5 三日間
夜空に流星のように消えていくとか世界一かっこいい去り方をしたのに、またしても俺は子供、千紘に会いに来てしまった。
嫌、違うんだよ。
この三日間俺だって何もせずひたすら食いもんのこと考えてたとかじゃないんだよ。
この三日間でわかったのは俺はこの家以外で飯が食いたいと思ったりしなかったってことだ。
これ重要じゃないか。
そもそも俺は幽霊になってから腹も空かないから、美味そうな食い物を見ても食べたいとは思わなかったんだ。
それが千紘の家に来るとどうだ、何か食いてぇなって思う。
これなんだろう。
千紘、お前俺に何かした?
俺は千紘の帰りを玄関の前でぷかぷか浮きながら待っていた。
お隣に大きな犬がいるから近づいたら見えてるのか見えてないのかわからんが吠えられた。
「お帰り」
それ、俺のセリフじゃない?
言われちゃったよ、先に。
孫のようなどころか、人生四周分くらい年下の子供に。
「ただいま」
「何か食べる?」
「食べたいです」
「じゃあ、入って」
「うん」
かっこいい大人のお兄さんどこいったよ。
まあいいか。
謎を解明せねば。
何故俺は千紘にだけ見えるのか。
何故俺は千紘といると何か食いたいと思うのか。
うーん。
「お邪魔します」
お行儀いいでしょ、俺。
靴は履いてないから揃えないけど。
スニーカーいいなぁ。
一回くらい履いてみたかった。
あの頃の俺達がこれ見たらびっくりするだろうな。
こんな綺麗な赤と青の履物があるんだぜって、皆に触れ回りたいよ俺。
「何食べる?」
「何がある?」
千紘は冷蔵庫を開ける。
俺も覗き込むが今日はプリンはないらしい。
ちっ。
心の中で舌打ちするが、声に出してないのでカウントしないで下さい神様。
「コーヒーゼリーと、みかんのゼリーがあるけど、どっちがいい?」
「コーヒーゼリー」
昨日喫茶店で見たな。
アイス乗ってるやつ。
でも食いたいと思わなかったんだよな。
千紘が冷蔵庫から出してくれたのはスーパーに売ってる三連パックの安いやつで明らかに昨日見た喫茶店で若い女の子の集団が食ってた方が美味そうなはずなのに、俺はこっちが食いたいんだ。
何だろう。
千紘がいるからか。
こいつやっぱり本人気づいてないだけで何らかの能力者なんじゃ。
千紘がスプーンを出してくれて、椅子に座ったので俺もお行儀よく向かいのこの間祖母さんが座っていた席に座る。
椅子は四脚ある。
この家は三人家族だから一つ余る。
つまり俺がいても差し支えないだろう。
居候幽霊。
略していそゆう。
俺はミルクをどろりと垂らし、初めてのコーヒーゼリーをややおきめの一口で食べる。
冷たくて甘くてすっきりとした味わい、コーヒーの苦みとミルクのコクが絶妙なハーモニーをお口で奏でる。
食レポ難しいな。
幽霊食レポ。
略してゆうしょく。
「美味い」
「良かったね」
「滅茶苦茶美味いよ。何だよこれ」
「何か食べたい物あるならお祖母ちゃんに言っておいてあげるけど」
「嫌、そんな図々しいよ」
「だっていつ成仏しちゃうかわからないでしょ?」
「まあそうだけど。嫌死なねぇよ。人探してるって言ったろ」
「だいおんじん」
「そうだよ。その人を見つけるまでは死ねない」
「夕飯食べてきなよ」
「嫌、そんな悪いよ」
「つまみ食いくらいなら大丈夫だよ」
「そっか、じゃあ今日だけな。もう今日が最後だし」
「うん」
ただいまーと元気な声が聞こえる。
お祖母ちゃんだ。
この間は美味しい唐揚げをありがとうございました。
直接お礼が言えなくて残念です。
この御恩は来世へ持ち越しってことでよろしくお願いします。
あ、でも姫様に会えたら来世虫だ俺。
来来来世で。
「今日はコロッケするからね」
「うん」
コロッケ。
