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同じ雨を見ていた

作者: 南砂 碧海
掲載日:2025/12/24

 夏の浜辺は、夕方になると少しだけ静かになる。

 昼間の賑わいが引いた砂浜を歩いていると、

 潮風が湿り気を帯び、空の色が落ちた。

 次の瞬間、乾いた砂を叩く音と一緒に夕立が降り出した。

 逃げ込んだのは、海沿いに一軒だけ残っている古い駄菓子屋の軒先だった。

 錆びたトタン屋根が雨粒を弾き、一定のリズムを刻む。

 濡れたアスファルトから、夏特有の匂いが立ちのぼる。


 長椅子に、先客の少女が座っていた。

 白いワンピースの裾が膝のあたりで少しだけ濡れている。

 布地は薄く、今ではあまり見かけない形をしていた。

 髪は肩より短く、こちらに気づかないまま、雨に霞む海を見つめている。

「よく降りますね」

 そう声をかけると、少女はゆっくりとうなずいた。

「夏だから」

 それだけ言って、また視線を海へ戻す。

 空と海の境目は雨に溶け、どこまでが水なのか分からなくなっていた。

 それ以上、会話は続かなかった。

 雨音と遠くの波の音が重なり、時間の感覚が薄れていく。

 知らない誰かと並んで座っているのに、不思議と落ち着いていた。

 以前にも、同じ雨を見ていた気がした。


 低い雷鳴が一度だけ響く。

 少女はわずかに肩をすくめ、胸元を押さえた。

 その仕草が、なぜか懐かしく見えた。

「すぐ、やみますよ」

 根拠もなくそう言うと、少女は初めてこちらを見た。

 濡れたまつげの奥で、何かを確かめるような目をしている。

 次の瞬間、微笑んだようにも見えたが、雨音に紛れて確かめられなかった。

 雨は、本当にすぐに弱くなった。

 屋根から落ちるしずくの間隔が伸び、やがて止む。

 雲の切れ間から、夕方の光が差し込んだ。

 少女は立ち上がり、ワンピースの裾を軽く払った。

「じゃあ」

 それだけ言って、浜辺のほうへ歩いていく。

 呼び止める理由は、最後まで見つからなかった。


 長椅子の上に、小さなラムネ菓子が一つ残されていた。

 紙袋には、色の褪せた文字で値段が書かれている。

 指で触れると、まだひんやりしていた。

 気になって、駄菓子屋の中をのぞくと、店番の老婆が顔を上げた。

「今の子と、一緒に雨宿りしてたのかい?」

 うなずくと、老婆は少し驚いたように目を細めた。

「あの子、まだ来てたんだねえ」

 外へ出ると、海が一瞬だけ銀色に光っていた。

 さっきまで降っていた雨が、本当に存在していたのか、

 分からなくなるほど静かだった。

 ――あの子と、同じ雨を見ていたのは、確かだったのに。



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