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働かざる者、食うべからず

内乱が起こってしまうかもしれなかったフォーゲルハイツ王国では、貴族達にとって重大事件であり、国王も毒に犯され倒れるといった一連のランカスタ侯爵が起こした事件は、一般の国民からしてみれば関係のないことだった。


王都に暮らす市民達も噂として事件の事を知ってはいたが、所詮は噂であり、信じている者は少ない。

王都では何時も通りの生活が続いていた。


そんな中でフォーゲルハイツ王国の王城正門前広場には多くの市民達が集まり、今か今かと主役の登場を待っていた。


王城の中でも高い位置に存在するテラスへ豪華な朝衣を纏い、頭には金の王冠を被るフォーゲルハイツ王国国王、ベルトラン=フォーゲルハイツは1人の女性の手を取り民衆の前に姿を現した。

厳かな雰囲気を持ったベルトランとは違い、華やかと言えるその女性は純白のドレスを身に纏い、金色の髪は一つに纏められ頭の上で結われている。そして銀のティアラが彼女の頭上ではキラキラと陽の光を浴びて輝いていた。


その女性、ルチアナ=フォーゲルハイツは先日、正式に立太子する事となり、今日は自国の民にその事を報告する場に立っていた。


国王であり父親のベルトランに手を引かれた彼女はテラスの淵に辿りつくと、城門前広場に集まった観衆から溢れんばかりの歓声が上がる。


ルチアナはベルトランの手を握ったまま、笑顔でその歓声に応えるため手を振るのだった。




「ルチアナちゃんキレイだね!…遠いけど」


「そうだな、姫さんも立太子出来たし少しは落ち着く事が出来るだろ」


「そうだね!ルチアナちゃんもきっと笑顔だよ!…遠いけど」


頭に白い猫を乗せた黒髪の男が城門前の広場から少し離れた場所で、観衆の歓声をバックに黒い羽の生えたトカゲを抱える少女のピンク頭をガシッと掴む。


「うるせぇ!!さっきからブチブチブチブチと…、ピンク頭かち割るぞ!!」


そう言った男、フーリは文句タラタラのありすの頭を掴み徐々に力を強めていくが、彼女は痛くないのか、今も「遠いけど」と文句を呟いていた。

2人の周囲には3人の仲間もおり、遠く離れた場所からルチアナの晴れ姿を見ていた。


何故彼らがこんな遠くの場所から彼女の晴れ姿を見る事になったのか。それはルチアナの護衛が必要で無くなったことで、彼らの居場所が城内に無くなった事が理由だが、ルチアナ本人は城内での5人と2匹の滞在を希望していた。

しかし、フーリが城内から出て王都の下町で暮らすことを提案して、ありす以外の3人もその意見に賛成したのだった。




ランカスタ侯爵が起こした事件は、議事会室での一件で侯爵本人の捕縛だけでは終わらなかった。彼の派閥に参加していた貴族にも後ろ暗い者が大勢おり、それらの貴族を割り出すことに相当な時間が掛かると思っていたが、宰相が既に幾つかの大物貴族の悪事に関する情報を掴んでおり、ランカスタ侯爵の尋問と合わせて大物貴族達を尋問すれば、後は芋づる式に悪事に関係する情報と貴族を割り出す事が出来たのだった。


