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ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
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29  来世も会いたい人がいる

目が覚めると泣いている母と泣いている柳皐月がいた。


高校の入学式でバサラが姫様を見つけた。

バサラはいつも姫様のことを世界一可愛いと言っていたが、大分昔の話だし、思い出補正、かなり美化されてるというか、正直大分盛っているだろうなと思っていたので、本当に可愛いのは意外だった。

確かにこの感じならずっと眺めていたいと思っても不思議はないと思った。

説明するのは難しいが、沢山の中にいても彼女だけが違っていた。

間違い探しみたいにわかりやすかった。

バサラが四百年こじらせたのも納得できた。

そう思っている時点で俺がもうこうなることはわかり切っていた。


柳だけは好きになりたくなかった。


気が付けば彼女ばかり見ていた。

最初はバサラが見ているからだと思った。

でも俺とバサラは目を共有してるわけじゃないんだから俺が柳を見る必要なんかないのにいつも遂目で追ってしまった。

唯見ていたかった。


柳には近づきたくなかった。

柳を知りたくなかった。


バイト先に柳がいた時は驚いた。

バサラのせいか自分の中に漠然とした姫様像というのがあって、勝手な話しだが柳に失望したくなかったし、バサラが現代の姫様にがっかりしたら可哀想だとも思った。

まあ、杞憂だった。

それどころか、二人きりで話せたことから俺はますます柳に傾倒していく自分に気づいた。

だって柳は何もしてないのにいともたやすく俺の中に入って来て、部屋を作って行ってしまった。

唯話しているだけなのに。

柳からしたら何でもないことなんだろうけど、手を振ってくれたとき凄く嬉しかった。

また明日ねという言葉を何度も反芻することになるなんて思いもしなかった。

自分のことも信じられないくらい素直に話せた。

アニメの話をするようになって、柳が新しいアニメの情報が来たときに緑君がいないとがっかりするという話をしてくれた時、少しだけ柳に近づけた気がした。

新学期が始まるとラインでアニメの話をするようになった。

一緒に配信を見ながらラインするのが楽しかった。

大したことなんか何も話していないのに、柳とのやり取りを何度も何度も繰り返し見た。

柳のくれた文字だけ暖かさを感じた。

俺だけ柳とこうして話ができるのがバサラに悪いと思った。

バサラはそんなこと何とも思ってなかったのに。

柳だけじゃなく俺の幸せをいつだって願ってくれていたのに。



終業式の次の日、柳と待ち合わせした。

事故で俺は無傷だったが柳に渡す予定だったクッキーは粉々になってしまったので買い直した。

柳に一緒にいって欲しい所があると言った。


「小さい頃毎日ここでキャッチボールした」


「そうなんだ」


さびれた公園だ。

遊具がとても小さく見える。

いつも俺達しかいなかった。

今もいない。

きっと今日来るのが最後になるだろう。


「座っていい?」


「うん」


ベンチに並んで座る。

何処から話せばいいんだろう。

柳を見る。

柳も俺を見ていた。

願うのは彼女だけだ。

傍にいてくれるなら他には何もいらない。

彼女だけは失いたくない。

話さなきゃいけない。

だってバサラの話は俺の話だから。


「小学校一年生の時幽霊に出逢って」


「うん」


「そいつ自分のことバサラって名乗って、多分本当の名前じゃなかったと思う。本名は結局知らない」


そうだ、何も知らない。

白くなった髪のことも聞けずじまいだ。

知っているのは姫様をとても好きだったということ。

それだけだ。

そして今俺はその姫様に話している。

彼女をずっと好きでいた、もういない男の話を。


「ずっと一緒にいた。小五の時にお祖母ちゃんが死んじゃって、それからは掃除して洗濯してくれて、ご飯も作ってくれた。毎日栄養の有るもんくわしてやるからなって、中学に入ってからは、弁当も毎日作ってくれた。毎日違うもん入れてくれた。俺が小一とか小二の頃は五年生の授業聞きに行っていつか勉強教えてやるからなって言ってたけど、俺は授業聞いたら十分理解できたから頼ったりしなかった、でも中学に入ると諦めたらしい。数学が全然わかんないって言ってた。だからずっと図書室に行ったり、図書館の書庫に勝手に入って遊んでた。いつも何をやっても楽しそうだった」


