覚醒
……血飛沫の上がる中、俺は激痛で意識が飛びそうだった。
頭は朦朧とし、自分の脈がやたら大きく聞こえ、体温が急激に低下して行くのを感じていた。
このままではヤバイと自分の医療知識が訴えていたが、自身の魔力も付き掛けていて、回復魔法をかける事も、手足が拘束されているので、腰に下げているポーチから回復薬を取り出して使用する事も出来ずにいた。
だが、敵の隊長はその数分も惜しいのか、先ほど唾を吐かれたのが余程頭に来たのか、振り下ろしていた剣を今度は両手で逆手に持ち、心臓に突き立てる仕草をした。
俺は拘束されて動かない手足を動かし、何とか逃げようと動こうと体を攀じるが俺の体はビクともしなかった。
そして、隊長は残忍な笑みをし、一言呟く。
「死ね!」
俺は、自分の死を覚悟し目を瞑った。
自分の行動に後悔は無かったが、せめて、じっちゃんとルナが無事に逃げ延びる事を祈ったのだが……
暫くしても一向に剣が胸に突き立つ感触は起きなかった。
俺は恐る恐る目を開ける。
其処には……
俺を庇うように立ち、両手をクロスさせている祖父の姿があったのだった。
◇◇◇◇◇
儂は、隼人が戦っている場所より少し離れたところで戦っていたが、何とか、隼人に加勢しようと敵の壁をすり抜けようとするが、敵は防御を固め、こちらを隊長達に近づけないようにしていた。
精鋭の兵士が守りに徹しているのだ、そうそう、その包囲網を抜けれる筈はない。
また、今日は連戦につぐ連戦の上、広範囲魔法も使用していて魔力が底をつき掛けていた。
そんな攻めあぐねていた状況下の中、不意に隼人の絶叫が辺りに響き渡る。
儂は、目の前の敵の事も忘れて、その声の主を確認した。
其処には右腕を吹き飛ばされ、盛大に血飛沫を上げている隼人の姿を確認する。
そして、その目の前には、今にも隼人の胸に剣を突き立てようとしている敵将の姿。
儂は我すらず、残りの魔力を振り絞り【縮地】を使って隼人の眼前まで跳んでいた。
そして、隼人を突き刺そうとする剣を両手をクロスしながら受け止める。
防御魔法も体術もない……ただ一心に『隼人』を、掛け替えの無い孫を守る為に、自身を盾としていた。
◇◇◇◇◇
俺は、思わす目を見開いて、祖父の背中を見つめていた。
祖父の左胸には突き抜けた剣先が覗いている。
両腕だけでは、敵将の剣を防げなかったのだ。
憶測ではあるが、敵将は強化魔法をかけた上で、剣を振りかぶったのだろう。
でなければ、両腕を貫通した上、人間の体まで貫ける訳も無いのだから……
祖父は口端に血を垂らしながら、俺に呟く……
「逃げろ……ハヤト……」
祖父はそう言うと敵将に体当たりし、その体を抱え込んだ。
そして、俺が祖父に向かって叫ぼうとした時、
「ガガアァァァァァン」といった激しい騒音が当たりに鳴り響いた。
◇◇◇◇◇
私は柵と森の中間地点で、その叫び声―隼人の声―を聞いた。
私は思わず、村へと振り返る。
そして、肉眼では本来確認出来ないような距離にも関わらず、その人が叫んでいる状況が目に入る。
その右手は、肘から先が斬られ、血が噴水のように噴出している。
私は目の前が真っ暗になる感覚に襲われた。
……記憶の無い私に家族のように接してくれた早雲先生と隼人さん。
出会ってから2週間程度で在るにも関わらず、私は二人の事を家族だと思っていた。
そして、優しく頼りがいのある隼人に淡い恋心じみたものが芽生えていたと自覚してもいたのだ。
その隼人さんが今、私や村人を逃がすために傷つき、叫びを上げながら苦しんでいるのだ。
私は動悸が早まり、呼吸が浅くなって胸を締め付けられるのを感じた。
そして、敵将が隼人に向かって剣を突き刺そうと振り上げた時……
「イヤャァァァァァァァ!!!」
と我知らず叫び声を上げていた。
……そして、私は私(精霊)である事を思い出す……
……その瞬間、世界は停止した。
いや、正確には停止では無く、恐ろしく時間の感覚が遅延していたのだ。
私の体は光に包まれ、思考と動作は、通常の人の1000倍速の世界と化していたのだ。
私は私(精霊)の特性を思い出す。
そう……『雷の精霊』の特性、超加速状態を。
私は瞬時に自身の状態を把握し、あの人を……隼人さんを助けるべく、走り出だした。
今、私は『雷の精霊』と化している。
体はクリスタルのように透き通り、光り輝いていて、衣服は弾け富んでいた。
この状態は物理攻撃無効、魔法攻撃大幅減衰の状態で、普通に動いても時速1000kmだ。
そして、同時に思考も1000倍に加速する。
私は走り出した勢いの間々ぶつかるように隼人さんを両手で抱え込み、
敵将から遠ざけるべく、東側の柵間際まで走りぬけた。
その際、隼人を拘束していた鎖は手で振り払う事で簡単に千切れていた。
それはそうだろう、高電圧の刃を時速1000knで振るったのと同等なのだったのだから。
そして、私は超加速を一旦解除する。
すると、世界は途端に動き出し、私の走り抜けた後は壮絶な余波が吹き荒れ、落雷のような音が鳴り響いたのだった。
◇◇◇◇◇
俺は気づくと、いつの間にか敵将から離れた東側の柵の近くにいた。
右腕の激痛で、意識は今にも飛びそうだったが、何故か手足の拘束はとかれていたので、
止血しようと、左手を右腕の傷口に当てた時、暖かい光が右手を包み込んだ。
徐々に痛みと出血が止まっていく。
俺は驚き、そこで初めて、自分の傍らに跪き、両手を俺に傷口に翳している、光り輝く少女の姿を確認した。
俺は訳がわからず、光る少女を凝視する。
そして、俺を優しく見返す光る少女が聞きなれた声を発した。
「ハヤトさん、直ぐに痛みは治まります。
右腕の再生は出来ませんが……
でも……『契約』すれば……」
ルナの後半の呟きは隼人には聞き取れなかった。
そして、俺はその声に驚く。
「……ル…ルナなのか?」
「はい」
「で、でもその姿は……」
俺は思わず光り輝く裸体を見つめる。
その視線にルナが身動ぎする。
「ハ…ハヤトさん……。
あんまり見ないでください……恥ずかしいです」
俺は、それを聞いて思わず目を背けた。
「ご、ごめん。
でも体自体が発光してるから細部までは見てないぞ」
などとついつい弁解染みた返事を返してしまった。
「それは、そうかもしれませんが……
少しデリカシーに欠けませんか?」
「ごめん、その通りだ」
俺は素直に謝った。
ルナもちょっと拗ねてみたといった感じでその謝罪に応じてくれる。
「まあ、いいですけどね。
……ハヤトさんになら……」
ちなみに後半の呟きは小声だったので隼人には聞こえていない。
その時、俺が敵将達からの拘束から脱して、東側の柵近くまで逃げている事に気づき、叫んでいた。
「『人工精霊』の覚醒だと?!
