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第6話 朝鮮戦争①


 昭和25年~35年

 

「てめえも死ね!」

 狭山が唖然としている石橋にまで襲いかかる。ゾーリンゲンのナイフを振りかぶったとき、松山が止めた。

「狭山君。やめなさい!その男を殺したら、親分が困ることになりますよ!」

 潤一の意思を伝えて、ようやく思い止まった。

 

 対岸から小舟に乗って来た荻原潤一が状況を確認する。赤鈴隊を名乗った愚連隊は四散している。残った者らは傷ついてその場に伏している。モグリの闇医者が、野戦病院の軍医さながらに診察して回っている。

 死体がふたつ。ひとつは戦車の中。もうひとつは喉から大量の出血をしての失血死だった。

「俺が荻原組三代目・荻原潤一だ。おめえらの大将はどいつだ?」

「いねえよ。もう逃げた」

 声の主を見る。

「おめえは?」

「真正赤鈴隊の石橋だ。降参する。だから、怪我人たちは助けてやってくれ」

 本人はかすり傷のようだ。動けない仲間を守るために残っていたのだろう。こいつと話をまとめる。

「いいだろう。おい。あのトラックに乗せて、先生の診療所に運んでやれ」

 秩父から連れてきた手下が、落とし穴に嵌ったトラックを引き揚げ始めた。

 

 石橋と戦後処理について話す。

「覚悟はできてるな?」

「ああ。完敗したんだ。こっちのシマも譲るし、組に入れてくれるってんなら、ここにいない者もあとでまとめて連れてくる」

「それと、懲役に行ける奴を4、5人よこせ」

 中沢とキムの殺害容疑。傷害、騒乱、爆破などの罪を着てもらう。

「おめえら愚連隊の仲間割れ、ということで口裏を合わせとけ。ウチの名前は一切出すな」

「わかった。何でも言うとおりにする」

「で、あいつは?」

 失血死した遺体を指す。

「キム・イスン。朝鮮グループの頭だった男だ」

 一目でわかる。狭山の仕業だ。潤一は舌打ちした。

(見せしめは中沢だけでよかった。キムは余計だったな)

 キムに朝鮮人たちをまとめさせたかった。愚連隊の中でも一際ハングリーな一派は、当然荻原組から離れて行くだろう。

 

 負傷者をトラックの荷台に積み込み、立ち去ろうとしたときだった。潤一に襲い掛かってくる者がいた。

「ヒョンニム(兄貴)の仇だ!」

 片手でドスを振り回している。まだ17,8の少年だ。潤一はタイマンやステゴロは得意ではないが、獣のようによけるのがうまい。

「おいおい。ドスの使い方がなっちゃねえな」

 すぐに取り上げて、腰だめに構えて手本を見せる。

「こう、するんだよ!」

「わああ!」

 少年が両手で腹を庇う。ドスが手の甲を突き抜けたところで、抜いてやった。

「ヒョンニム~チェソン…へヨ(ごめん)」

 と言って、失神した。

「このガキ!」

 狭山がとどめを刺そうとするのを制する。

「敬司、やめろ。全くおめえは、何でもかんでも刺してんじゃねえ」

「…すまねえ。潤ちゃん」

 叱られた飼い犬がしょんぼりする。

 向かってきた少年は、金田勝敏という二世の在日朝鮮人だった。トラックの荷台に放り込み、手の傷は治療させてやった。


 昭和25年(1950年)6月。米ソに分割統治されていた朝鮮半島で戦争が始まった。スターリンの承認を得た金日成が、「祖国統一」の名のもとに38度線を越えて侵略を開始したのだ。

 朝鮮戦争は日本の独立発展を促した。アジア全体が共産主義化することを恐れたアメリカは、反共の砦とするべく日本の独立(サンフランシスコ平和条約)を認めて、武装解除した国に再軍備を強要した。日米安保条約と自衛隊創設である。


 そして日本に、朝鮮特需という好景気をもたらした。戦争によって焦土と化した国土が戦争によって復興する。

(こっちの方がよっぽど神風だぜ)

