表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

さくっと読めるお話たち

キャロリーナと魔法の日々

作者: 藤沢みや
掲載日:2026/08/08

***世界は、理不尽でできている***





 ◇


 目が覚めた時、見慣れない天井だと思った……

 今まで暮らしていた木目模様の天井とは違う、高くて豪奢な天井。

 天井が豪奢という表現に笑ってしまうが、豪奢としか言い様がない。

 天井は華やかな枠で区切られていて、春夏秋冬……なのかわからないが、季節を取り入れられた絵が描かれていた。

 ふくふくとした天使さま?

 おどろおどろしい、まるで灰を人にしたような生物。枯れた大地。雪に覆われる平原。

 見たこともない物語が絵になっているようだ。


「キャロリーナ、おはよう」

 金髪碧眼の美女が笑い掛けてくる。綺麗過ぎる。まるでお人形みたい。

 思わず体が揺れる。

 吃驚した。

 でも、声の方向に顔を向けて笑う。

「お母しゃま、おはようございましゅ」

 三歳の口はすぐに噛んでしまうようだ。

 私はえへへと笑うと、差し出された母親の手を取った。


 三歳の体は慣れなくて、見慣れない天井と一緒で、違和感しか感じない。






 ◇◇


 私がこの世界を『異世界』と認識したのはついさっき。


 キャロリーナという名前も、アベニウスという名字も聞き慣れない。

 大好きだった小説や漫画にそんなキャラクターはいなかったか? と記憶を探っても、よく覚えていない。


 世の中の転生者は、なぜあんなに記憶力が良いのだろう。

 不思議で仕方がない。




 三歳までのキャロリーナの記憶はある。

 創造神話を子守歌に生活をしていた。


 聖魔力と悪魔力。

 この世界には二つの魔力がある。


 けれど、人間は聖魔力しか使えないのだという。幼い体には負荷がかかるため、魔力を使うのは十二歳を過ぎてからと定められているそうだ。

 これを守らないと、まるで灰のように、体が朽ちていくという。

 きっと、夜中に爪を切ってはいけないとか、笛を吹いてはいけない、とかいう教えと一緒だろうと思う。

 暗くてよく見えないから深爪をしてしまうとか、笛ので居場所がバレてしまうとか、そういう教訓話だろう、きっと。


 キャロリーナの前世の名前は思い出せないが、アニメや漫画が好きな、所謂いわゆる一般的な大学生だった。

 会社員として働いたことはないけれど、バイトはしていた。

 喫茶店のバイトは、意外と腕力がついた。

 そんな、些細な記憶は鮮明に思い出せる。


 三歳の、小さな両手を眺める。


 ――― 魔力を使う、魔法の行使は十二歳を過ぎてからと定められている。


 けれど、世に溢れている本たちの中では、三歳や、もっと小さな頃から魔法の訓練をしている。

 この世界がどんな世界かわからないけれど、今から魔法の訓練をして、魔力を増やしておいた方が良いのではないだろうか。


 自分がどんな役割かはわからないけれど、アニメや漫画のような巨大な魔法を放って敵を殲滅するような活躍をしてみたい。

 ヒロインやヒーローがピンチの時に颯爽と現れて、魔法で助けるなんて、憧れる。

 キャロリーナは、そんな未来を想像してにんまりとし、前世の世界を参考に、自分の中にあるだろう魔力を探ってみた。


 ほんわりとあたたかな胸の間。


 みぞおちだろうか?

