森の中の日常
現代ではまず見る事が出来ない、鬱蒼とした森の中を5つの人影が疾走していた。
その内の2人は長身の男達で、弓を担いだ垂れ目に金髪に翠の瞳をした美青年と、もう1人は黒髪黒目の日本人では平均と言える容姿をした青年。ただ彼の格好は黄緑色のノースリーブベストに黄緑のズボンを履いた軽装で両手には武骨な手甲が嵌められている。
その2人の後ろを走る3人は女であり、それぞれが特徴的な格好をしている。1人は赤い髪をポニーテールにした吊り目でキツそうな印象の顔立ちをした、銀色に輝く鎧を着た女。
もう1人は真っ黒のローブを着て、肩からボロイ鞄を下げた黒髪の女。
そして最後の女はこの5人の中で最も身長が低く、少女と言ってもいいぐらいの身長しかないピンクの髪をシュートカットにした少女で、腰には短剣が2本と肩にロープらしき物が巻きついていた。
ピンクの少女の口から軽い、本当に軽い笑い声が漏れている。
5人全員が、人間としてはあり得ない速度で木々が生い茂る森の中を進んでいる、誰も躓いたり走る速度を落とす者はいない。
しかしピンクの少女以外、4人の表情は引き攣っており、緊張している事がありありと分かる。
そんな彼らを追いかける存在がある。
彼らの後方数十メートルの所を木々を押し倒し、または"前足"で薙ぎ払い進む"それら"は鋭い牙が並んだ口から涎を垂らしながら5人を追い掛けている。
"それら"は全部で10頭。
赤黒い鱗に覆われており、四足であり、長く太い尻尾を持っている。尻尾も含んだ全長は優に10メートルは超えており、そんな巨体にも関わらず前を走る5人へ徐々にその距離を詰めて来ている。
現代日本、いや『現実世界』では絶対に見る事が出来ない生物、『ドラゴン』が10頭。
5人の後ろを追い掛けていた。
徐々に5人と10頭のドラゴンの差が縮まっていることに、後ろを振り向いて確認した黒髪の青年が舌打ちをする。
そして鋭い視線を今も笑いながら走る少女へ向ける。
「おい!!笑ってんじゃねぇ!!もっと早く走れ!!!」
黒髪の少年は罵声をピンクの少女に向けて放つと、少女はは笑うのを止めると。
「え~~、私はケンちゃんと違って素早さにステ振って無いから、これが限界で~す」
口をタコのように尖らせて拗ねたように言ってはいるが、その目は今も笑っている。ドラゴン10頭に追いかけられる今の状況を楽しんでいる事は明らかだ。
「テメェ!リアルネームで呼ぶんじゃねぇ!!
てか!テメェが、『アースドラゴンの幼生が欲しい』とか抜かしやがった所為でこんなことになってんだぞ!!
デスペナ貰ったら、テメェが責任取れよ!!ありす!!」
青年はそう言い放つとピンクの少女"ありす"へ右手の中指を突き立てる。
どうでもいいが、尋常ではないスピードの中でそれも木々が生い茂る森の中を、後ろを振り向き右手の中指を突き出す彼も焦っているが、十分に余裕があると言える。
そんな彼を見ながらありすは「あっかんべ~」と言い舌を出して応える。その反応で青年はまた「コイツ…!」と怒りを強めることになるが、黒髪の青年の隣を走る金髪の青年が止めに入る。
「まぁ、夫婦漫才はその辺にしとこうか?今はこいつ等から逃げないと、ね?
フーリも、そんな状態で良く走れるよね」
「黙れ!だいたい、コイル!お前にも責任が在るんだからな!!」
金髪の青年"コイル"が黒髪の青年"フーリ"を宥めに掛かるが逆効果だったようだ。
「大体よ!!何で巣のど真ん中にスキル使うんだよ!?
一発で仕留められるとでも思ったのか?アースドラゴンだぞ?
無理に決まってるだろうが!!
この、変態が!!」
「変態は酷いなぁ~、僕は普通だよ?」
「どこがだよ!?」
コイルの特殊な性癖について知っているフーリはそれを指して変態と呼んでいるが、コイル自信はそのつもりが全くないといった具合である。
そんな2人のやり取りを見ていた後ろの3人。その中の赤髪ポニーテールの鎧女がため息を吐いた。
「コイルが変態でも、普通でもどっちでもいいが、後ろのをどうにかしないか?
そろそろ、こっちも厳しいんだが?」
「賛成~!うちも限界近いんですけど~。
ポーション系の効果もそろそろ切れるし、このまま逃げるか、ぶっちめるか決めてくんない?」
「だって、だって!!ケンちゃんが早く決めないからリッちゃんと、メイちゃんがご立腹ですよ~」
赤髪ポニーテールの鎧女"リグリット"、そして黒のローブを着た女"謎謎"が文句を言うと、それをありすが冷やかす。
そんな3人の、というよりもありすの態度に青筋を浮かべるフーリは右手に拳を作ると、力を入れてワナワナと震えている。
「あ・り・す、テメェ~…」
「ほらほら!ケンちゃん!早くしないと!!」
ぶちっ
フーリから不穏な音が聞こえ様な気がした瞬間、彼の全身に砂嵐のようなノイズが生まれる。その砂嵐が収まる前に5人を追っていたアースドラゴンの1頭がブレスの射程に入ったのか、口から赤い炎がチロチロと溢れ出ていた。
「テメェが…」
そして砂嵐の中からドスの効いたフーリの声が聞こえて来たのと同時に、1頭のアースドラゴンから真っ赤な灼熱のブレスが5人を焼かんとして吐き出される。
「死ねぇーーーーーーーー!!!!!!」
フーリが叫んだ瞬間、大きな爆発が森の中に響きわたり、同じ森の中で比較的に近くにいたプレイヤー達は何事かと一時騒然となったそうだ。
修正 7/13