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ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
7/17

7 用心棒

生き物に触れられるのは場所が住宅街に限るとかなのではということに気づいたので、せっかくなら観光地の住宅街を目指そうと思い、四国は松山に来てみた。

もう何回も来ているので松山城も新鮮ではないのだが、入ってみるとやはり城はいい。

天守閣に登ったり、坊ちゃんカラクリ時計に登ったりと楽しく過ごした。

道後温泉の前で写真を撮っているカップルがいたので、記念写真にダブルピースで参加したが写ることはなかった。

しょんぼり。

千紘に坊ちゃん団子をお土産に買いたかったがお金を一円も持っていないため、寂しく手のひらを眺めた。

現金収入の道はないだろうか。


誰かー、戦国の敏腕忍び雇いませんかー。

日給三百円くらいでいいんですけどー。


松山で四泊すると金曜日になった。

何も成果は上げられなかったが、プリンの約束もあるので千紘の元へ向かう。


「お帰り。何処か行ってたの?」


「ちょっと四国まで」


「何しに?」


「調査に」


「そう。プリンあるから、お祖母ちゃん帰ってくるまでに食べなよ」


「じゃあ、遠慮なく」


松山じゃ結局何も食べなかったな。

美味そうなものはいっぱい見た。

鯛の刺身とか鯛めしとか魚料理がどれも美味そうだったが、食べたいとは思わなかった。

この家に来ると食欲がわく、これは何だろう。

やっぱりこの家に何かあるのか?

だってこのプリンはスーパーにある、それこそ日本中で売ってるやつだ。

俺も千紘に会う前から存在を知っている。

何なら発売当初から知っている。

でも食いたいと思ったのは、この家で見てからだ。

おかしいぞ、これ。

この家には何か秘密がある。


ひょっとしてあれか。

千紘が姫様か?

まさかー。

そんなの絶対やだ。

姫様はあの姿じゃなきゃ絶対やだよー。

あの可愛らしい姿でもう生まれないなんて人類の損失だろ。

阻止だ阻止。

絶対阻止。


「プリン美味しい?」


「ああ、美味いよ」


「良かったね」


「ごめんな、何も土産なくて」


「また空飛んでくれたらいいよ、それより、二丁目の一人暮らしのお婆さんの家に強盗が入ったんだって」


「そうか」


「お婆さんは自力で脱出して、無事だったんだけど、変なんだよ」


「何が?」


「犯人、三人組だったんだけど、三人ともお婆さんの部屋で熱中症で倒れてたんだって」


「へー」


何だよ、俺が強すぎるんじゃなくて、元々身体弱ってたんか。夏にあんな暑い格好してるからだよ。

馬鹿が、でも自業自得だろ。

お年寄りを怖がらせるような人間は百億倍の報いを受けなきゃならねぇよ。

やっぱり蹴りも入れておくべきだった。

生ぬるい。

あの頃の俺なら…。

嫌、そういうの良くないな、ラブアンドピース。

平和の使者バサラさん。


「でも不思議なんだって、お祖母ちゃん足縛られたらしいんだけど、気が付いたら、解けてたんだって」


「ほー。不思議だ」


「バサラ何かした?」


「え、何で?」


「お婆さんの家に強盗が入ったのが金曜日の夜で、あの日からバサラ来なくなったから」


「お前エスパー?」


「違うけど」


「そうだよ。婆さんの家に入ったら強盗がいてさ、俺が奥義神速パンチを出してやっつけたんだ」


「そっか。やっぱりバサラだったんだ」


「おう」


「バサラ本当は強いの?」


「強いぞ」


「じゃあずっと家にいてよ」


「へ?」


「悪い奴からこの街を守ってよ」


「用心棒ってか?」


「うん」


「用心棒なんて知ってるんだな。お前ホント賢いな」


「ゲームに出てくるよ」


「そっか。俺の用心棒っていったら三船敏郎だな」


「何それ?」


「映画だよ。椿三十郎とか七人の侍とか面白かったな。あのな、顔見たらびっくりするぜ。あんな立派な顔した男、世界中探したっていねぇよ」


「どこで見れる?」


「祖母ちゃんのスマホで検索してみな。ミフネトシロウ」


「ミフネトシロウ」


「お、祖母ちゃん帰って来たな」


「うん」


今夜の夕飯は冷やし中華だったので、つまみ食いはやめておいた。

外は大雨なので、千紘を連れて空を飛ぶこともできないので、二丁目の婆さんの様子を見に行くことにした。


今日は玄関から入る。

婆さんは立派な仏壇の前で正座して何か唱えている。

ぎゃーてーはらぎゃーてー。

あ、般若心経か。

俺も婆さんの隣の座り、唱える。

俺実は全部言えるし書けるんよ。

博識幽霊。

略してはくゆう。

仏壇には丸顔の爺さんの写真がある。

婆さんの旦那だろうか。

この間はゆっくり家を探検できなかったが、広い家だな。

部屋いっぱいある。

あ、お仏壇に水ようかんお供えしてある。

食いたい。

あれ、食欲あるじゃん。

千紘の家関係ないってことか?