その結果、多くの貴族が粛清の対象となる。

主犯であるランカスタ侯爵家は取り潰しされる事となり、彼の家族も数日中にランカスタ侯爵と一緒に処刑される事になった。

その家族の中には王弟ヨハンの母親も含まれていたが、彼は王に助命は行わずただ一言「仕方がない…」と王に零したそうだ。

今回、ランカスタ侯爵に直接手を貸した貴族達も軒並み処刑、もしくは国外追放といった処分が下り、あの議事会室での一件から一月という速さで事件の解決を行ったのだった。


一月が速いと感じているのには理由がある。フーリ達は一月の間何をしていたかというと、ルチアナの護衛を名目上行いながら、文字の習得を行っていたのだった。

最初は謎謎が魔術が記された書物を求めて、ロブ達が要望通りに書物を用意したのだったが、読む事が出来なかったのだ。

言葉は話す、伝える事が出来るのに対して、この世界の共通文字は全く彼らには理解出来ないものだった。

その為、書物を読む事が出来ず、まずは文字を習得することになったのだ。

そして彼らはルチアナの護衛の合間(殆どフーリとコイルが行った)にロブ達に文字を教えて貰うことになったのだった。


そして何とか全員が文字の読み書きがある程度出来るようになった時には、ルチアナの立太子御披露目の日を迎えていたのだった。



ルチアナの御披露目が終わり広場から民衆が解散を始めた頃にはフーリ達は一軒の酒場を訪れていた。

外観は石材と木材を併せて造られた3階建ての立派な建物で、どう見れも酒場には見えない。

しかし、一歩建物の中に入るとそこには昼間から酒を煽る男たち、頭の上から足の先まで黒のローブを着た薄気味悪い者、全身鎧を纏った騎士風の者、軽装で薄汚れた服を着た者達…。

場末の酒場でもこんなに酷くはないと言える風景が広がっていた。


ここは『ラヴァナ協会』の建物で、簡単に説明をすると戦士や魔術士へ仕事の斡旋を行う所だ。

ラヴァナとは戦う、または戦闘という古い言葉らしい。

このラヴァナ協会はこの世界にある人間の支配地域、それぞれの国にある主要都市に必ず存在するらしい。

元は魔境等の開拓を行う者たちが作った相互協力をする機関が、時代と共に変化して、今では一種の傭兵斡旋所となったらしい。


そのラヴァナ協会フォーゲルハイツ支部にフーリ達は来ていた。


「うわぁ…ガラ悪ぅ…」


建物に入って直ぐにそう呟いたのは謎謎で、他の仲間も同じ意見だった。


フーリがこのラヴァナ協会へ着た理由は食い扶持を確保すること、そして協会の情報網を利用するためだった。

食い扶持に関してはルチアナやベルトランからそれなりの金銭を報酬として貰ってはいたが、無限ではなく、自分達が持つインベントリ内のアイテムを売って金を作ろうとしたが、その特殊性からベルトランから『待った!!』が掛かり断念。

そこでラヴァナ協会で仕事を貰い当面の食い扶持を確保する事にした。

因みにラヴァナ協会の事はロブから聞いた。


そしてラヴァナ協会の情報網はこの世界、人間の社会に深く根を張っており、国でも知り得ない事を知っている可能性がある事から、フーリ達が求める帰還方法の情報があるかも知れない(ロブ談)との事。


フーリ達が建物内に入った事で複数の視線が入口に集中したが、殆どの視線は直ぐに興味が無くなったのか消えたが、幾つかの視線はそのまま彼等を見ている。

フーリはその視線に気が付いていたが、気に留めること無く酒場の奥に仲間と進んでいく。


酒場の奥には元の世界にある銀行のような受付が複数あり、複数の職員らしい男女が座っており。今も傭兵達の対応に追われていた。

その内の一つ、中年の男性が座る受付が空いたので、フーリが声を掛ける。


「なぁ、協会の登録はここでいいのか?」


男は手元にある書類から少し目線を外して、フーリ達を見ると無言で今見ていた書類とは、別の紙を取りフーリ達の前に出す。


「…こいつに全員の名前と得意な武器、魔術を書け」


ぶっきらぼうに言うと男は手元の書類に視線を戻し仕事に戻る。

さすがにカチンと来たが、フーリも無言で紙を受け取り記入すると、コイルに渡す。


…全員が書き終わるとフーリは無言で男の前に紙を突き出す。

男は気にすること無く紙を受け取り内容を確認をしていたが、直ぐに表情が険しくなると、ここで初めてフーリ達へ正面から顔を向けた。


「…お前ら舐めてんのか?

弓や盾はまだ許そう…、だがな他はダメダメだ。

拳?薬?終いには何だ?クロとシロ?

