死闘?
『グギィ!!』
一匹のゴブリン(仮)が錆びた片手剣を上段から降り下ろしてくる、フーリはその動きをしっかりと目で捉えたまま、体を捻り避ける。
ほんの数センチの場所を錆びた片手剣が通り過ぎた瞬間、膝を少し落として溜めを作る。
スキルを使った事で鋭敏に成った感覚が死角からの攻撃を告げる。
フーリは横凪ぎに迫る鉈を軽く飛ぶことで避けると両足を地面と平行に開き、旋回させる。
パパン!!
という軽い音がすると上半身を無くしたゴブリン(仮)が倒れる。
フーリは着地した瞬間地面に四足姿勢で張り付くと頭上を二本の矢が飛んでいく。
そのままの姿勢で弓矢を放ったゴブリン(仮)の元へ飛び掛かる、数メートル離れた距離が一瞬で無くなり、足を払うとそのままの勢いで体をひねり、転んだゴブリン(仮)へ踵をお見舞いする。
「次!!」
フーリは一番近くにいたゴブリン(仮)にまた飛び掛かると、武器と一緒にゴブリン(仮)を殴る。
すると、武器は折れゴブリン(仮)の体の真ん中に大きな穴が空く。
今のゴブリン(仮)で7匹目。
フーリが叫び、ゴブリン(仮)に殴り掛かって一分も掛かっていない。
そんな短い時間で7匹のゴブリン(仮)を倒したフーリは8匹目に襲いかかる。
開戦当初にフーリは二つのスキルを使った。
一つは『奮迅』というスキルで一定のステータス上昇と体力の微回復。
二つ目は『第六感』というスキルで、スキルの使用者半径3メートルで360度全ての攻撃に対して見切る事が可能になる。
メリットが大きいスキルではあるが、デメリットも大きいスキルでもある。
GAUZSの中でスキルの発動にはSP、スタミナが必要となる。そしてこのSPはスキルだけでなく、プレイヤーの行動に対して減少していく。
例えば全力で走った場合にSPは走り続ける間、ドンドン減って行く。
また敵の攻撃を防ぐなどでも減少する。
そしてSPが無くなると強制的に動きが止めら、SPが自然回復するのを待つ必要がある。
今、フーリが使っているスキル『奮迅』、『第六感』は持続スキルと呼ばれ、全力で走っている時のようにSPを常に消費するスキルである。
フーリはこのスキル二つを同時に使う事で自身のSPがドンドン減っていく状態で、いかに古参で上位のプレイヤーであるフーリでも、このスキル二つを同時に使うとSPが切れるまでの時間は5分ほど、そうなれば強制的硬直し、敵の的となる。
なので、短期決戦を狙い、如何に素早く敵を葬るか考え行動していた。
しかし、とフーリは冷静な部分で考えるな。
今も初級スキルである『空撃』を使ったのだが、SPが減少した感覚がしない。
むしろこの感覚はスキルを最初に使った時から感じており、何時もならSPの残量が少なくなると徐々に体が重く感じるのだが、それが全くしない。
冷静な頭の一部ではそんなことを考えながら、9匹目、10匹目のゴブリン(仮)の頭を蹴り飛ばす。
既に半数を失ったゴブリン(仮)達は動揺しているのか、後退し始める。
それを見たフーリは今ある考えを振り払い、残りのゴブリン(仮)へ飛び掛かるのだった。
結局、最初こそ異常な体験で混乱していたが、蓋を開けてみればフーリが13、コイルが5、リグリットが2、という結果でゴブリン(仮)を全滅させる事が出来た。
フーリは取り残しが無いか確認をしながら、周囲に散らばるゴブリン(仮)の死体を見る。
自分が倒した死体は体の一部が無くなっているモノが多くあり、酷い有り様だ。
戦っている間は、意識しないでいたが、戦闘が終わってしまうと凄惨な現場に顔をしかめてしまう。
フーリは体に付いたゴブリン(仮)の血や臭いに嫌な顔をしながら、仲間へ目を向けると。
リグリットは片手剣と自分の身長ほどある白金の盾を片手で持ち、片手剣に付いた血糊を無表情に払っている。
コイルはつがえた弓矢を外し、青い顔に肩で息をしながらも周囲を警戒している。
二人とも目で見える怪我はしていないようで、フーリは一人安慮の息を吐き出すと、苦笑しながらなるだけ明るい声で二人に声を掛ける。
「はぁ~。
まぁ、何とかなったし、ここはグロいからちょっと離れないか?」
二人はフーリの声に顔を上げると、リグリットは無表情に頷き、コイルは苦笑しながら「賛成」と応える。
三人が一緒に謎謎とありすがいる、広場の端へ向かうとありすは目が覚めたのかキラキラとした表情で俺達を見て、地面にヘタリ込んでいる謎謎は焦燥し、手元には栄養ドリンクのような物が数本転がっている。
そのうちの数本は空いているのを確認したフーリは眉を寄せて謎謎へ問い掛けた。
「おい、怪我をしたのか?」
フーリの声に謎謎は疲れきった顔をして「ふへへへ…」と力なく笑うと、今もキラキラした表情のありすを指差す。
「つねっても、叩いても起きないから、『目覚ましEX』と『気付け薬EX』に『元気もりもり君』を無理矢理飲ませたらあんなことに…」
「うわぁ…」
謎謎はいくら起こしても起きないありすを起こす為に自前の特製ポーションを飲ませたらしい。
それを聞いたコイルがひきつった顔で声を洩らし、フーリは自分が思ったことと違ったので力を抜く。
「ねえ!ねえ!ねえ!これは何かな!?何かな!?
