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ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
9/30

9 夏休みの思い出

バサラさんの夏休みの思い出、ラジオ体操にハンコも押してもらえないのにそこそこ真面目に通った。

朝顔を毎朝見に行きいくつ咲いたか数えた。

千紘のプールについて行って溺れている男子児童を助けた、これは表彰もの。

大阪ドームに野球を見に行きホームランボールを素手でキャッチしたが、ぽろっと落としてしまい、近くにいた眼鏡に取られた、これは猛省。

そしてこれが一番重要、岡山旅行だ。


千紘の伯母と千紘のいとこの女の子の双子と、家のお祖父さんとお祖母さん千紘の六人で岡山の倉敷に旅行に行ったので俺も同行した。

そう、ここで俺は地元民とのハートフルな触れ合いに成功したのだ。

まあ一行で説明すると、見知らぬ爺さんが散歩中川に落ちそうになったので咄嗟に手を伸ばしたら爺さんの手を掴めた。

ここで聡い俺は思い出したのである。

駅前であの悪徳政治家をぽかりとやってやれなかったことに。

あの時と今の違いは何だろう。

俺は必死に絞り出した。

そして昼食の俺の分のないデミカツ丼を見て確信した。

千紘だ。

俺が人に触れられるのも、飯を食いたいって思うのも、千紘が近くにいる時に発動するのだ。

恐らく駅では離れすぎていて、県外なんて論外。

せいぜい範囲は隣の丁ってとこだろう。

二丁目の婆さんの家で強盗を撃退できたんだから。


長いこと解けなかった謎が解けたことで俺は有頂天になった。

そうか、千紘だったのか。

お前かよー。

もー。

でもこれで、千紘という謎は残った。

お前一体俺の何なの?

ひょっとして前世で俺の父親だったりした?

まさかなー、ないない。


俺は旅行中大変快活に幽霊の優等生として過ごした。

美術館では空気を読んで静かにし、お土産屋さんでは千紘に出世払いするからと言って饅頭を買ってもらった。

まあ、買ったのは祖母さんだけど。

三十個入りだから二三個なくなってもばれまい。

だってフルーツパフェは我慢したもん。

滅茶苦茶食いたかったけど涙を飲んだもん。


そんなわけで俺はますます千紘から離れるわけにいかなくなった。

美味しい物が食いたいもそうだが、いざって時に自分の手で戦えないのは辛い。

昔取った杵柄が役に立たないとか悲しすぎる。

まあ、必殺神速ラッシュが使えなくても今の俺には魔球があるからな、問題ない。

夏休みの夕方、近所にまるで流行っていない公園があるのでそこで千紘と毎日キャッチボールをした。

俺の分のグローブはないので俺は素手だが、俺は有り難いことに痛みを感じないので、恐らく千紘が百七十キロ出せるようになっても大丈夫だ。

いつか人類最速の男になってくれ。

つーか、NPBどっか俺雇わない?

ブルペンキャッチャーできそうよ。


しっかし危ない公園だ。

道のどんつきにあり、大きな木が公園をぐるりと囲むように隙間なく植えられ中が本当に近くまで行かないと見えなくなっている。

幽霊とキャッチボールするにはお誂え向きだが、変質者にとっても最高の環境だ。

誰だよ、こんなとこに公園作ったの。

ブランコと滑り台と鉄棒しかねぇし、シーソー作れよ。

因みに俺逆上がり超絶上手いんだぜ。

あー、体育の授業とかあったら俺ヒーローになれんのにな。

足も速いし、顔もいいし、踊ったりもできるよ。

因みに縄跳びも上手い、三十とびできるし。

あー、俺結構自慢できることあるんだけどなー。

ひめさまー。

今どこですか?

会いたいです。


姫様はもう生まれてるのかな。

もし大人になっていたら俺わかるかな。

十五までしか知らないもんな。

もし老婆になっていたら、うーん。

まあ何とかなるか。

魂が一致したらわかるはずだ。

きっと俺の髪の毛が不自然に逆立つに違いない。

いつまでも待っています。


二学期になっても俺は千紘と一緒に学校へ行っては高学年の授業を受け、頑張って勉強した。

体育の授業にこっそり参加し跳び箱を飛んだり、誰にも拍手してもらえないがバク転したりして楽しんだ。

放課後千紘が友達と遊ぶ時はついて行かなかった。

男には男だけの世界があるものだからな、邪魔はしたくない。

千紘が帰ってくると飯の時間までキャッチボールをしたり、宿題をする時は近くでお声がけを待ち浮いていた。

夕飯が摘まめそうなものならご相伴に与り、夜はパトロールに出かけた。

十二月には初めてのクリスマスケーキを食べ、正月は黒豆と田作り栗きんとんなどをこっそりお重箱からいただき、三が日が終わり祖母ちゃんがパートに行き始めると冬休み千紘は家で一人なので、二人でホットプレートで餅を焼き、醤油をつけ海苔を巻いて食べたり、きな粉をまぶしたり、味噌汁に放り込んでお雑煮にしたりして食べた。


