違う世界?
謎謎が泣いてしまい、それを切欠にありすがフーリを冷やかすことで武器を出しての乱闘へ発展しそうになるが、コイルの仲裁により何とか落ち着いた一同。
落ち着いたことで、今は5人が池の畔で車座になり、今後どうするかを話し合うことになった。
謎謎の隣にはコイルが座りあやしながらの話し合いだ。
「無くなったモンは仕方ねぇ。
今は箱の事は置いておく。
これからどうすか決めるぞ」
フーリが口火を切ると2人は頷き、1人はニヤニヤと、そしてもう1人はしゃくり上げながらも小さく頷く。
ニヤニヤと嫌らしい笑みを顔に張り付けたありすにフーリの顔がひくつくが今は無視した。
「まずは、俺の話を聞いてくれ。
あくまでも俺の考えだが…、
さっきの戦闘で感じたんだが、ここはゲームじゃない気がする」
4人の顔を見回して少し息を吸うと、フーリはさらに話を進めた。
「さっきの戦闘…多分、ゴブリンだったんだろうが、死体が残るのはおかしい。
そして、スキル使用で起こる筈の行動制限が無くなっているのも変だ。
お前らも感じてるとは思うが、触覚と嗅覚がまるで現実世界の生身と変わらない…。
いくら仮想現実が精巧に造られていたとしても、それはあくまで"造り物"。システム上のデータでしかない。
だが、さっきの戦闘で俺はこう感じた。
"これはゲームじゃない"ってな」
「…じゃあ、フーリは"ここ"が何だと思うの?」
泣いた事で声が掠れてしまった謎謎は視線を地面に向けてまま聞いた。
フーリはそんな謎謎を一瞥すると、自嘲するかのように口許を少し吊り上げて笑う。
「自分で言うのも変で、わらっちまうが…。
"ここ"はゲームでも、俺らが生きる現実世界でもねぇ。
まったく違う世界なんじゃねぇか?」
フーリはそう言うと4人の反応を見る。
リグリットは冷静ではあるが顔は険しくなっている。だがその表情はフーリを疑っている訳ではなく、なんとなく理解は出来るが納得出来ないといった表情だ。
コイルは心配そうに謎謎の肩へ手を置いているが、その顔は少し悪い。
聞いてきた謎謎は膝を抱えてしまい、体育座りになると顔を隠してしまった。
3人の反応は何となく想像出来ていたフーリは、そんな3人から目を離すと、隣に座るありすを見る。
ありすはフーリの顔を正面から見ているが、その顔は悪戯を思い付いた、もしくは罠に掛かる獲物を見て愉しむ顔。要するに、ろくでもない者がする笑顔だ。
「それで?ケンちゃんは"ここ"が、ゲームでも現実世界でもない世界だとして、どうするの?」
「帰る」
ありすの質問に短く、それでいてハッキリした声で応えるとフーリはさらに続ける。
「"ここ"がどんな世界だとしても、俺らが生きる世界じゃねぇなら帰る」
「ふ~ん…、帰る方法が無かったら?」
「帰り方は何かわかんねぇし、帰る方法があるかもわかんねぇ。
だが、今は帰る事を考えて行動する」
ありすはフーリの目を真っ直ぐ見ると、何かを満足したのか、いつもの無邪気な笑顔に戻る。
「そっかぁ~、じゃあ私もそれでいいよ~」
ありすは自分が楽しむ、興味を引く事以外は別に気にしない。
そんな少女だった。
彼女と付き合いが永いフーリは、真面目な顔で一つ頷く。
「俺からは以上だ。
他に気が付いた事があるなら、今この場で言ってくれ」
話を終えたフーリは他のメンバーにも意見を求めると、それぞれが感じた事、そしてフーリが話したゲームでも現実世界でもない世界について話が進んでいく。
しかし、謎謎だけが4人の話に参加しないまま座っていた。
あらかた話を進めて解った事がある。
それは、この世界ではゲーム内でのアバターが受肉されており、ゲームで使用できるシステムが一部を除き、使うことが出来ること。
使用出来ないシステムが、HP・SPの視覚化、GM・フレンドへのコール、ステータスの閲覧、そしてログアウト機能の喪失だった。
ログアウト機能に関してはボタンその物が無くなっており、ステータス画面は文字化けを起こしているので読むことが出来ない。
GM・フレンドへのコールは、この世界に居る5人とは通話が可能だが、GMとフレンドリストに登録された他のプレイヤーへは通話が不可能だった。
フーリは今確認した事で、これからについて考える。
ゲームのシステムが一部使うことが出来ないと言っても、大半の機能をゲームと同じ様に使えた事に安心した。
特にスキルとインベントリ機能が使えた事は大きい。
スキルに関しては今後の行動に大きな助けとなる。さっきのゴブリンみたいに戦闘になった場合は、敵を撃破、もしくは逃走する時に助けとなる。
自分の身を守る事が出来る。
そして、インベントリは全てのアイテムを確認した訳ではないが使用、取り出す事が出来た。
効果についてはゲーム内と同じ効果が有るかは不明だが、先程のありすを見る限りでは効果を期待出来る。
GAUZSでは、今まで収集したアイテム・装備品を制限無く持ち歩く事が出来る。
だから、5人のインベントリにはこれまで集めたアイテム・装備が蓄えられており、これら全てが使えるのだとすれば物資についても心配する必要が無い。
そこまで考えたフーリは地面に置いてある青い液体が入った瓶を掴むと口に運ぶ。
そしてそのまま瓶の縁へ口を付けると、青い液体を口の中へ流し込む。
シュワシュワとした口当たりの液体を飲み干すと、フーリは込み上げるて来るものを吐き出さない様に我慢する。
彼が今飲んでいる物は、GAUZS内で登場する『ブルースライム』からドロップした名前もそのまま『青い液体』である。
ゲーム内では使用する事のない、所謂ごみアイテムの『青い液体』が、この世界ではソーダとして飲むことが出来る。
初心者時代にブルースライムを乱獲していたフーリのインベントリ内に約5年間眠っていた事を考えると、有難いが微妙な気分になる。
どうやらインベントリ内では時間の流れも関係が無い事を確認したフーリは青い液体から目を離す。
「まぁ、いま確認が出来る事はこれだけかね?
