同じ雨を見ていた
夏の浜辺は、夕方になると少しだけ静かになる。
昼間の賑わいが引いた砂浜を歩いていると、
潮風が湿り気を帯び、空の色が落ちた。
次の瞬間、乾いた砂を叩く音と一緒に夕立が降り出した。
逃げ込んだのは、海沿いに一軒だけ残っている古い駄菓子屋の軒先だった。
錆びたトタン屋根が雨粒を弾き、一定のリズムを刻む。
濡れたアスファルトから、夏特有の匂いが立ちのぼる。
長椅子に、先客の少女が座っていた。
白いワンピースの裾が膝のあたりで少しだけ濡れている。
布地は薄く、今ではあまり見かけない形をしていた。
髪は肩より短く、こちらに気づかないまま、雨に霞む海を見つめている。
「よく降りますね」
そう声をかけると、少女はゆっくりとうなずいた。
「夏だから」
それだけ言って、また視線を海へ戻す。
空と海の境目は雨に溶け、どこまでが水なのか分からなくなっていた。
それ以上、会話は続かなかった。
雨音と遠くの波の音が重なり、時間の感覚が薄れていく。
知らない誰かと並んで座っているのに、不思議と落ち着いていた。
以前にも、同じ雨を見ていた気がした。
低い雷鳴が一度だけ響く。
少女はわずかに肩をすくめ、胸元を押さえた。
その仕草が、なぜか懐かしく見えた。
「すぐ、やみますよ」
根拠もなくそう言うと、少女は初めてこちらを見た。
濡れたまつげの奥で、何かを確かめるような目をしている。
次の瞬間、微笑んだようにも見えたが、雨音に紛れて確かめられなかった。
雨は、本当にすぐに弱くなった。
屋根から落ちるしずくの間隔が伸び、やがて止む。
雲の切れ間から、夕方の光が差し込んだ。
少女は立ち上がり、ワンピースの裾を軽く払った。
「じゃあ」
それだけ言って、浜辺のほうへ歩いていく。
呼び止める理由は、最後まで見つからなかった。
長椅子の上に、小さなラムネ菓子が一つ残されていた。
紙袋には、色の褪せた文字で値段が書かれている。
指で触れると、まだひんやりしていた。
気になって、駄菓子屋の中をのぞくと、店番の老婆が顔を上げた。
「今の子と、一緒に雨宿りしてたのかい?」
うなずくと、老婆は少し驚いたように目を細めた。
「あの子、まだ来てたんだねえ」
外へ出ると、海が一瞬だけ銀色に光っていた。
さっきまで降っていた雨が、本当に存在していたのか、
分からなくなるほど静かだった。
――あの子と、同じ雨を見ていたのは、確かだったのに。