スーパーにあるやつじゃなくて、これ本格和菓子屋の高いやつじゃない?

婆さん、いいもん食ってんな。

まあでも一生懸命生きてきたんだもんな、この間あんな怖い目にあっても頑張って夜道を一人で走ったんだもんな。

水ようかん腹いっぱいに食ってくれ。

でも、一個くらい良くない?

あ、でもこの間強盗に入られたのに水ようかん一個無くなったら婆さん心臓キュってなっちゃうかも。

ダメだ、俺は婆さんとこの街を守るんだろ?

水ようかんは千紘に頼もう。

あれ、俺、ヒモみたいじゃない?

ヒモ幽霊。

幽霊紐、妖怪みたいだ。

こんなことしてて大丈夫かなぁ。

ひめさまー。

そうだ、俺はこの街の治安を守るんだ。

用心棒っていう渋さはないから、守護天使。

ラファエル伐沙羅。


婆さんは素麺を二把手早くゆでると木綿豆腐にすりおろし生姜とオクラの茹でたのを乗せて青じそドレッシングをかけた。

スーパーの総菜コーナーで買った鶏の唐揚げをパックのまま食べ、プチトマトもパックのままテーブルに乗せ、テレビを点け野球中継を見る。

いいなぁ。

素麺、ちゅるちゅるして美味しそう。

何か一つくらいつまんでも罰は当たらないんじゃないかなぁ。

死んでるんだし、お供え物を貰っていい身分なはず。

俺は冷蔵庫にお邪魔させてもらう。

牛乳、却下。

卵、却下。

塩銀鮭、焼かないと食べられない。

魚肉ソーセージ、一本しかないのでダメ。

鮭フレーク、食指が動かない。

しらす干し、カニカマ、ちょっとだけならばれなさそうだけど、ちと寂しい。

6Pチーズ、さらなので却下。

バター、あんずジャム、マーマレード、塩昆布、うーん。

プリン、さっき食べた。

ヨーグルト、スプーン使うのはちょっと。

ヤクルト、二本しかない。

蜜柑の缶詰、こんなデカいもの消えたら警察沙汰だよ。

スーパーカップ、バニラと抹茶が一つずつ。

冷凍ギョーザ、焼かないと食べられない。

冷凍パスタ、冷凍炒飯、冷凍ピザ、電子レンジが必要。


ダメだ、ない。

今夜は諦めよう。

まあ、婆さんは見たところ元気そうだな。

食欲もないわけじゃなさそうだ。

飯食った後、ヨーグルト食って、野球中継見て悪態ついてたし。

婆さんは野球中継が終わると風呂に入ったので、俺は立派な本棚の有る部屋に行き、江戸川乱歩の文庫本を婆さんが入って来ても大丈夫なように天井に張り付いて読んだ。

犯人がわからない曖昧なまま終わり俺は少し背筋が寒くなる思いがして、千紘の家に帰った。

千紘はもうベッドに入りすやすやと眠っていた。

その健やかな寝顔を見ていると俺は何故かあくびが出た。

四百年出なかったのに。

俺は江戸川乱歩が怖かったのか、大雨で気温が下がり肌寒さという感覚を思い出したのかはわからないが、ベッドに潜り込み千紘を抱きかかえた。

丁度いい大きさだ。

子供の体温心地いい。

俺は雨に濡れない。

この世の理に反しているからだ。

寒さも感じないし、暑さも感じないはずなんだけど、今夜は違った。

まあ、気のせいだろう、明日にはきっと元に戻っている。

本日二回目のあくびが出た。

千紘から手は放したが、ベッドからは出て行かなかった。

動くのが億劫だった。

だってこのベッド千紘一人で寝るには大きいし、ちょっとだけ休んで朝になる前に出て行こう。

まさか眠ったりしないだろう。

俺は四百年間一度も寝てないんだ。

あくびだって気のせいだ。

これは夢なのかもしれない。

なら覚めて欲しいのか覚めないで欲しいのかわからなかった。

だってこの瞼が下がっていく感覚が心地よくて。

もし夢なら姫様が出て来てくれることを願ったけど、本物の姫様の方がいいに決まっているので、今のなしでと心の中で唱えた。
























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