他は何かあるか?」
5人の前にはそれぞれのインベントリから取り出したアイテムが幾つも無造作に並べられており、食べること、飲むことが出来るアイテムが中心で、皆美味しく頂いていた。
「そうだね…。後はスキルの確認だけど、使うと色々不味い事になるスキルもあるし追々確認していこうか」
フーリが飲んだ青い液体とは違う、虹色に変化する液体が入った瓶を持ってコイルが応える。
「……いや、戦闘になった場合を考えてスキルの確認は今しておくべきだろう。
……いざ戦闘になって使えないとなれば危険だ」
リグリットはコイルとは逆にスキルの確認をしておくことを勧める。
言っている事は真面目で、頷く事が出来るが…。
リグリットの両手には一つずつ、自身の顔よりも大きな骨付き肉を持ち、話している途中にも肉へかぶり付いていた。
「そうだな、俺もリグリットに賛成だが、攻撃系の上級スキルは今は止めておこう。
初級と中級、そして補助と生産系の上級スキルだけにしておこう」
2人の話を聞き入れ、妥協案をフーリが出すと2人も頷き賛成する。
どんどんこれからの事について話を進めていき、今後の方針が決まる。
しかし、真面目な3人の空気を読まない人間が1人いた。
その人物は今までインベントリから取り出した、食べる事が出来るアイテムを頬一杯に頬張っていたが、3人のスキルについての話を聞くと。
急いで口の中の物を呑み込み、勢いよく立ち上がる。
勿論、そんな行動を取れば目立つので、3人は立ち上がった人物。
ありすへ視線を向ける。
フーリは嫌な予感がしたが止めずにありすを怪訝そうに見る。
ありすはニコニコと左手を上から下に切る操作をしてメニュー画面を呼び出すと2つのアイテムを取り出し、片手に1つずつ持つ。
その時点でありすが何のアイテムを取り出し、そしてこの後、何をするのか察した3人は一斉に顔を青くする。
「うふふ~♪
実は早く喚びたくてウズウズしてたんだぁ~♪
こっちの世界に来てどうなったか気になるし、私的にはもの凄く重要だからねぇ~♪」
明るく言いはなったありすはさらに笑みを濃くすると、両手を下げる。
そこには白と黒のクリスタル。
そのクリスタルを見た瞬間、フーリが叫ぶ。
「まっ!待て、ありす!!こ「さぁ~、出ておいで!『私のペット達』!!」
フーリの制止も間に合わず、ありすは白と黒のクリスタルを上に放り投げるとスキルの発動キーを叫ぶ。
すると、白と黒のクリスタルは5人の頭上で爆発。
それぞれが白と黒の煙を撒き散らし、5人の周囲を被いつくす。
ありすが使ったスキルは『獣の主』と呼ばれるスキルで、このスキルはゲーム内に登場するモブ、モンスターを捕獲、調教に必要な初級スキルだ。
そう"初級スキル"、本来であれば初級スキルである『獣の主』で捕獲、調教が出来るのは下位の獣系モンスターのみであり、このスキルを取得するプレイヤーは捕獲、調教した下位モンスターを攻撃の手数を増やすため、または敵からの攻撃を防ぐ肉壁として使う。
捕獲、調教が出来る個体数はプレイヤーのレベルに依存されるのが普通だが、一定数を一度に使役は出来ない、まさに初心者テイマーといったスキルだ。
使役できるモンスターもあくまでも下位のみなので中位、上位のモンスターには歯が立たない。
しかし、この初級スキルである『獣の主』でも上位モンスターを使役する方法がある。
それは、下位のモンスターを育てランクアップさせる事で中位、上位のモンスターを使役するという方法だ。
簡単に聞こえるが、これが難しい。
何せ下位のモンスターを育てるには膨大な経験値が必要となる。その為、テイマー達は中位モンスターを倒して経験値を稼ごうとする。しかし、所詮は下位モンスター、中位モンスターの
攻撃を数回当たればすぐに死んでしまう。しかも死んだモンスターは生き返る事がなく完全にロストする。
そうなるとまた一からモンスターを捕獲、調教して経験値を貯める必要がある。
結局のところ、割に合わないのだ。
何べんも使役したモンスターが死に、そしてまた一からやり直しでは何時まで経ってもモンスターもプレイヤーも成長しない。
始めこそテイマーに憧れるプレイヤーは多くいたが、1年もしないうちにテイマーを目指すプレイヤーはほとんど居なくなった。
しかし、一部のプレイヤーはモンスターを育てる事に成功し、中位または上位のモンスターへランクアップさせ使役したのだ。
そんなプレイヤーの中に、ありすは入っている。
しかも!彼女の使役しているモンスターは5体、その全てが上位以上のモンスターである。
そして今回使用した白と黒のクリスタルには、ありすお気に入りの上位モンスターが入っていた。
それを今、この場所へ呼び出したのだ。
上位モンスターはどれの協力な物ばかりで、下手なフィールドボスよりも厄介な存在だ。
それが2体ともなれば、今のこの状況で呼び出すのは自殺行為に等しい。
フーリは盛大に舌打ちをすると、両手に手甲を出現させる。
「リグリット!コイル!謎謎!