動作不良で、『精霊化』出来ないのでなかったのか?!」
俺は、その叫びに訝しんだが、敵将の側に倒れる祖父を確認して、思考を一旦ルナの事情から切り離し、ルナに叫んだ。
「ルナ!じっちゃんが重症なんだ!
俺みたいに助けてくれないか?」
その俺の頼みにルナは悔しそうに俯く。
「すみません。
ハヤトさん……先ほどの『高速化』で、予備の『ナノエナジー』を使ってしまいました。
再度の『高速化』は『アルカナ・ナイト』に戻って補充するか、8時間経たないと使用できないんです……もしくは……」
そうルナは言った後、頭を振ってから言葉を続けた。
「それに、私は、『マスター』の命令が無いと人への危害を加える事が出来ないようになっているんです……」
俺は、自分の不甲斐無さが耐え切れず、左拳を地面に打ち付ける。
「くそ!!俺のせいでじっちゃんが!!
俺は、何時もじっちゃんの足を引っ張ってばかりだ!」
俺がうな垂れていると、ルナが意を決した顔をこちらに向けて話しかけてきた。
「……ハヤトさん……この状況を打破できなくは無いのですが……」
俺はその言葉に食いつく。
「何か手があるのか?!
俺に出来ることならなんでもする!!
だからじっちゃんを助けてくれ!」
「ハヤトさん……私と『契約』してください。
そうすれば、貴方はこの危機を脱する力を得るでしょう……
ですが、それは『人』では無くなる事を意味します……
それでもやりますか?」
「『人』じゃなくなる……
それぐらい構わないさ!
俺の命と引き換えたって良い!
その『契約』を俺にしてくれ!」
ルナは、俺の言葉に頷き、「分かりました」と返した。
「では……これから『契約』を行います。
目を瞑ってください」
「ああ!目を瞑れば良いんだな!」
俺はルナの指示に従い目を瞑った。
そして、ルナは詠唱の言葉を紡ぎだす。
「偉大なる我等アルカナのマイスターよ!
古の契約をここに行う事を我は望まん!
我、『ルーン・ナンバー・セーデキム・セカンド』は、
この者、石動隼人を悠久の時を共にする我が主とする事をここに誓う!
『契約』!!」
そう、言い終わると、ルナは徐に俺に口付けした。
途端に俺の体に電流が走る。
俺は思わず目を見開いたが、景色は真っ白になり、途端に意識を失うのだった。
◇◇◇◇◇
隼人とルナの『契約』を帝国軍兵士達は只見ていたわけでは無かった。
敵将はただちに各人の魔法や物理攻撃を直ぐに指示していたが、
魔法や矢や剣は、通常の魔法による障壁とは違う蜂の巣のような壁によって阻まれていた。
それは、『アルカナ・ナイト』のみが生成できる、『ナノ・エナジー』による障壁だったのだ。
この障壁は下手な物理、魔法攻撃を寄せ付けない強度を持っている。
これを破壊できるのは同じ『ナノ・エナジー』で生成した武器か、強度以上の火力を必要としていていた。
もちろん、今の帝国軍にそれを突破できる火力は無い。
たとえ、『巨人騎士(Giant Knight)』をもってしても……
そして、一通りの帝国軍の攻撃が止み、辺りに立ち込めていた砂埃が治まった時、帝国兵達は強力な力の気配に気が付いた。
攻撃を受けていた、『人工精霊』の姿はこそには無く。
一人の上半身が裸の男が虚ろな目で空を見上げて佇んでいた。
その男は、先ほど右腕を切られた男のようではあったが、
黒髪黒目だった容姿は、白金の髪と目に変わり、
肌の色は浅黒くなり、右腕は再生し、両腕の手の甲には六芒星の魔方陣輝き、ゆっくりと回転し、その魔方陣から伸びるように腕全体に幾何学模様の光る刺青が走っていた。
そして、胸の中心には、『人工精霊』の目印となる半球の球体が嵌り、
球体内には『雷が塔に落ちる図柄』が映し出されていたのだった。
敵将はそれを見て思わず呻きながら口ずさむ。
「……『アルカナ・ナイト・マスター』!」