包囲網
俺は、歯がゆい思いで祖父の戦いを見ていた。
俺にも気がつかないような気配の消し方で、あっと言う間に、敵兵の背後に現れ、一人を瞬く間に無力化させると、いつの間にか残りの黒装束と戦闘に入っていたのだから。
祖父の戦いは見事と言う他無かった。
黒装束は二刀を使った攻撃なのに、祖父は何時も自分との鍛錬と変わらない無手での戦闘だった。
二人は暫く交差させた後、黒装束の渾身の突きを交わし、カウンターで石動流奥義の一つ、
【浮激】が炸裂していた。
俺はその光景に息を飲んだ。
俺との組み手では絶対使用しない本気の【浮激】は確実に黒装束の命を絶ったと確信したからだ。
俺は、祖父は人を助ける事はあっても殺す事があるとは今の今まで考えていなかったのだから……
戦闘が終わり、祖父はゆっくりこちらに歩いてくる。
そして、先ほど倒した帝国兵が持っていた、黒い握りだけの封印球のコントロール装置と思われるものを取り上げると、帝国兵に地魔法で作り出した手枷足枷を嵌め、猿轡をかませてから、俺に向き直った。
そして、おもむろに手に握っていたコントロール装置のスイッチの様なものを押した。
すると、俺を包んでいた黒い半透明の球体が一気に消失した。
俺は突然の消失に対応できず、図らずも尻餅をついてしまい、うめき声と共に文句を言う羽目になる。
「っ……痛ってーー。じっちゃん、魔法道具を解除するなら、するって先に言ってくれよ!
急に解除するから対応出来なかったじゃないか」
祖父は呆れた目を向けて溜息をつく。
「なーに甘ったれた事を言っとるんじゃ。
そんな事だから簡単に敵に捕まったりするんじゃ」
俺はぐうの音も出ないので黙って俯き、強かに打った尻を摩った。
そして俺は思い出したようにさっきの黒装束との戦闘の事を祖父に問いただす。
「……じっちゃん……助けて貰っておいて、言える立場じゃないんだが……
あの黒装束は殺すまでしなくても……じっちゃんなら、無力化できたんじゃないのか?」
その発言に祖父は怪訝な顔で俺を睨むと、言い聞かせるように話を始めた。
「ハヤト……お主、儂を聖人君子か何かと勘違いしとりゃせんか?
儂はそれ程、立派な存在じゃないぞい?
儂や儂の家族に害なそうとする存在にまで慈悲を向けるほど儂は人間できとりゃせん。
それに手加減できるような相手でもなかったのでな。
一歩待ち間違えば、倒れていたのは儂のほうじゃったはずじゃ。
それは実際、対峙にたお主も解っておると思ったおったがのぅ……」
それを言われるとその通りだ。
俺は歯を食いしばって、俯くしかなかった。
そりゃ俺だってわかっていたさ。
殺さなければ殺される程の手練の敵だった事は……
だが、じっちゃんは、俺より数段腕が立つ、俺が叶わない相手であっても最初に倒した兵士のように無力化できたのでは?と期待してしまっていた。
ここで、生かしておけば後々厄介な存在になるのは解るが、俺としてはたとえ敵でもあっても人を殺める事が途轍もない禁忌に感じてしまっているのだ。
今まで、俺は魔獣や魔物は殺してきたが、人を殺めた事がない……
いや、紛争の前線の兵士でもなければ共和国の一般市民はみんなそんなもののはずだ。
だが、今現実として敵に攻め込まれて、命の危機がある状態で敵の命を助けるという、その考えは、甘いといえば甘い……特に自分以外の命が掛かっている状態ならなおさらだ。
じっちゃんの判断は正しい、正しいのだが……俺は心の奥底で納得しかねていた。
俺が黙りこんでいると、じっちゃんは溜息を一つついて肩を竦めた。
「まあ、いいじゃろ。
だが、一つだけ言っておくと、過度の慈悲は身を亡ぼす。
優先順位を間違わないことじゃ……
取り返しがつかない事になる……
『自分の守るべき者』を第一に考えるのじゃぞ。
経験者からの忠告じゃ」
祖父はそう言うと、俺の足元に落ちていた封印球の発動体と思われる、15c㎡ぐらいの魔方陣の書かれたタイルを拾い上げ黒い棒状のコントルール装置と一緒にの自分のポケットしまった。
「じっちゃん、その封印球の魔道具どうするんだ?」
「ん?
