君の声が、消えるまで
私の名前は、ミナ。林道ミナ。
中学生の時から入退院を繰り返している高校二年生。
私は、声が消える、という特別な病気を持っていて、それで入退院を繰り返していた。
お医者さんには、高校二年の冬には完全に声が消えると言われており、それで今入院している。
勘違いしないでほしい。私はそんなに悲観的に感じてない。だから、かわいそうとか、大丈夫? とか、いわないでほしい。
覚悟していたことだから。
ただ、最近、この声に、未練ができてしまった。それはーー
「ミナ、大丈夫か?」
今日もお見舞いにやってきた、彼氏の存在。
「うん、大丈夫。クロくんこそ、たまには友達と遊びに行っていいんだよ?」
「なにいってるんだよ。ミナは大事なオレの彼女だぞ?」
私はその言葉を聞いて、クロくんに出会えて良かった、と思った。
百目鬼クロ。彼の名前。男子校に通う高校三年生。
学校も年齢も違う彼とは、この病院で出会った。
彼は、自分の兄が暴漢に絡まれ、ケガをして入院しているからお見舞いに来ていたのだという。
クロ、という名前とは反対に、とっても、優しい人だ。
でも、私のクロくんと話せる幸福感とは反対に、私を血に落とす存在がいた。
彼の兄、百目鬼シロ。大学一年生。
私と彼を引き合わせてくれたキューピット的存在だと、初めは思っていた。
しかし、今日も病院に来ているらしい。
クロくんの後ろで、看護師さんをナンパしていた。
私たちの幸せな時間に入り込んでくる、悪魔じゃないか、と、思わず彼を睨んだ。
「ん? おやおやミナちゃん、酷いじゃないか睨むなんて。あ、看護師さん、またね~♡」
軽い。一途な彼とは違って、シロさんは圧倒的に軽かった。
苦手だ。というか嫌いだった。
「わざわざお見舞いに来なくてもいいんですよ?」
「いやぁ、俺も暇だし? 綺麗な看護師さんもいるから~」
せめてほかの部屋でやってほしい。私とクロくんの幸せな時間を邪魔するな。
そういう意図を込めて、私はもう一度、力いっぱい彼を睨んだ。
「ミナ? どこか痛いのか?」
シロさんを睨んでいると、何も知らないクロくんが心配して顔を覗き込んできた。
何を考えているのか、シロさんは私に嫌われていることを自分の弟に言うわけでもなく、黙っているのだ。そういうところも嫌いなポイントだった。
「あ、ううん。どこもいたくないよ。ありがとう」
「そう。無理しないでね」
そう言って彼は、にっこり笑った。
その時、シロさんが「うわぁ……」とつぶやいたのが聞こえた。
声の方を見ると、そこではシロさんがマッチョの医者にナンパについて注意されているところだった。
あの怖いものがなさそうなのシロさんでも、マッチョにはかなわないんだと少し意外に思う。
自業自得のシロさんを見てからクロくんと顔を見合わせて、私たちは笑ってしまった。
シロさんが「ちょっと二人ともぉ……」とつぶやいていたが、私たちには聞こえなかった。
沢山笑って、沢山お話した後、クロくんとシロさんは帰って行った。
そして、いなくなった瞬間静かになる病室を見て、少し、寂しく思う。
私は、素早くスマホを取り出した。
ゲームをするわけでも、動画を見るわけでもない。私は、これで声の録音をする。
声が出せなくなっても、『おはよう』とか、『いただきます』とかの決まったセリフは、スマホに録音しておけばいいと言われた。
何とも癪ながら、これはシロさんの提案だった。
私は録音開始ボタンを押し、録音を始めた。
「行ってらっしゃい」
「お帰りなさい」
「大好き」
「お母さん」
「お父さん」
「おやすみなさい」
「ただいま」
「行ってきます」
一人しかいない部屋で、スマホに向かって話しかける。
少し悲しいけど、仕方ない。やらなければ、自分の声を忘れてしまう。
そして大好きな人にも、私の声を忘れられてしまう。
――それは嫌だ!
