王国の事情
城内にある客室にはフーリ達以外にもロブ達監視組み、ルチアナとバルバロイ、そして宰相のボルフハイン伯爵と王弟のヨハン=フォーゲルハイツが揃っていた。
今回騒動の原因である国王へ毒を盛ったとされていたヨハンの登場と無実宣言で客室にいた全員が混乱したが今はルチアナが説明をすると言って混乱を一時納める事が出来た。
「今回の首謀者として挙げられていた伯父上が無実なのは本当のことです。全てはランカスタ侯爵、彼の派閥貴族が引き起こしたことだったのです」
ルチアナはソファーに座ると全員の視線が自分に集まっている事を確認すると、そう話を切り出した。
彼女の話によると、今回の一連の騒動はランカスタ侯爵と彼の派閥に所属する貴族が行った物だということらしい。
彼らは現王の退位を望み、そしてその王が亡くなった後に即位する事になるルチアナに対して不信を抱いていた貴族であり、王位を継ぐ者は王族の男児である事を強く主張する者たち保守派の貴族であった。
そしてランカスタ侯爵はその貴族達を自分の派閥に抱き込み、自分の孫に当たる王弟、ヨハンを擁立するように持ちかけたのだった。
しかし、ヨハン本人には王位を継ぐ意思がまったくなく、これからも王宮の奥に引きこもり静かに暮らす事を望んでいた。それなのになぜランカスタ侯爵、そして保守派貴族は彼の擁立を画策することになったのか?
それは一重に彼、ヨハンがまったく王宮の外に出ることなく暮らしており、自分の主張を行った事が無かった事が原因だった。
彼は生れてこの30年(驚いたことに実年齢)王宮の奥から一歩も外に出た事がない真性の引きこもりであり、夜会や晩餐会も参加する事がなかったのだ。
そんな彼に貴族達の間にはある憶測が飛び交うようになる、「王弟は陛下の嫉妬によって王宮の奥に幽閉されている」とそして「王弟は虎視眈々と自分の権力拡大を図る為に味方を欲している」と。
これら全ての噂はランカスタ侯爵が流した物で、ヨハン本人の意思ではない。そして当のランカスタ侯爵も孫であるヨハンには生まれてこの方一度も顔を合わせた事が無かったのだ。
「要はその金髪が引きこもってた事が原因なんだな」
そこまでルチアナの話を聞いたフーリの一言は部屋にいた全員の認識でもあった。言われた本人であるヨハンは涼しい顔をして座っていたが。
その後もルチアナの説明は続く。
これら一連の動きは国王の耳にも届いてはいたが、彼は国内の事よりも国外に対しての備えを優先したことでさらに国内貴族からの反発が強くなり、国王、そして国の中枢に対して不満を持つ物は多くいた。
しかし、決して国王は国内を蔑にしていた訳ではなく、国内と国外両方の対応に追われることになり、どうしても対処が遅れてしまい、そして不満を持った貴族が増えることでさらに対応が遅れるといった悪循環に囚われてしまっていたのだ。
そんな状況で起こったのが国王の毒による暗殺未遂だった。
今はランカスタ侯爵がその真犯人と解ってはいるが、事件が起こった当初は王弟ヨハンの噂、そして貴族の現王への不満などの事情があり、そこをランカスタ侯爵に利用されたのだった。
そして自分の父が毒に倒れた報せを受けたルチアナが、避難先である公国から王都に戻ることになるのが、これまでの一連の騒動のあらましになる。
話を終えたルチアナは深く溜息を吐き出すと隣に座っているヨハンへ眼を向ける。
「…確かに伯父上は王宮の奥で暮らしておいでで、外に出ることはありませんでした。
そして私は何度も伯父上と話をして、この方の人となりを知っておりました。
最初は何か悪い冗談と思ってもいましたが、私の元に届いた報告と噂を聞いて伯父上を疑うようになったのです。
…私もランカスタ侯爵に踊らされたということですね」
「仕方がないよ、ルチアナ。
私が外に出ない事で広がった噂でランカスタ侯爵が引き起こしたことは今回のことが無くてもいずれ起こっていたことだったんだ」
「自分の事について認めていらっしゃるのは良い心がけですが、もっと早くに外に出て来て欲しかったですな」
慰めるヨハンにボルフハイン伯爵が鋭い視線を向けてしっかりと苦言を呈していた。
そんな3人を見ていたフーリはここで気になっていた事を聞くことにした。
「…それで俺らを姫さんはどうしたいんだ?もちろん報酬の件もあるから護衛をしろと言うなら受けるが、毒に犯されてる親父さんもどうにかしないといけないだろ?