 そこを意識して、魔力?……わからないけれど、多分これが魔力だと思う……それを全身に巡らす。

 体中があたたかく、ほわほわする。

 最初から成功したことにほくそ笑み、キャロリーナは訓練方法を考える。


 よくあるのは、魔力を使い切って増やす方法。

 使い切るという感覚はまだわからないけれど、アニメや漫画だと使い切って眠ると、翌日には魔力量が増えていることが多い。

 この世界でもその知識が使えるかはわからないけれど、検証してみる価値はあると思う。

 うっふふ、とキャロリーナは笑う。




 それから、魔力量を増やすことに専念していたら……






 ◇◇◇◇◇◇



 いつの間にか、家族から認識されなくなってしまった。






 ◆


 産まれた妹キャロリーナは、金髪緑目の豊穣を司る女神キャシーナさまにそっくりなくらい可愛い見た目をしていた。

 声掛ければ笑ってくれて、僕の手を握っては笑って。

 可愛い可愛い、僕の妹。


 その妹の色が変わっていく。


 可愛い妹と過ごすようになって三年くらいだろうか……ある日、妹が、妹ではなくなっていた。

 虚空を見ては黙り込み、俯いて、顔を上げて、にやりと笑うを繰り返す。


 花がほころぶような可愛い笑みではなくて、大人の女性のような……メイドの中に時折いる、父や長兄を狙うような猛禽類の笑み。

 胸と口元に異臭が込み上げる。




 僕の部屋は、キャロリーナの隣。

 幼い妹は夕方過ぎると眠りにつく。

 子供は寝るのが仕事だから仕方がない。

 領主一家の仕事を今年から少しずつ始めた僕は、妹の部屋の前を通る時は慎重に歩を進めている。

 でも、寝ている妹しかいないはずなのに、不気味な笑い声が聞こえてきた。

「……え?」

 恐る恐るノックをして、「キャロ、入るよ……」と声を掛けてから扉を開くと、重い気配。

 呼吸ができなくなって、膝をつく。

 なんとか、つばを飲み込む。

 ややして重さが取れる。


 焦げたような匂い。


 キャロリーナは、寝台でぐっすりと眠っている。

 定期的に上下する寝姿に安堵の息を零す。



「おやすみ、キャロ」

 僕は、可愛い……だろう妹に……寝台の、彼女に声を掛けた。






 ◇◇◇


(あっぶなーーーー)


 キャロリーナは寝台で呼吸を整え寝たふりを続ける。

 三番目の兄であるパートリックが部屋を出て行くのを確認してから起き上がる。

 暗い部屋に差し込む月光。


「瞬間移動とか、魔法の基礎よね」

 基礎か?

 一瞬自分でもそう思ったけれど、口に出せば基礎のような気がする。

 キャロリーナは裏庭を思い浮かべる。

 幼い頃に見たアニメのように、その場にいる自分を想像して……

「できる!」

 声に出したと同時に、体が裏庭にあった。

 やった!!

 思わず叫びそうになるのを懸命に我慢して、魔法の訓練を続ける。

 ある程度で飽きたところで、部屋に戻って目を閉じる。






 ◆◆


 裏庭に焦げた匂い。


 パートリックは眉をひそめた。

 昨夜のキャロリーナの部屋と同じ匂い。




 父母に相談すべきだ。

 僕は家令を通じて父上に相談を持ち掛ける。




「キャロリーナが、魔法の訓練をしているかもしれない?」

 父上は目を見開いた後、はっと声を上げて笑う。

「三歳だぞ?」

 笑いたくなる気持ちはわかるけれど、でも、今のキャロリーナはおかしい。

「一度、ちゃんとキャロリーナに説明するべきです。なんで十二歳まで魔法を使ってはいけないのか……」

 相反する聖と魔。

 子供の体は影響を受けやすくて、しっかりと体ができあがるまでに魔法を使うと……体内から、燃える。

 魔力に、焼き尽くされるのだ。

「三歳に?」

 父上は、再度そう言うと、家令に「パートリックが言うように、説明してやれ」と命じていた。

 まったく本気にしていない父にがっかりとしつつ、パートリックは部屋に戻る。

 ――― 妹の部屋から感じる、焦げ臭い匂いは感じなかった。






 ◇◇◇◇


「お嬢様、魔法は十二歳になってからです」

 むっすりとした表情の家令がそう言った。

「しょうなの?」

「そうです」

 仕方なく言っているという気配が満々だ。

「どうして?」

「創造神話はご存じでしょう? そのままだからです」

 創造神話……ああ、あの教訓話。

 ……きちんと最後まで聞いてはいるけれど、覚えていないな。

 聞いてはいるけれど、興味がないから覚えていない。というかすぐに忘れてしまう。この世界に来た当初は覚えていたような気がするけれど、今は忘れた。

 天井画を見つつ、絵本を読めばわかるだろうけれど、なんだか辛気くさそうなんだもの。詳細を知る気にならない。

 それにしても、なんで相手が知っているという前提で話すのだろう。

「しょうじょうしんわ」

 うーむ、噛むな、やっぱり。

「ええ、ご存じでしょう?」

 この口調は知っていると言わなければ説教が来るタイプ。

 この家令、名乗らないし、態度でかいし、お父様とお母様以外の人間全部を下に見ているのよね。嫌い。

「知ってるー」

 創造神話、という単語は知ってまーす。うん、嘘は言っていない。

「くれぐれも、余計なことはなさらないように」

「……」

 言い方が気に食わなくて黙っていると、再度「いいですね?」と念押しをされる。こいつが面倒だから「はーい」と良い子のお返事をしておく。

 詳細を説明されないってことは、別にいいっていうことだろう。

 そう結論付けて、キャロリーナははいはいと適当な返事を返しておいた。




 魔法の訓練は、絶対に止めない!!