何かの役に立つかもしれんから、頂いておこうと思っての。
敵を拘束するのにも使えるし、外部からの攻撃にも耐えられるようじゃからな」
そう言うと、祖父は気絶している敵兵を近くの民家に放りこんだ後、南門方向に歩き出す。
俺は急いで祖父の背中を追い、これからどうするのか聞いた。
「じっちゃん、これからどうするんだ?
村の外の駐屯兵達は襲撃を受けたみたいだし、
恐らく、村全体、包囲されてそうだ。
北門から敵兵も入ってきているようだし……」
「……そうじゃな。
共和国側は完璧に奇襲を許した形じゃろうな……
北門から敵兵団が入ってきているということは、
村の外は既に制圧されているじゃろう。
村の中には女子供や老人しかおらん。
下手に抵抗しないように、村長達には言い含めておいたところじゃ……」
「じっちゃん、俺達も投降した方が良いのか?」
「……お主はどう思う?」
俺は問い返されて考えを廻らせる。
今の状態ではこちらに勝ち目は無い。
降伏するか、隠れるか、逃げるか……
俺は、そこで祖父に確認する。
「じっちゃん、ルナは無事なのか?」
「ああ、無事じゃ。
見つからないように隠れて貰っておる」
俺はそれを聞き、安堵すると決断した。
「じっちゃん、逃げよう!
帝国はルナを狙ってる。
多分、『巨人騎士(Giant Knight)』とルナは関係があるんだと思うんだ。
ここ数日、ルナと一緒に暮らしてみてわかったけど、
あの子は悪い子じゃない!
俺はあの娘を助けたい!
じっちゃん、力を貸してくれ!」
祖父は振り返り、俺を見つめ……そして『ニカッ』と笑う。
「当たり前じゃ。
儂もあの娘はすでに家族と思っておる。
ルナと合流して、この村から脱出じゃ。
ハヤト、急ぐぞ!」
祖父はそう言うと音を立てないように走り出す。
俺も慌てて追随しながら了解の返事をした。
「ああ!了解だ!」
◇◇◇◇◇
俺は祖父に先導されて、ルナの隠れている民家まで来ていた。
民家に入ると人の気配がしない……
俺は訝しんだが、祖父は迷い無く、窓際の石畳に近づき、声を掛ける。
「ルナ、儂じゃ。
ハヤトも無事じゃぞ」
祖父がそう声を掛けると、石畳が円形にせり上がり、ルナが顔を見せた。
俺達を確認すると嬉しそうに微笑む
「先生!ハヤトさん!