何だかケンちゃんはドビューンってしてたし!!
リッちゃんはズバァーンってカッコ良かったし!!
コイルんはビシューンって唸ってたし!!
私も参加したい!」
4人はありすのハイテンションぶりに顔を見合わせてから、全員が一緒に溜息を吐いた。
ありすの暴走を鎮圧(物理的に)したフーリは3人に今いる惨殺現場から離れる事を提案すると、他の3人もこの場所には居たくないのか、すんなり移動を受け入れた。
そしてフーリがありすを担ぎ、先頭はコイルが勤めその後ろにフーリandありす、謎謎が続き、最後尾をリグリットが勤め、いつもフィールドやダンジョンを探索する際にするフォーメーションになると、森の中を進んで行く。
ゆっくりと周囲に注意しながら進む5人は自然と口数は少なくなってしまい、聞こえてくるのはありすの呻き声のみ。
先頭を歩くコイルはしきりに森の先を確認して、足元に注意を払う仕草を見せる。彼は探索に必要となるスキルをいくつか持っていることから何時もパーティの先頭を歩く事が多く、スカウトとしての役目を果たしていた。
他の4人も一応は探索専門のスキルを持ってはいたが、コイルの専門武器が弓という事もあってこの配置になったとも言える。
そして5人はコイルが先導するなか、森の切れ目が見える場所に辿り着く事が出来た。
「フーリ、僕が先を見て来るから、そこで待っていてくれないかい?」
森の切れ目が数百メートル先に見える場所でコイルは、そう提案してきた。
フーリはここで単独行動をするコイルに行かせてもいいか悩んで、少し考える。
すると、そんなフーリの心の中が分かったのか、幾分顔色が良くなったコイルは苦笑すると仲間が自分の事を案じてくれる事に嬉しさを感じながら言った。
「大丈夫だよ。
隠蔽系のスキルを最大にして行くから、もしも何かあった場合には逃げて来るからさ」
コイルに笑顔でそう言われたフーリは少し考えて真面目な顔になるとコイルの目を見る。
「…わかった。何かあった時は直ぐに逃げて来いよ」
「うん、ちょっと見て来るよ」
軽く返事をしたコイルは隠蔽系のスキルは発動したのか、存在自体が希薄になると、そのまま風のように音も無く森の切れ目に向かって走って行った。
数分後、コイルが戻って来るまで大きな木の下で待っていた4人はそれぞれ、座ったり、立ったりしてコイルが戻るまでの短い休憩を取る事が出来た。
そして、コイルが何事も無く戻ってくると、森の先は開けた場所で湖とは言えないが、小さい規模の池が存在しており周りには見た限りで危険はないとのことだった。
「池自体に危険はないのか?」
「池の中、までは僕にも確認が出来ないからね。
絶対とは言えないけど、見た感じでは危険はないと思うよ」
フーリはコイルの報告から池に何か生物が住んでいる事の危険性を考えたが、コイルが言うように池の中までは確認を行う術が自分たちにはない。
確認をするとなったら池の中に入ることになるので結局の所、確認自体が危険な行為である事が理解出来る。
「そうか…。そうだな。
ここに何時までも居るのも理由は無いし、服にこびり付いた汚れも落としたい…。
行くか」
「だね。僕もいい加減喉が渇いてたから助かるよ」
「お前らも、それでいいか?」
フーリとコイルは池に向かう事を決め、休んでいる3人にも確認をするとありす以外の2人は賛同した。
ありすはフーリによって鎮圧(物理的に)されてから、意識はハッキリとしたがポーションの飲み過ぎで胸やけを起こし「ヴェ…」と言っている。きっと大丈夫だ。
5人(ありすはまたフーリに担がれて)がその池に到着した時には太陽が中天を過ぎており、昼をだいぶ過ぎたぐらいではあったが、池の周辺は水があるからか涼しい風が吹いており、先ほどまでゴブリン(仮)と戦っていた4人にとっては気持ちの良い空気だった。
水辺の近くに到着した5人はそれぞれが池へ近づき水を掬い臭いを嗅いだり、口に少し含んだりとしていた。
水自体には危険性がないと思ったフーリはそのまま手甲をジャブジャブと水で洗うと、他の4人もそれぞれが汚れを落としたり水を飲んだりしている。(ありすは顔を水に浸けてがぶがぶと飲んでいるが…)
喉の渇きも落ち着ついたことで、全員に考えをまとめる余裕が出来た所で、フーリは全員に問いかけた。
「なぁ、誰かこのフォールドを知っている奴はいるか?」
自分が知らないのに、何時も行動を一緒にしていた仲間が知っているとは思えなかったが、一応聞いてみる。
「僕は知らないね」
「…私も知らん」
「う、うちも知らない」
「知らな~~~い」
みんな森について知っている者はいないようだ。
これはただの確認であり、別に驚くことはない。ただ次の質問は全員にとって、フーリにとっても受け入れがたく自信を持つ事が出来ないモノだ。
「…じゃあ、ここは何だ?