油断するなよ!!
いつでも攻撃出来るようにしておけ!!」
返事は無かったがそれぞれが動いた事を確認したフーリは煙が晴れるのを待つ。
だんだんと白と黒の煙が晴れていき、視界が戻ると、フーリの前には白と黒の巨体が姿を現した。
白の巨体は全身を白と黒の斑模様の毛に覆われ長く細い尻尾がユラユラ揺れている。猫科を思わせるしなやかな体付きに、顔には金の瞳と太く鋭い牙が口から覗いている。
見た目は現実世界にも存在したホワイトタイガーだが、大きさが現実にはあり得ない10メートル近くあり、まるで大型トラックの様だ。
黒の巨体が、その長い首を動かし頭を持ち上げる。体は黒いがキラキラと光る鱗に覆われており、光の加減で七色に輝く。
背にはコウモリを思わせる皮膜の翼が一対存在し、巨体の影からは長い尻尾が見えるがこれにも鱗がキラキラと光っている。
四足でゆっくりと状態を起こした、さらに高い位置には黒く立派な角とシャープな面顔に口には大小の牙がノコギノ刃のように並んでいるのが見える。
ファンタジー定番の黒いドラゴンは、まるで自身が最強を疑わないかの様に雄大に、ゆっくりと首を巡らしフーリ達を見渡す。
黒いドラゴンは白い虎よりも大きく20メートル以上あり、狭い池の麓をさらに圧迫する。
フーリはこのドラゴンと虎をゲーム内で何度も見て来たが、今感じる2体の圧力に自然と喉を鳴らす。
緊張で握った拳に汗が出ていることを感じながらも、フーリは後ろに下がる体を無理矢理押し留めて構える。
そんなフーリの姿を一部始終見ていた2体は、フーリが踏み留まって、強い視線を向けた事に一瞬笑った気がした。
その態度にカチンときたフーリは一度鼻から息を吸うと視線を2体から離さないまま言った。
「トカゲに猫が偉そうに…。人間様をナメんなよ!!」
これが今のフーリに言える精一杯の強がりだった。
今ここで、この2体に襲われたら…。
そんな事を考えているのをおくびにも出さず、フーリは2体を睨み続ける。
一瞬が一生に感じられる、そんな緊張の中。
フーリは視界の端に映ったピンク色を見つけ、ドラゴンと虎の2体から視線を動かすと、そこには2体の足元で腕を拡げたありすが飛び込んできた。
「バカ!ありす!!
何やってんだ!?こっちに来い!!」
「だ~いじょぶ、だ~いじょぶ」
フーリはありすに怒鳴るが、ありすはフーリに背を向けたまま軽い調子で手をヒラヒラと振って返す。
「クロチン、シロチン。
一日ぶり!!
元気してたぁ~?」
そしてそのまま、まるで親しい友人に挨拶をするように、軽い挨拶を2体に送る。
それを聞いた2体は視線をフーリから外すと自分達の足元へ向ける。
2体の視線がありすを捉える。すると…。
『主殿、ご機嫌麗しゅうございます』
黒のドラゴンから落ち着いた女の声は聞こえ、白い虎はありすの前で屈むと大きな顔を近付け、これまた大きな舌で、ありすを舐め上げる。
声が聞こえた瞬間、4人の時間が止まり、たっぷりと数十秒時間が経ってから…。
「「「「しゃべった!?」」」」
4人が同じ反応をして驚き、そんな反応に驚いた黒いドラゴン『クロ』は巨体をビクリ!と震わせ、白い虎『シロ』は前足と舌を使ってありすにじゃれつき、ありすはそんなシロとのじゃれあいが楽しいのかキャラキャラと笑っていた。
池の畔で4人と1体が無言で向かい合い、1人と1体の楽しそうな声が響くのだった。