無事だったんですね!」
そう言うと、石の蓋を跳ね除けて、駆け出し、俺の手を両手で掴む。
俺は若干、テレて、そっぽを向いて、応えた。
「……ああ、何とかな……、大口叩いて飛び出したのに、心配かけてすまなかった」
「いいえ、お二人ともご無事で安心しました」
そんな、会話をしていると、祖父が不意に、俺達に人差し指を口の前を立てて、
静かにするようジェスチャーをしながら、窓から南門を鋭く睨んだ。
俺達は、お互い頷き、口を閉ざすと、祖父にならって南門を見つめる。
そすと、南の街道から僅かに地響きがするのが聞こえて来た。
俺は、目に魔力を集中し、視力を強化し、南の街道を見つめる……
……恐らく、2,3km先ほどだろう、黒いずんぐりした人形の物体がこちらに近づいてくるのが見えた。
俺は思わず生唾を飲む。
明らかに周りの木々から考えて縮尺が可笑しい、木々と変わらぬ背丈。
帝国軍の『巨人騎士(Giant Knight)』だ。
南の街道から北上してくるという事は、砦のあるチツバ街までの街道を封鎖されたということだ。
敵軍の主力が北門からここに詰めてきているという事は、ほとんど脱出するのが不可能に近い事を指していた。
更に南門前の広場に大きな影が差す、見上げると、帝国の輸送用飛空艇が広場の真上を覆っていた。
帝国の飛空艇は船形をしていて、船底は平らで地平にも着陸できる構造のようだった。
そして、船の四箇所、前舷に二門、後舷に二門の計四門の魔砲が飛び出した形で設置されており、その砲門は真下の広場に向けられていた。
因みに魔砲とは、大型魔石に魔力を溜め込んで放つ事のできる魔法兵器だ。
俺の使っているガンソードの大型版といったところだろうか。
一発何時度に大型魔石の交換が必要だが、その威力は、10人の魔道師が同時に放つ魔法に匹敵する。
主に火属性魔法の【バーニング・フレイム】……ファイアーボールの100倍の威力はある広域殲滅魔法が込められている場合が多いと聞いたことがあった。
これで、広場にいる村人達はもう動く事も出来ないだろう。
魔砲から一発でも【バーニング・フレイム】が放たれたら、広場は火の海だ。
俺はその状況を奥歯を噛締めて睨みつける。
その俺の様子を心配そうにルナが見つけていた。
すると、今にも飛び出しそうな俺の肩を祖父が掴む。
「ハヤト、くれぐれも早まった行動は取るなよ?!
やつらも無抵抗な村人を見闇には殺すまい」
「……でもじっちゃん!」
「飛空艇はおろか、わし等には『巨人騎士(Giant Knight)』も倒す事はできん!
ここは隠れてやり過ごすのじゃ!良いな!」
祖父は俺にそういうと、ルナが隠れていた穴の横に新たな穴を地魔法で作って、俺にも同じ物を作るように促した。
「ほれ!お主もぼさっとしとなんと、隠れる場所を作るんじゃ。
穴を作ったら蓋をする事を忘れるなよ?
穴に入ったら三つの穴をつなげるのじゃ。
その後、脱出用のトンネルを作るぞ。
時間が惜しいモタモタするんじゃないぞ」
そういうと、祖父は自分の作った穴に入った。
心配そうにルナが俺をみていたので、俺は気分を変えルナに笑いかける。
「ルナ、心配させてすまなかった。
じっちゃんの言うとおりだ。
村の皆も抵抗しなければ、殺されたりしないだろう……
俺達は既に帝国兵と戦ってしまっているし、ここに居たら火種になりかねない。
三人で先ずは安全な所まで逃げよう」
「はい……私では何もお役に立てそうにないので、ハヤトさんと先生に従います」
俺はその返事に頷き、足元に穴を地魔法で作り始め、ルナは隠れていた穴に再び戻った。
俺は村の皆の無事を祈りながら、穴を掘り、そして繋げた後、じっちゃんと話し合い。
村の北東に向けて穴を掘る事を決めたのだが、不意にじっちゃんが、怪訝な顔をして北の方を覗う。
「……まずいのぅ……
帝国軍の戦闘が完全に終結したようじゃ……
索敵の魔法をかけながら、こちらの南門前広場に近づいてきよる。
下手に魔法を使うと発見されてしまうのぅ。
ハヤト、一旦、魔法で穴を掘って脱出するのは中止じゃ。
気配を消して様子をみるのじゃ」
祖父はそういうと気配を消し、指先に灯していた明かりの魔法も消した。
穴の中は真っ暗になり、ルナが不安なのか、俺の袖を掴む。
俺は、祖父に習い気配を消し、外の様子を覗うのだった。
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