そもそも、GAUZSなのか?」
その質問に全員が黙る。先ほど戦闘を行ったメンバーは特にこの質問に対して深い疑問を持っていた。
それはスキル発動に必要なSPの制限が無くなっていること、そしてゴブリン(仮)との戦闘で起こったグロテクスな事件。
GAUZSでは全ての敵に対して部位破壊などを行う事が出来るが、破壊された部位はポリゴンの粒子となりその場で消えてしまう。
もちろん血の描写などもない。攻撃を与えた時に感じる感触も制限されており、サンドバックを殴ったような感触がするだけで、肉を殴る斬るの感触はしないのが普通だ。
仮想現実世界で問題となるのが、どこまで"リアルに出来るのか?"というのがある。これは仮想現実で起こる事象をより現実に近づけること、人間の感覚という膨大な情報を処理する事が必要となる。
今現在の技術は確かに進歩しており、数年前に出来なかった事が仮想現実では実現出来るようにはなって来た。
それでも実現が不可能な物がある。それは臭いと触覚だ。
今の技術でもこの二つの感覚を忠実に再現する事が出来る物はなく、今も際限の為の日夜研究が行われている課題でもある。
4人が暗い顔をしているのをキョロキョロと見ていたのはありすだった。
「え~と…、私もいくつか疑問に思う事があるんだけど、
確実に言える事があるね!!」
そう言って無い胸を張って腰に手を当てて「フンス!」と鼻息を吐くありす。
そんな一応このパーティのリーダーであるありす。廻りのプレイヤーもよく間違うことなのだが、フーリがパーティのリーダーと思っている者が多くいる。
実際に戦闘などの指揮はフーリが担当する事が殆どなので仕方がないと言えば仕方がないのだが…。
「なんだよ?確実な事って」
フーリは自分の幼馴染に少し嫌な予感がしてはいたが、一応聞いてみる事にした。
「フフン!
ここがどこで、何が起こったのかは分からないけど、確実に言えるのは、あのアイテムが原因だね!
だから、あのアイテムをもう一度使えば元に戻れるじゃない!」
その言葉に全員がハッとする、確かにここに来る原因となったのはあの箱だ。直ぐにゴブリン(仮)との戦闘で忘れていたが、ありすが言うように箱をもう一度使えば元の場所に戻る事が出来るのではないか?
そう思った4人の目が一人に向かう…。
4人の目線の先、謎謎は青い顔をしておろおろしている。
「謎謎?あの箱は持っているか?」
そう聞いたフーリの顔を見ると謎謎は一瞬だけ何か言おうとして、下を向いて黙ってしまった。
「おい、謎謎?どうしたんだよ」
「……い…」
「何?」
謎謎の声が小さくで聞き取る事が出来なかったフーリはもう一度聞き返すと、下を向いていた顔を勢いよく上げた謎謎の顔には涙が流れて、口がワナワナと震えながらも大きな声で答える。
「無いの!!無くなってんのよ!!!…うっ…うわぁ~~~~ん!!!」
そう叫ぶと謎謎は号泣してしまった。
さすがにこの事態にはフーリもうろたえてしまった。箱が無いことはとりあえず置いておき、謎謎を泣き止ませる為に宥めに掛かる。
「いや、おい…、怒ってないから泣くなよ、な?ちょ…
うぅ~~…、おい!!ありす!!どうにかしろ!?」
「え~~~、ケンちゃんがメイちゃん泣かせたんだから、ケンちゃんがちゃんと謝ろうよ」
対応に耐えかねたフーリがありすに助けを求めるが、ありすはそんなフーリを見ながらニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて他人ごとだった。
嫌な予感的中である。
「…」
ありすとフーリが言い争いを始め、謎謎は今も二人の間で泣き叫んでいる。そんな3人を見ながら苦笑を浮かべるのはコイル。
そしてリグレットはというと。
「(腹が減った…)」
あまり深刻に考えてはいなかった。