8 最近確認することが多い
「あ、起きた。おはよう」
「…おはよう」
「よく寝てたね。もうお昼だよ」
「…俺、寝てた?」
「うん。ぐっすり」
俺はどうやら目が覚めた、らしい。
眠っていたのか、俺が。
千紘はいつもの特に何も思ってなさそうに見える顔で俺を覗き込んでいる。
「朝起きたら、ベッドにバサラいたからびっくりした」
「すまん。勝手に潜り込んで」
「別にいいけど。幽霊も寝るんだね」
「嫌、寝たの死んでから初めて」
「そうなんだ」
「おう。寝てたんか、俺」
夢も見なかった。
四百年間以上あくびすらしたことなかったのに。
「眠ってしまったのがショックなの?」
「いんや、別にそういうわけじゃ」
「今日はお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも家にいて、お昼はカレーだから食べさせてあげられないけど、後でお菓子持ってくるよ」
「あんがと、いつもすまねぇな」
あれ、俺ペット?
あれじゃん、家族に内緒で空き家とかで捨て猫飼ってる小学生と猫の会話じゃん。
誇りを取り戻せよ、俺。
でもあれだから、俺はこれからこの街の治安守るから。
お菓子は活動費、お布施ってことで、何卒、一つ見逃してくだせぇ。
俺はベッドで起き上がり、胡坐をかき、頭をボリボリと掻く。
「お前野球の練習は?」
「大雨で中止。台風来てるんだよ」
「へー」
確かに凄い風の音がする。
「これじゃ外出られないね」
「俺は雨に濡れないから大丈夫だけど」
「そうなんだ」
「うん」
「便利だね」
「そうだな、便利だ」
昼飯を食い終えると千紘が動物ビスケットを持って来てくれた。
「よし、当たり。ゴート」
「何で当たりなの?」
「千尋、ヤギにはな、史上最高って意味があるんだぜ。憶えときな」
「そうなんだ」
俺は千紘に落書き帖を持ってこさせ、greatest of all timeと書き、g、o 、a、tに丸を付ける。
「な、GOATだろ、グレイテストオブオールタイムって読むんだぜ」
俺は手にしたヤギのビスケットを千紘に見せる。
「バサラ凄いね。英語わかるんだ」
「おうよ」
ホントはそんなにわかんないけど。
まあ単語位ならちょっとは。
「英語喋れる?」
「まあ少しは」
「何か喋って」
「えっと、あ、ほーす、あ、ほーす」
「何?」
「馬をくれってこと」
「馬欲しいの?」
「嫌いらねぇけど、あ、あいはぶあどりーむ」
「何?」
「私には夢がある」
「大恩人に会うこと?」
「そう、それ」
やばい、見栄はっちゃいけねぇな。
ハローとかコングラッチュレーション、アイラブユーくらいしかわかんねぇよ。
ボロ出す前にやめよ。
「次千紘の番」
俺はゴートを口に放り込む。
ビスケットのさくっと感と薄さ、ちょっとしょっぱいのが絶妙なハーモニーを奏でる。
これは長い時間愛されるわ。
俺も愛してる、俺の初ビスケット。
千紘が袋から一つ引き俺に見せる。
「何て書いてるの?」
「カウ、牛」
よかったー。
これくらいなら全部わかるかも。
年上の威厳ってやつを見せねば。
今こそ俺の四百年が無駄ではなかったってことを証明するぜ。
「お、これも当たり。ライオン」
「ゴートが当たりじゃないの?」
「ライオンも強いから当たりだろ」
「これは?」
「シープ、ひつじ」
難しいの出んなよ。
ラビットとかキャットとかにしてくれ。
「お、ペンギンだ。当たり」
「何で?」
「可愛いからだよ」
「ひつじも可愛いよ」
「ペンギンはもっと可愛い」
「これは?」
「マウス、ねずみ」
「可愛い?」
「微妙」
「お、これも当たり。バット、こうもり」
「何で当たりなの?」
「かっこいいだろ?」
「まあ、そうか。あ、これわかる。ホーク、鷹」
「お、じゃあこれもわかるな」
「タイガー、虎」
「じゃこれは?」
「イーグル、鷲」
「おお、偉い偉い」
「燕あるかな?」
「探そうぜ」
「鯉は?」