 私は、極大魔法を繰り出して、世界を救うのだ!!!……なんちゃって。






 ◇◇◇◇◇



 夜の魔法訓練は継続している。

 場所を変えて、時間を変えて。

 三歳の昼寝は見逃せてもらえるので、ありがたい。

 子供は眠る子だ。



 魔法の訓練をしていると、体がぽかぽかしている。



 なんだかお腹も空かなくて、通常通りの子供の量でも不満はない。

 両親が話し掛けてくるのを適当に答えて、兄たちの話に『さしすせそ』を使って適当に答える。

 会話のさしすせそ。さすが~。知らなかった~。すご~い。そうなの~。センスある~はさすがに使えないから、『さしすそ』が正しいけれど。

 金髪碧眼の美形家族は見ているだけで目が潰れそう。

 眩しい~。

 キャロリーナは、愛想笑いだけが上手になる自分に嫌気がさす。

 もともとの自分は、あんまり愛想が良くない。

 子供もそれほど好きではないし、周囲に合わせるというのがとても苦手。

 もう少し成長したら、領地の子供達との交流やお茶会が兄たちのようにあるのだろう。考えるだけでゲンナリする。


 だから、魔法の訓練に、のめり込む。






 ◆◆◆


 ここ最近、キャロリーナの姿が見えない。


 そして、領地のいろいろなところで焦げた跡が見つかるようになった。

 これはまずいんじゃないだろうか。


 十一歳の自分では、地脈を探ることはできない。




 側仕えと共に領主館の北方にある湖を目指す。

 そこは、桶の水に、焦げた樹木を入れたような水の色の湖になっていた。


 見えないんじゃない。妹だったものはいるけれど、自分たちが感知できなくなったんだ。

 音には、大人や老人は聞き取れないが、子供だけが聞き取れる音があるという。それと同じで、聖魔力に寄った物体なら僕達は感知できるけれど、悪魔力は感知できない。


 もう、キャロリーナの体は悪魔力に浸っているのだろう。




 急いで領主館に戻って、父上、母上、兄たちに報告をする。

 館の護衛を担当している騎士達に、湖周辺や魔法の練習ができそうな場所を片っ端から調べてもらい、妹の部屋を調べる。

 妹の姿はない。

 見えないだけかもしれないけれど、いないはいない。


 焦げた跡は数多あまたあり、地脈は狂い、神話の通り悪魔力に浸った妹の姿は、誰も認識できなくなっていた。

「シモン、きちんとキャロリーナには説明をしたんだろうな」

「はい。十二歳まで魔法は使用しないようお伝えいたしました」

「理由は説明したか」

「創造神話に書かれていると」

「……読んでいる者が、魔法の練習をすると思うのか?」

 父上の質問に、家令は口をぽかんと開けた。

「創造神話を、ただの物語だと思っているようだから、魔法も練習してしまう……だからこそ、説明が必要ではないのか?」


 僕は、目を見開いた。

 あの指示で、わかるわけがない。

 僕は本が好きで、創造神話は繰り返し読んでいた。そんな僕に対するようにキャロリーナに説明してもわかるわけがない。

 立ち会えばよかったのか?

 魔法を使ったこともない僕が?

 僕が説明すればよかった?

 魔法を使ったこともない僕が?




 あの、気持ち悪くなってしまった妹に?




 興味がないことには無視をするような、他人の話を適当な言葉で相槌あいづちを打つような妹に?

 心の籠もっていない「さすがです」「凄い」などを平気で使う女に?




 女。

 妹に使う言葉じゃないのはわかっている。

 でも、アイツは妹じゃない。

 妹の体を乗っ取ったナニカ。






 ◇◇◇◇◇◇



 いつの間にか、家族から認識されなくなってしまった。


 薄闇一枚あるかのように、そこにあるはずなのに、触れないし声が届かない。

 とりあえず、お腹が減らないからそこまで困ってはいないけれど。




 どうしよう。

 魔法を使うなって、こういう体が変になってしまうという意味だったんだろうか?