 戦時中の妄信とは違う、経済原則どおりの好機が到来した。

 だが、三代目荻原組はその流れに乗り遅れかけていた。


 所詮は愚連隊だった。枯れ木も山の賑わいと仲間に引き入れた赤鈴隊だが、規律がない暴力装置はゼロどころかマイナス要因だった。相手構わず喧嘩を吹っ掛けては、組長である潤一が相手方に謝罪する。大宮や松山が何を言っても言うことを聞かないようだ。 

 劇的な初戦を勝利して一目置かれたはずの荻原組も、渡世の信用をなくしかけている。

 いわく、辺り構わず噛みつきまくる狂犬集団。組長は愚連隊もまとめきれない若造。さっそくメッキが剥がれた。

 渡世の先輩たちは潤一に助言する。

「あんたはまだ若いんだし、明王会か大吉さんに後見人になってもらったらどうだい?」

 博徒集団の明王会とテキ屋組織を牛耳る大吉連合は東京の二大組織だ。どちらかが後見人になれば、組の運営は安定するだろう。

(だがそれじゃあ、大所帯に吸収されんのは目に見えてんぜ)

 後見人がやがて親分面をし始め、組を乗っ取るというのはこの渡世では腐るほどある話だ。

 何よりほかの連中に組を出入りされるのは我慢ならない。これは俺の組だ。

 とはいえ、シノギの方も順調とは言えない。例えば、博打で負けて借金のカタに押収した赤羽の大衆キャバレー。好景気のいま大都市でブームになってはいたが、下町という土地柄からか銀座のような賑わいはなく閑散とした日々が続いた。

(シノギももっと大胆に変えないと、ジリ貧だな)

 ため息が漏れた。


 新たな船出をした3年後の昭和28年(1953年)、松山が提案してきた。

「親分。いい伝手が見つかリました。捕虜収容所で知り合った、もと参謀本部の捕虜で瀬川という男です。この男はいま尾藤商事という商社に勤めていますが、政治家、官僚、企業など軍隊時代からの人脈が豊富です。ここでつながっておきましょう」

「商社マンってやつかい。ヤクザとは無縁の人種のように思えるがな」

「今、荒っぽい仕事を下請けしてくれる団体を探しているようです。先代の荻原組は力一辺倒の組織でした。でも、戦争に負けたこの国で、それではいかんのです。金と人脈が必要です。すぐに挨拶に行きましょう」

 珍しく興奮気味だ。重い腰を上げた。

(元軍人には、いい印象がねえんだよな)

 殺した男の顔がよみがえる。


 尾藤商事。その別館。

「こんなとこで会うのか?料亭とかの方が」

「質実剛健。瀬川さんの希望なんです」

 Annexという単語で身構えたが、商事会社の別館はプレハブという建物だった。戦後復興用に開発された軽量鉄骨建築だ。

 常務室という札が提げられた部屋の中にいたのは、白いワイシャツに黒ネクタイの武骨な男だった。歳は40半ばと聞いている。

「失礼します。瀬川さん」

 タイプライターで文書を作成していた瀬川に松山が声をかける。

「おや。もうそんな時間ですか。どうぞ、お掛けになってください」

 部屋の主は自ら立ち上がってお茶の用意をする。

(大会社の常務なんだろ。秘書くらいいねえのか?)

 それに、こんな極道者にまで丁寧な言葉遣いだ。

(俺は軍隊は知らないが、こういう連中が集まってる所なのか?)

 佇まい、物腰、姿勢のすべてにおいてピシっと筋が通っている。このところ愚連隊の相手をしているせいか、特に背筋の伸びた凛然とした姿勢に新鮮さを感じる。

 

「荻原さんはおいつくつですか?」

「23歳です」

「23歳…」

 しばらく潤一をじっと見る。

「あなたが、あの九七式を蘇らせてくれたそうですね。私も見てみたかった。いや、乗りたかった。はは」

 どう対応していいかわからず、松山は愛想笑いを浮かべている。

「失礼。では、仕事の話を」

 



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