次の年の夏休みは長崎のハウステンボスに、岡山に行ったメンバーで二泊三日した。

チーズが滅茶苦茶美味しかった。

オランダに行ったはずなのに宇宙船のクルーになったりもした。

俺は外国には行けないので異国気分を味わえ嬉しかった。

幽霊なんだから何処だって自由に行けると思われるだろうがそうではない。

もうかなり昔のことだが俺はニューヨークはマンハッタンに渡ろうとした。

姫様はひょっとしたら日本にいないのかもと思ったのもあるが、単純に行ってみたかった。

だが日本から出ようとすると謎の力が働き押し戻された。

俺がこの国に縛られているからだろう。

俺はこの地で生まれ、生き、死んだのだから当然だ。

俺はこの国で人間がする全てをしたんだから。

いいんだ、エンパイアステートビルもニューポートビーチも映画で見るからいいんだ。

ミッキーさんだって千葉にあるんだし。

ああ、でも壮大な自然、奇跡のような絶景、あー、ブロードウェイ、スーパーボウル。

分厚いステーキ、お口よりでっかいハンバーガー。

うう。


次の年もいつものメンバーで沖縄に行った。

シーサーの描かれたTシャツが無性に着たくなり、千紘に言おうかと思ったが着れないのでやめておいた。

海が青くて綺麗だった、何処までが空でどこからが海かわからないような色をしていた

もずくの天ぷらが美味しかった。

もう一度食べたい。


その次の年は広島に行き、厳島神社の鳥居を満潮時に飛んでくぐった。

千紘だけがこっそり笑っていた。

夕飯を皆が食っている間にマツダスタジアムに行き、今日こそホームランボールを取ろうと意気込んだが、投手戦となり、両チームとも内野ゴロの山を築き、打球が飛んでこなかった。

ファウルボールでもいいから取って千紘に見せたいと思い試合終了まで粘ったが、何も持ち帰ることはできず、とぼとぼと肩を落とし帰路につく。

野球はボールを遠くへ飛ばすスポーツだろうが。

転がすスポーツじゃねぇぞ。

ホテルに帰ると千紘が中国地方限定だというコンビニで買ったカープウーロン茶をくれた。

四タコだったがついさっきまで見ていた選手なのでテンションが爆上がりし、喉が渇いていたのでごくごく飲んだ。

美味い、夏に飲む冷えたお茶は最高のご馳走。

生き返るわー。

俺の半分も生きていない子供に慰められるとは情けないと思ったので、いつかこの恩は倍にして返すからなと言ったら、お茶ぐらいいいよと言われた。

千紘、いい子だ。

そのまま真っ直ぐ育って欲しい。

神様、姫様の次に千紘を幸せにしてください。

お好み焼きは食べられなかったが帰りにもみじ饅頭を買ってもらい、家に帰り千紘にこっそりもらった。

クリームもいいけど、俺はやっぱりあんこが好き。

お土産っていいよな、だって旅行が終わっても旅の余韻が楽しさが続いてるんだもん。


俺は四百年の間姫様を探し全ての都道府県を制覇していたけど、綺麗な景色は沢山見たんだろうけど、何にも憶えていなかった。

美味いもんも当然食ってないし、お土産屋さんを見てもときめかなかった。

結局誰かと一緒に行くのが楽しいんだな。

同じものを見て、同じもの食って笑って、家に帰ってからもテレビで行ったところが出てきたり、本屋で雑誌に載ってるのを見たら何か嬉しくなるもんな。

人間は思い出の塊だ。

楽しかった思い出って一生忘れないもんな。

だって俺がそうだよ。

姫様のことこんなに時間が経ったのに俺忘れないもん。


千紘が小学校五年生の夏休みは北海道に行き、見事なラベンダー畑を見た。

この綺麗な景色の中に姫様がいたらどれだけ素晴らしいだろうと思った。

姫様がいたら近所のスーパーだって俺には世界遺産だよ。

皆で美味いもんをたらふく食って、お土産も沢山買った。

マルセイバターサンドが美味すぎたので、千紘に世界一美味いんもん決まったな、マルセイバターサンドだよと言ったら、去年おとなりさんに博多通りもん貰った時もそう言ってなかったと言われたので、世界一美味いものの議論は続いていくこととなった。


これが六人で行った最後の旅行になった。

その年の十一月、千紘のお祖母さんは亡くなった。

享年六十歳の早すぎる死だった。












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