おまけに字が汚ねぇ…読み辛い。

遊びなら他に行きな」


男がそう言った瞬間、室内にドッと笑いが起こる。


「ギャハハハハ!出たよテイの辛口!しかし、今回はヒデェな!?拳?ブフッ」


「違げぇねぇ!!ガキは帰んな!!お袋が待ってるぞ?」


『ギャハハハハ!!』


酒を飲んでいた男や女が一斉に笑い、フーリ達を嘲笑する。

そんな室内の様子をコイルと謎謎は不快そうに顔を歪め、リグリットは何時もの無表情、ありすはクロを抱いたまま何時もの2倍ニコニコして様子を見ており…フーリはと言うと…。


「おい、オッサン。

今すぐこのバカ共を黙らせろ、ここが残ってる内にだ…。

クズはクズらしく肥溜めに溜まっとけ。

あぁ…それだとクズじゃ無くて糞だな。

だからここはクセェんだな」


フーリはキレていた。

最後の言葉は周囲の人間に聞こえるように大きな声で言い、止めに「クセェ、クセェ」とわざとらしく鼻を摘まみ手を顔の前でパタパタと扇ぐ。

その手の動きが面白いのか、フーリの頭に乗っているシロが必死に前足で捕まえようとしていた。


「テメェ!!ガキが調子に乗ってんじゃねぇぞ!!あぁん!?」


どうやらフーリ言葉+シロの行動が余計に腹が立ったのか、一瞬笑いが途切れると、傭兵の数人が立ち上がり、フーリに詰め寄る。

それを確認したフーリは受付の男をもう一度見るとニタァと趣味の悪い笑い顔を向ける。

流石にフーリの行動を不振に思った男は声を掛けようとしたが、フーリの言葉が先に出た。


「忠告はしたからな?これは正当防衛、糞掃除をする俺様に感謝だな?」


「何を…」


男がフーリへ言葉の意味を聞こうとした瞬間、フーリに近付いた傭兵の男の拳が振るわれる。

「ガス!」と音を立てて男の拳はフーリの頬に当たったが、彼は微動だにして居なかった。


「あれ?」


傭兵の間抜けな声が聞こえた瞬間、傭兵の男はフーリの前から姿を消し、激しい爆発音が部屋の中に響く。


部屋の中にいた全員がその音がした天井に目を向けると、そこには人間の足が生えていた。


何が起こったのか分からない周囲の人間がフーリへ視線を戻すと、彼は右腕を胸の高さに上げて拳を作っているが、中指だけを立てると静まり帰った者達にはニタァと笑い宣言する。


「テメェら何ぞ指一本で十分だ。

綺麗に咲かせろよ?人間逆活け花だ」


フーリはそう言った瞬間、目にも止まらぬ速さで駆け出すと、近くにいた傭兵の男がまた激しい破壊音を発して天井に突き刺さる。


それを見た瞬間、他の傭兵達はフーリの言葉の意味を知る事になるが、既に遅かった。

フーリは次々と傭兵達に襲い掛かり、破壊音が続く。

"デコピン"によって打ち上げられる傭兵に男も女も関係なく、フーリは天井に人間の足だけの活け花を量産していくのだった。

中には手持ちの武器を抜き放ち抵抗する者も数人いたが数分と経たない内に"地上"にはフーリ達5人と2匹、そして数人の受付しか残っていなかった。


他の者達はみんな天井から足を生やしていた。


残った受付達は全員ガタガタと震え、顔を蒼白にし、中には泣いている者もいた。


「おい」


フーリに呼ばれた中年男性の受付はビクンッと体を反応させてフーリに顔を向ける。


「登録は終わったな?…よし。

じゃあまた明日来る。その時までに手続きを終わらせておけ」


そう言ったフーリに中年男性は壊れた様に首を縦に降るのを確認したフーリは満足そうに頷き、入ってきた時のように軽い足取りで出口に向かう。


その後に続く仲間達は2人は苦笑、1人は無表情。

そしてピンクの少女は震えたままの受付たちにニコニコしながら手を振ってラヴァナ協会を後にしたのだった。

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