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ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
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4 初めての唐揚げ

「お祖母ちゃん、唐揚げ食べていい?」


「いいよ。今日もお祖父ちゃん遅いから二人で先食べちゃおう」


「うん」


子供が俺を見て頷く。

お祖母ちゃんは俺達に背を向けている。

やるなら今だ。

俺は唐揚げを一つ右手で摘まみ口に放り投げる。

あちちちち。

俺の人生初唐揚げ。

美味かった、それ以上の言葉が見つからない。

俺の生きた時代の権力者達もこんなに美味い唐揚げを食うことなく死んだんだ。

あんなに長生きした家康だって食ってない。

この事実は俺を大いに喜ばせた。

死んでから初めて誇らしくすら思えたものだ。

他人の祖母さんが作った唐揚げ、祖母さんはプロの料理人とかではないだろう、材料の鶏肉だって恐らく普通にスーパーで売ってる安いやつだろう。

だが美味い。

信じられないくらい美味い。

俺が今まで食べたものの中で一番美味い。

姫様も食べていたらいいな、どこかで。

祖母さんが後ろを向いているのをいいことに俺はもう一つ唐揚げを口に入れた。


「美味しい」


子供は俺を代弁して言ってくれたのか、俺に尋ねたのかはわからんが俺は頷き、もう一つ唐揚げを口に入れる。

美味い、止まらん。

この皿いっぱい全部食いたい。


「そう、良かった。いっぱい食べてね」


「うん」


白いご飯とネギとワカメと豆腐の味噌汁。

トマトと千切りキャベツ。

鯖の焼いたの。

俺は子供をチラリとみる。

お前いいもん食ってんね。

安心するわ。

子供と祖母さんが向かい合って食べるので俺はもう帰ることにした。


「じゃあな、美味かった。ご馳走さん」


「いて」


「どうしたの?」


「いて」


「どっか痛いの?」


子供が首を振る。

子供は俺の顔をじっと見上げる。


「わかった。飯食い終わるまでいるよ」


子供が頷き、白いご飯を頬張る。

美味そう。

マジ美味そう。


「ゆっくり食べな。せっかく美味いもん作ってくれてるんだから味わって噛みしめろ。俺は時間あるからいくらでも待つよ」


子供が頷く。

そうだよな、唐揚げの礼をしなきゃいけないよな。

あんパンとメロンパンも。

今日は美味いもん食いすぎたな。

四百年分食った、多分。

だって俺の十五年にあんな美味いもんなかった。

俺が幽霊になったのはひょっとして唐揚げを食べるためか?

え、確かにその価値はあるかもしんないけど、姫様には釣り合わんだろ。

返すからー。

やっぱり姫様に会いたいよ。

一目だけでも見たい。。

つーか、今の鯖ってすげぇのな。

骨全部取れてんじゃん。

俺暇だから内職に出来ねぇかな。

幽霊内職。


何か今日のお礼をしてやらないといけないんだろうけど、俺何にも持ってないんだよな。

金なんて一円もねぇし。

今の俺って何ができるんだろ。

せっかく元気で身体どっこも痛くないのにもどかしい。

そういや何かしたいって思ったの久しぶりなんじゃ。

やっべ、これ死期近い?

やだー、ひめさまー。

助けて下され。


子供は飯を食い歯磨きをして、宿題をすると言ってまた二階に上がっていったので、俺もついて行く。

子供は部屋に入ると学習机の椅子に座る。

俺は傍で浮いている。


「唐揚げ美味かったよ。ありがとうな」


「良かったね」


「お前に何かお礼がしたいんだけど、俺何も持ってないんだ。すまん」


「お礼なんていいよ」


「まあ、何か困ったことがあったら言ってくれ。何時でも駆けつける」


「本当に?」


「ああ」


多分。

つーかもう来ない。

だって俺の存在は子供にいい影響を与えるとは思えない。

幽霊が見えるって言って、友達に嘘つき呼ばわりされて仲間外れにされるとかなったら申し訳ないし。

俺この子の人生に責任持てないし。

実際俺もいつまでこの状態でいられるかわかんないし。

ひょっとしたら明日にも成仏しちゃうかもしれない。

唐揚げで満足したと判定されて。

不名誉、嫌マジで美味しかったけど。

また食いたいけど、姫様以上じゃない。

でもまあ、先のことなんて本当に誰にも分らない。

姫様にも会えないまま終わるのかもしれない。

四百年以上待ったのに。

嫌、俺が勝手に待ってただけだからいいんだけど。

弱気になんなよ、俺。

頑張れ、俺。


「まあ、もう夜だし帰るな」


「どこ行くの?」


「俺はな、人を探してるんだ」


「人?」


「うん。その人はな俺にとって大恩人なんだ」


「だいおんじん?」


「命を救われたんだよ。俺の一度きりのしみったれた人生じゃ返しきれない恩だ」


「そうなんだ」


「ああ、だから俺はその人を探し出して…」


「探し出して?」


無事を確認したい。

ただそれだけだ。

他には何も望まない。

元気で幸せであってくれたら最高だ。

あの柔らかな笑顔を見せてくれたら。

遠くからでもいい。

俺きっとそれだけで骨も残らないくらいぐでんぐでんに溶けるよ。

あ、もう骨ねぇわ。

かっさかさだよ、きっと。


「まあ、元気でな。大きくなるんだぞ」


「もう会えないの?」


「お前がいい子にしてたら会えるよ」


これ卑怯かな。

でも何かかっこよく去りたい。

四百年以上どころか、生前からいいとこあんまりなかったから俺。


「また来てよ」


「気が向いたらな」


「うん」


「じゃあな、飯いっぱい食えよ」


「うん」


「勉強頑張れよ。身に着いたことは一生消えねぇ。お前の財産だよ」


かっこいい、俺。

年長者感出すぎだろ。

あー、もう少し声低かったら良かったのにー。


「じゃあもうホントに帰るな」


「うん」


ここで俺は重大なことに気づく。

あれ、そういえば。


「お前名前なんて言うの?」


「さくらちひろ」


「どういう字書くん?」


子供は連絡帳の表紙を見せた。


佐倉千紘と書かれている。


「いい名前だな」


「ありがと」


「じゃあな、千紘。長生きしろよ」


本当はあばよと言って去りたかったが、あばよって何?って言われかねないのでやめておく。

俺は窓を通過し外へ出る。

振り返ると千紘が窓を開けていたので手を振る。

そのまま上空に登っていく龍のように。

千紘の家が見えなくなると冷蔵庫のプリンを思い出してしまった。

少し悔しいが、食べていいと言われてないものを食べるのは盗人のすることなので、俺はしたくない。

四百年ぶりに人と話した、不思議な一日だった。







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