「魚だからな、でも形としては簡単だよな」
「ドラゴン」
「あれ動物じゃねぇぞ」
ビスケットを食べ終えると、千紘が隣の部屋から人生ゲームを運んで来たので二人でした。
俺は医者で子宝にも恵まれそこそこのお金持ちになったので、この金の百分の一でもいいから貰えないかなとさもしいことを思ってしまった。
簡単に忘れんなよ、忍びの矜持。
夕飯はハンバーグで残念ながら当然三つしかなく、俺は付け合わせのブロッコリーと人参をつまみ食いしようかと思ったが、数が綺麗に三等分になっていたので断念し、千紘にパトロールに行くとかっこいいことを言って出かけた。
確かめなくてはならない。
最近多いな、確かめること。
取りあえず、千紘の家だから眠れたのかを確かめなくてはならない。
俺は市内全域のパトロールを済ませてから、お隣の良く吠える犬のお家にお邪魔した。
中年夫婦と会社員の娘二人の四人家族。
女性陣のベッドに潜り込むなんて卑劣なことは俺はやらない。
中年のメタボおじさんのベッドはあり得ない。
ってことでリビングの良さげなソファに皆が寝静まった頃寝っ転がり、瞼を閉じてみる。
結果、寝た。
サンプルが一つでは心もとないので、次の日の夜もパトロールを済ませてから、二丁目の婆さんの家に行き、山本周五郎の文庫本を天井に張り付いて読み、不器用な男の一途で献身的な愛に涙し、婆さんが眠ったのを確認してから、押し入れに入り寝っ転がった。
結果、寝た。
ってことは何処でも眠れるんだな。
でも一軒家じゃないと駄目とかいう縛りがあるかもしれないと思い、俺は千紘の家からそんなに離れていない所にあるアパートに行ってみた。
大学生の一人暮らしの部屋だ。
かちかちの座布団を借りて寝っ転がった。
男子学生はいびきが酷かったが、それでも俺は眠り、朝起きて迷惑料として何か食わしてもらおうと冷蔵庫を見てみたが、ポカリスエットと飲むゼリーにトマトジュースとバターロールくらいしか入ってなかったので、寧ろ俺が千紘の家から何か貰ってこの冷蔵庫に食い物を増やしてやりたいと思った。
グッバイ、大学生、元気でいろよ。
一軒家じゃなくても良しと。
俺は千紘について小学校にも行ってみた。
俺が授業を見ていたら千紘が落ち着かずのびのびと学習できないだろうから、五年生と六年生の教室で授業を聞いて過ごした。
因みにバサラさんは九九言えますからね。
そんじょそこいらの幽霊とは違うんよ、実際会ったことないけど。
今こうやって真面目に授業を受けていたら、いつか千紘に勉強教えてやれるかも。
家庭教師幽霊。
略してカテキョユ。
誰か雇ってくんないかなー。
ナイーブな子供とかでも俺上手くやれるよ、距離感も間違えないし。
大手さんと違って、安くていいし。
日給二百円。
つーか、難しいことやってんのね。
二等辺三角形って、内角の和って。
算数は面白くないけど、国語はいいなぁ。
せんせーい、俺そのじつげんかのうって漢字書けまーす。
今なら国語俺百点取れるかも。
そうしているうちに夏休みになり、終業式の日朝顔の鉢植えを持って帰ることになった。
明らかに重そうなので千紘に持って帰ってやるぞと言ったら、いいと断られた。
「重いだろ。空飛んで持って帰ってやるよ」
「いいよ。他に重いのないし」
「でもよー」
「自分のことは自分でしないと。一生バサラがいるわけじゃないんだから」
「まあな。でも今はいるんだから、甘えろよ。子供なんだから」
「いい」
「頑なだな」
俺はそれ以上言わなかった。
今の調子でいったら俺は千紘のひ孫くらいまで見れそうだけどなと密かに思っていた。
だっていつまでたっても俺の姫様センサーはビビビと作動しない。
姫様、お元気ですか?
会いたいです。
この間近所のスーパーの閉店後七夕の短冊コーナーに大好きな人に会えますようにと書いた。
神様、俺織姫と彦星以上に姫様に会っていません。
片思いだったから、しゃーない?
えー。
そんなー。