なんていういい響きだ。
名前の時点で勝ち確だよな。
コロッケって。
命名したのは誰だろう、コロッケ男爵とかか。
どちらにせよ、天才だ。
マイファーストコロッケ、始まったな、俺。
「また漢字書いてよ」
「おう。よしよし、今日はな、難しい花の名前書いてやんよ」
「花?」
「おう」
俺は世界一難しいであろう花の名前を書き、その隣にそれなりに上手く書ける自信があるイラストも添える。
「わかんない」
白黒じゃわかんないか。
結構上手く書けたと思うんだけど。
「薔薇だよ」
「バラ?」
「棘がいっぱいあるんだぜ、気を付けな」
「家に咲いてる?」
「家に咲いてるのはこれだよ」
俺は三文字の花の名前にイラストも添える。
これも上手く書けたな。
俺、絵の仕事とかしたいかも。
幽霊絵師。
略してゆうえし。
「カリフラワー?」
「何でだよ。咲いてねぇだろ。庭の紫のあれだよ」
「あじさい」
「正解。じゃあこれはどうかな」
これも上手く書けたな。
四百年もあると色々それなりにできるようになるもんだ。
今タイムスリップして姫様に会えたら絵書いて見せたいな。
きっと喜んでくれる。
「シロツメクサ」
「嫌、違う。そこらへんに咲いてるのは一緒だけど、黄色いやつだよ」
「たんぽぽか」
「そうですー。じゃあ、これな、立てば芍薬、歩けば牡丹、歩く姿は?」
「何それ?」
「女の人を褒める時に使うんだよ。どんな姿も綺麗ってこと」
「これ、何?」
「百合だよ。これは上手いだろ」
「クラッカーかと思った」
「えー、マジか」
幽霊絵師は無理か。
お祖母ちゃんのコロッケ揚がったわよの声がしたので俺達は階段を降り、お祖母ちゃんが背を向けているすきに俺はコロッケを一ついただく。
熱い。
揚げたてだもんな。
しっかし美味い。
何これ、俺が食ってたの何だったの。
あの頃二百年生きたってこんなもん食べれず死んだよ。
生きてて良かった、俺。
嫌死んでるけど。
「うみゃいです」
「お祖母ちゃん、コロッケ美味しい」
「良かった。じゃあ切り干し大根お皿に入れたら食べようね」
「うん」
ご飯にもやしの味噌汁、コロッケに千切りキャベツにトマト、切り干し大根の煮もの。
いいなー。
一回でいいからこんな夕飯食ってみたいなー。
ああ、俺には過ぎた夢だな。
もう少し謙虚にならないと、姫様が遠ざかる。
くぅぅ。
でも俺死んでるんでお供えしてもらえませんかね。
あ、図々しいな。
今日はコーヒーゼリーも食べさせてもらったし、コロッケも食べたし、いい一日だったな。
嫌、違うって。
姫様。
大恩人だろ、どうした。
強い意志を持て、俺。
帰ろうかと思ったが、明日は土曜日で学校が休みなので千紘が飯を食うのを待つことにした。
そうだ、謎が全然解明できてない。
ひょっとして千紘は俺の魂の双子だったりするのか?
そういえば利発そうなところは似ているか?
嫌、ねぇよ。
千紘は恐らく将来美丈夫になるが、俺はあのまま生きていたとしてもそう大層なもんにはならなかっただろ。
正直に生きないとな。
でもホント何で千紘にだけ見えてるんだろう?
この三日間ひょっとしてこの街の子供には見えているのかもと思って、それなりの人数に話しかけてみたけど全員にスルーされた。
いやだなー。
これ俺にとって死亡フラグなんじゃ。
嫌、もうとっくに死んでるけど。
成仏フラグか。
あれか、ひょっとして百品目食べるまで成仏しませんっ!てやつか?
えー、俺は姫様が生まれ変わるのを待つために幽霊になったんじゃなかったのかよー。
姫様会いたいです。
どんな美味い唐揚げを食べてもコロッケを食べても俺の気持ちは変わりません。
貴方がナンバーワンです。
だから神様、姫様に会わせてください。
哀れな幽霊より。
何卒何卒。