ザ・タワー"と連絡取れないかしら?」
「我々が直接、連絡は取れませんが、以前、連絡を取った事がある"アルカナ・ナイト"に接触してもらうように依頼する事は可能なはずです。
彼等も、"ナノ・エナジー"は不足気味なので、それを交換条件にすれば……」
「いいわね!いいわね!誰なら適任かしら?」
「そうですね……一番近いのは……"ザ・ハイ・プリーステス"でしょうか?」
それを聞いて、少女は顔を顰める。
「彼女か……協力してくれるかしら?」
「可能性はあるかと……」
「解ったわ、連絡を取ってみて。
ダメなら、他を当るしかないわね」
「了解しました。マイ、マスター」
少女はそう指示した後、暗闇の星星の瞬く空間から、哀愁ただよう表情で、眼下の青い星を見るのだった。