 創造神話? に書かれているっていうけれど、今の体では部屋にある創造神話の本に触ることも開くことも読むこともできない。

 天井の絵を見上げる。


 ふくふくとした天使さま。

 おどろおどろしい、まるで灰を人にしたような生物。枯れた大地。雪に覆われる平原。

 見たこともない物語の絵。


 見上げていても、わからない。




 薄闇一枚向こうの家族がバタバタしているけれど、声も聞こえなければ、姿に触れることもできない。


 ―――創造神話はご存じでしょう? そのままだからです。


 そのままって、なによ。

 説明されなければわかるわけがない。

 お腹が減らない? 食費が減って便利よね。

 家族に認識されない? ……うーん、あんまりデメリットがわからない。


 私は、何気なく鏡の前に立つ。

 大きな大きな姿見。綺麗な銀の装飾が施された鏡。

 そこには、灰を人にしたような小柄な生物。

 吃驚して口を押さえると、目の前の灰の生物も口を押さえた。

 頬に手を当てると、灰の生物も頬に手を当てた。

「……へ?」

 灰……というより石炭に近い生物。黒灰白が混ざった縦筋のような模様の付いた化け物。

 鏡に映る化け物は、私が動かないと動かない。

 私が動くと、化け物も動いた。


 大きく目を見開くけれど、鏡に映る深淵のような円は揺るがない。大きくなることも閉じることもない。

 ただの、黒い丸。




 創造神話の灰のような人は、十二歳未満で魔法を使って灰になった……誰か?




 ただの、教訓話じゃないの?

 十二歳まで魔法を使うな。だけ言われたって、わかるわけがない。

 なんで、説明してくれないの?

 怖い絵が描かれていたら、誰だって避けるでしょう?

 こんな、怖いことになるなんて、わかるわけがない。



 アニメや漫画だって、こんな結末描いたりしない。

 せっせとこつこつ訓練してたのに、こんなラスト、納得できない。

 なんで、魔法があるのに年齢制限なんてあるの?

 信じられない。




 キャロリーナの気持ちに呼応して、灰が広がる。




 魔法を使ってみたかっただけなのに。




 湖が灰色に染まり、水分が蒸発する。



 空を飛んでみたかった。

 瞬間移動を使ってみたかった。

 炎を呼び出してみたかった。

 雷を操ってみたかった。

 嵐を止めてみたかった。

 困っている人を助けて、お礼を言われて、凄いなって言われて……

 言われて……




 誰に?




 三歳の私に手を差し伸べてくれていた家族を、私は蔑ろにしていた。適当に話を聞いて、相槌を打って……そんな娘を、妹を、彼らはいつまで守ろうとしてくれる?




 館が灰となって崩れる。

 家族だった人達は薄闇の向こうで必死に足掻いている。


 庭園が灰になる。

 林が灰になる。

 湖が灰になる。

 見渡す限りが灰の中。

 なにもない、全くなにもない周囲。

 見上げる空が、綺麗な青。

 遠く遠く、澄んだ青。





 あーあ、詰んじゃった……

 リセットボタンって、ないのかな?

 アンインストールできないのかな?

 そうしたら、再度……ううん、こんな不親切な設定の世界は嫌。




 なぜか無事な鏡に映る灰人間を見つめる。

 灰人間……ううん、これは、ワタシ。




 まあ、いいか。

 空も飛べたし、瞬間移動もしたし、魔法だって使えた。

 しょぼかったけど。




 家族だった人達には、悪いことしちゃったな……

 でもさ、説明してくれたっていいと思うんだよね。

 十二歳まで魔法使っちゃダメ。だけじゃわかるわけがない。

 ただただダメって言われたって、納得できるわけがない。

 だから、もう、仕方がない。

 この世界の人には、悪いことをしたかもしれないけれど、どうしようもない。しょうがない。

 悪かったな~とは思うけれど、正直言えば、私だけが悪いわけじゃないよね。って思ってる。

 知らないのは仕方ないし、教えてくれないのも悪い。

 もう、どうしようもない。

 だって、知らなかったんだもの。




 キャロリーナの魔法の日々は……この日、終わった。






 ◆◆◆◆


 パートリックは、灰色に染まる世界を呆然と見つめる。

 館が灰になると家族全員崩れ落ちていった。

 崩れ落ちる灰。

 見上げる青。

 灰色の周囲、ただただ遠くの青い空。



 可愛くなくなっていく妹。

 にやりと、気持ち悪い笑みを浮かべる妹。



 キャロリーナが、勝手をするから、僕達は……




 僕達の世界が……




 灰に変わる手足を呆然と見つめて、僕は……




 父上も母上も、兄たちも、騎士達も……みんなみんな灰の中。

 僕達の世界は、ある日、灰になった。

 たった一人、定められたことを守らないナニカの、せいで……





 悔しいな。

 そう思うけれど、僕の気持ちは……きっとナニカには届きもしない。

 これは、確信。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