それにその侯爵や貴族達はどうするつもりなんだ?」
フーリ達にとっては自分達の世界への帰還方法を見つける為にも、魔術を落ち着いて調べる事が出来る場所が必要になってきた。その為にはまずこの王国国内での安全の確保は必要なことだ。
その為の協力はするつもりではいるのだった。
「フーリ殿達にはこのまま私の護衛を続けて貰おうと思っています。
ただお父様の事に関しては…」
「殿下、それは私が御説明します。
陛下に盛られた毒ですが、王宮医師が全力で調べ解毒に取りかかっていますが、未だ解毒には至っておりません。そして今は医師の力のみ成らず魔術士による解毒方法を探させているところです」
ルチアナの説明を引き継いだボルフハイン伯爵が説明を行ったが、どうやらあまり芳しくはないようだ。
「魔術士による解毒ってどうするんだ?」
そのフーリの質問はロブが説明をしてくれた。
「魔術士の解毒と言うのは魔術による解毒で、水の魔術の中には治癒などの効果がある物があるんだよ。
そして解毒となると魔術士がその毒を知っておく必要があって難しい魔術なんだ」
「じゃあ魔術士の中でルチアナの親父さんに使われた毒が何か知っている奴がいないとそもそも治療が出来ないってことだな」
「そうなるね」
そこまで説明を受けてルチアナの父親、国王が今現在絶望的な状況に陥っている事はハッキリと理解する事が出来た。
暫く部屋の中で重い空気が流れるが、その空気を読まない、読もうとしない者が1人いた。
「治せるよ?ルチアナちゃんのお父さん」
その言葉を発した人間に全員の視線が集中する、その人間、ありすはニコニコとクロとシロを抱いたままソファーに座っていた。
「…おい、ありす。適当な事を言うな。
頼むから空気ってのを読んでくれ」
「え?でも本当に治るよ?」
「ありす…、それは本当ですか?それはどんな事をすればお父様を救う事が出来るのです?」
フーリの言葉も気にせず、ありすは治ると言い張り、そのありすの言葉に少しでも希望を見つけようとしたルチアナが聞いて来る。
「うん、治せるよ。…メイちゃんが」
そう言ってありすは謎謎へ視線を向けると、またもや全員の視線が動き、今度は謎謎に集中する。
「え?え?うち?」
ありすから話を振られた謎謎は急なことで困惑していた、そしてありすの思惑に気が付かないこの世界の者達は首を捻り、または顔を顰めるといった反応を示す。
しかし、フーリ達は違った。
「…なるほど、謎謎なら治せるかもしれないね」
「そうだな、謎謎なら出来るかもしれん」
「…ありす、偶には良い事に気が付くな」
コイル、リグリット、フーリ達の3人がそれぞれ同じような反応を示すことで、さらに他の人間は困惑する。
「あの…、皆様。どういう意味なのでしょうか?私達にも解るように説明してください」
ルチアナの質問にフーリは少し真面目な顔をしてその質問に応えた。
「確かに謎謎なら姫さんの親父さんを治す事が出来るかもしれん、しかしこれは賭けみたいなもんだ。
これで治るかもしれないし、治らないかもしれない。確率は5分と5分だ。
それでも良いか?」
その言葉を聞いたルチアナは無言となり、ボルフハイン伯爵は鋭い眼をさらに細めてフーリを見ていた。
「…その方法は命の危険がありますか?」
「それも含めてどうなるか俺達にもわからん。
だが、今の状況で最も確実な方法だと思うぜ?」
「殿下、彼はそう申されていますが毒に関してランカスタ侯爵に吐かせるといった方法もございます。
反逆者の捕縛であれば殿下でも軍に命令を行う事は可能です」
ボルフハイン伯爵はもう1つの方法をルチアナに提案する。
「ボルフハイン卿、それは私に王位を継げと仰っているのですか?」
国軍に命令が出来るのは国王のみ、国軍へ命令をするという事は正式に立太子し、王位を継ぐことを表明することになる。
「貴族議会の承認も得ず、ましてやランカスタ侯爵の派閥が存在する今、その様な手段は取れません」
「強行する、その意思はないという事ですな?」
「はい」
「畏まりました。
差し出がましい事を申して申し訳ございません」
「…いいえ、貴方はこの国の宰相です。
言葉を尽くす事の意味は、私も理解しています。
…ありがとう」
ルチアナの言葉にボルフハイン伯爵は胸に手を当てて優美に腰を折り、頭を下げる。
そのやり取りを見ていた周囲は理解している者、そうでない者と別れたが、フーリは何となく彼女らのやり取りの意味を理解していた。
宰相であるボルフハイン伯爵は、国王が執務を行えない今現在、王国の最高権力者だ。
その彼が、王女ではあるが明確な権力を持っていないルチアナに意見を求め、そして彼女の意見に支持した。
内々の事ではあったが、これは現在の王国最高権力者がルチアナの下に就いた、権力を持たない彼女の発言に力を与えたのだ。
フーリは2人を見た後でもう一度聞く。
「それで?やるか?やらないか?」
ルチアナはその言葉にハッキリと答える。
「その方法を教えてください」
「よし。
それじゃあ善は急げ、今から親父さんの所へ行くぞ」
「はい!」
座っていた者達が立ち上がり、ぞろぞろと連れ立って客室を後にする。
部屋に残っているのは謎謎ただ1人…。
「あれ?何?
ねえ!?結局うちは何をしたらいいの!?
ちょっと待ってよ!!」
1人話に着いて行けなかった謎謎は涙を浮かべて、皆の後を追って客室を出たのだった。
王都の襲撃者達が使っていた娼館の一室では、当初に王都で活動していた人数の半分以下に人員を減らし実質上の壊滅と言っていい物だった。
男達の首領は残った者を見渡して苦々しい顔をする。
「…残った者はこれだけか。
生きていた者達はどうした?」
「…正確には分かりません、ただ最後に確認した時点では5人はいました。
しかし、あの怪我では何人かは助からないでしょう」
「むぅ…」
残った者達は皆唸り、襲撃の現場を実際に見た者は顔を青くしたままボソリと呟く。
「あれは何ですか…餓狼の一撃を受けてケロリとして…しかもその後に戦闘さえこなす何て…。
私達は一体何と戦ったのですか?」
その呟きは静かな部屋の中では大きく聞こえ、全員の気持ちは同じものだった。
「…ここは引き払うぞ。
そして後始末を終えたら、そのまま国へ戻る。
…あれは何としてもあの方に報せる必要がある」
首領の言葉に一同は"後始末"の準備に取り掛かる。
これから自分達の故郷の国へ帰れるというのに彼等の表情は優れない。
何故なら"後始末"の意味を正確に理解し、さらに任務失敗で国へ戻る事は自分達の"死"を意味することを知っていたから…。
彼等は最後の"仕事"の為に部屋を出ていくのだった。