そう思ってしまったから、仕方なく、大嫌いなシロさんの提案に乗った。
「……ん?」
録音している途中、私は椅子の上に置いてあるスマホの存在に気づいた。
「このスマホ……クロくんのだ! 忘れてったのかなぁ?」
そうつぶやいて私は、彼のスマホを手に取った。
「あ! ……開けちゃった……」
どうやって返そう。今度来た時でいいかな? でもないと困るよね。なんて考えながらスマホをいじっていると、スマホのホーム画面に来てしまった。
ど、どうしよう。あんまり見ない方がいいよね。プライバシーが……あ。メモ帳アプリ……。
私は、彼のスマホに入っている、メモ帳のアプリを見つけた。
メモ帳、と書かれたアプリをタッチする。少しだけ、中が気になってしまった。
彼、メモ癖あったからなぁ……。
少しでも気になる事があれば、メモをしたり、私が読んでみたい本の話をすれば、図書館にないか探してくれて、忘れないようにメモをしていた。
メモに書いてあったのは、
・水曜日に図書館に行って本を返すこと
・友達から借りた300円をちゃんと返すこと
などだった。
「フフ、彼らしい」
思わず笑みがこぼれる。
スクロールをして、メモに書いてある内容をどんどん読んでいく。
罪悪感もあったため、すぐにやめようと思いながらも、読み続けてしまった。
・シロに借りを作ってしまった。癪なのですぐに返すこと
どんな借りを作ってしまったんだろう。
そう思いながら、画面を下に勧めた。するとそこに書いてあった内容に、
「――え?」
と声が漏れた。
・ミナの声がなくなったら、ミナとは別れること
………………え?
どういうこと? え? 何かの間違い? シロさんのいたずら書き? エイプリルフールはまだ遠いよ? 冗談? 冗談でしょ? だって……私なにかした?
いろいろな考えが頭に駆け巡る。
もしかしたらあの時の言葉が不快だったのかもしれない。
何か都合が悪くなったの?
体目的? 飽きたの?
いや、きっと、彼の意志じゃない。きっと、誰かに言われて――
……そんな『きっと』を繰り返して、そこから先の事は、あまり覚えてない。
次の日に、彼はスマホを取りに来た。
「ごめん、ありがとう」
「ううん。いいよ」
……聞いてしまいたい。メモに書いてあったことを。
どういうことなのって、聞いてしまいたかった。
でも無理だった。
もし返ってきた言葉が、否定の言葉じゃなかったときが怖くて、聞くに聞けないまま、ずるずるとその関係を続けてしまった。
「最近、なにやらストレスがたまっているようですね」
ある日、担当医に図星をつかれた。
「……ぇ? ぃや、そんなこ、とは……」
少しかすれた声でそう答えた。
お医者様はまゆを下げて、哀れみの目で私を見た。
「ストレスが原因で、声が消える予定日が早まってしまっています。ストレスに心当たりがあるのなら、早急に対処してください」
その言葉を聞いて、私の世界は色を失った。
お医者様がまだ何か言っている。ちゃんと最後まで聞かないと。
……聞かないとなのに、頭に入ってこない。
ストレスの原因? そんなの分かってる。
クロくんの、別れ話だ。
対処しろ? 無理だよそんなの。
……だって、怖いんだもの……。
その後も、ストレスはたまる一方で、声はどんどんかすれていった。
クロくんにはストレスのことを伝えなかった。……優しい彼には、重すぎると思ったから。
お医者様には、もう手遅れだと言われ、その目はどんどん、哀れみの色に染まっていった。
そしてついに、声を失う当日がやってきた。
本当は『予定日』で、その大まかな日にちの中の一日でしかなかったけど、直感で今日だと分かった。
だから、普段は言わないわがままを言って、クロくんにきてもらった。
シロさんは、今日はいなかった。無駄に勘のいい人だ。
「ミナ? どうしたんだ? 珍しいな、ミナがワガママ言うなんて……でも、オレは嬉しかったよ。それで、どうしたの?」
「……」
声はもうがらがらで、とても聞き取れる状態じゃない。
クロくんはきっと、その声で気づいてしまう。だからーー!
「……クロくん、こっちきて」
勇気を出して、その一言を発した。
「……ミナ、その声……もしかして」
やっぱり、彼は感づいた。
私は何も返さなかった。すると、彼も黙って、こっちに来てくれた。
私は彼の耳元で、最後の一言を発した。
「ーー私も、大好きだったよ。今まで……ありがとう……!」
彼は、「ミナ……?」と声を出したが、彼女がその声に応じることは二度となかったーー
自分のスマホをみたクロは、自分のメモに書かれたその一言に気づく。自分のこのメモのせいで、ミナの声がうしなわれたと言うことも。
そして彼は、震える声でこういった。
「……俺は、こんなこと書いてない」
しかし、彼にはこの人ことを書いた人物に心当たりがあった。
彼がミナとつきあう前まで付き合っていた、元カノ。
元カノは、まだクロに未練があった。
それで、負け犬の遠吠えのごとく、その一言を書いたのだ。
その行動が、最愛だった元彼の幸せを壊すとは知らずにーー
どーもどーも、はじめましての方も、初めましてじゃない方もこんちゃっす! 狐塚キキともうするます!(キリッ)
いやぁ今回のこの短編、実はスマホだけで書いたんですよ! ですから誤字脱字も多く……。まあ、大目に見てください!
今回のお話であまり登場しなかった百目鬼シロ様ですが、まあシリーズものなのでね、シリーズのどこかの短編で活躍する事でしょう! じゃあ、もしよければ次の短編でお会いしましょう、バイバイ!