人に伝えるって何て難しいことなんだろう。

これじゃ一ミリも伝わらない気がする。

俺の記憶のバサラの部分だけ全部貰って欲しい。

柳にだけはバサラのこと正確に知って欲しい。

柳にだけは。


「アニメもいっぱい見てた。俺よりずっと詳しい。柳よりも詳しいかも。漫画もいっぱい読んでた。小説も。だって四百年以上幽霊やってたから。アイスが好きで、あ、食いもんなら何でも好きだった。

俺に会うまで死んでからずっと何も食べられなかったから。あ、バサラは戦国時代の忍びで、何でかわかんないけど最後まで言わなかったから聞かなかったけど、髪白くなったらしくって、本人は多分気に入ってた。二次元っぽいだろって、柳にも見せたかった。身長は柳とおんなじくらい。でも幽霊だからいつも浮いてた。あ、空、空飛べて、小さい頃は何度も夜空を飛んで星を見せてくれた」


何言ってるんだろう。

喋るの下手過ぎるだろ。

これじゃバサラの良さが何も伝わらない。

俺は知ってるからいいけど、知らない人に伝えるにはこれじゃ駄目だ。


「ごめん、説明するの下手で」


「大丈夫だよ。時間いっぱいあるから佐倉君が話したい全部聞かせて」


「じゃあ、最初から話す」


「うん。最初から話して」


「バサラは戦国時代の忍びで、関ケ原の前夜徳川家康を暗殺に行って捕まって殺された。本人によると家康暗殺は成功したらしい。幕府を開いた俺達が知っている徳川家康は影武者だって言ってた。まあ、それはどうでもいい。関係ないから。バサラは死んで、幽霊になった。それから四百年以上たって俺と出逢った。俺が学校から帰ると玄関の前にいた。ずっと幽霊として国中を放浪していたらしい。日本全国行ったって言ってた」


「四百年は長いね」


「うん。気が遠くなる。こっからが重要なんだけど、バサラには大切な人がいて大恩人だって言ってた。姫様って言って、バサラのところの忍びの頭領の娘さんだった。その人もバサラが死ぬ前に流行り病で亡くなった。バサラはその人にもう一度会いたくてその人が生まれ変わるのを待っていた。その人が柳だった」


「私?」


柳は驚いたようだった。

それはそうだろうと思う。

本来登場するはずのない俺の過去話に自分が出てきたのだから。

最初から俺は柳を知っていたんだな。

じゃあやっと会えたと思っても何ら不思議はなかったんだ。

バサラが俺の目の前に現れたのも、俺にしか見えなかったのも、全部俺が柳に会えるように運命がそう仕向けたんだな、でも何でだ?

俺だけが幸せになるだけだ。

俺とバサラには何の因縁もない。

俺はそんなことしてもらえるような人間じゃない。

悪いこともしてないけど、いいことだってしてない。

でもこれからする。

絶対する。

いい人間になる。

柳に選んでもらえるように、柳に値する人間に。

柳の隣にいて恥ずかしくない自分になる。


「柳はバサラの姫様にそっくりだった。そっくりなんてもんじゃない。本人だってバサラが言ってた。声も姿も全部あの頃のままだって」


「そんなことあるんだ」


「生まれ変わりとか信じる?」


「信じる。だって生まれ変わっても会いたい人がいるから」


「仲野緑」


「一人はね」


「もう一人いる?」


「うん。あ、一人じゃないかも。お母さんもお父さんもお姉ちゃん達も、来世も家族がいい。理華ちゃんも琴音ちゃんも水希ちゃんも、生まれ変わっても友達でいたい。あと、佐倉君」


「俺?」


「うん。生まれ変わっても又会いたい。緑君はあの声じゃないと駄目だけど、佐倉君はそのカッコいい姿じゃなくても、その声じゃなくても、会いたい。またいっぱい話して、一緒に色んなものを見たい。一回の人生じゃ足りないよ。ずっとずっと一緒にいたい」


「それ、俺が言いたかった」


柳はえーと言って笑った。

俺もつられて笑った。


「続き聞かせて」


「うん」


「時間はいっぱいあるから大丈夫だよ。バサラさんのこともっと聞きたい。佐倉君のことも。言いたくないこと以外全部聞きたい」


「うん」


「では続きをどうぞ」


「柳」


「うん」


「好きだ」


「それ、私も言いたかった」








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