27 何故俺が幽霊でいたのか
千紘母が三月十四日に帰って来た。
宝石箱のようなクッキーをお土産に。
いつもありがとう、ママさん。
大事に食べますね。
ハッピーホワイトデー。
その日の夜は金曜日だった。
千紘がアニメを見ている横で俺はぷかぷかと浮きラッコのようにハーゲンダッツのクリスピーサンドを食べていた。
「柳に告白する」
千紘は俺が食い終わるのを待っていたようだ。
喉に詰まったらと思ったのだろうけど、死んでんだから関係なくない?
「そうか、頑張れ」
「それだけか?」
「それだけだろ、だってアドバイスしようにも俺告白なんてしたことないし」
「本当にいいのか?」
「何が?」
「誰とも付き合って欲しくないって言ってただろ?」
「それは言うだろ」
「俺は柳と付き合いたい」
「うん」
「明日告白する」
「明日?ああ、ホワイトデー今日渡さなかったのか?」
「うん。明日約束したから」
「そっか。上手くいくといいな」
「いくかな?」
「わからん。でも上手くいく保証がなきゃ告白できないのか?」
「今まで、次の日のことを不安に思ったことなんて一度もなかった。今初めて明日が来るのが怖い、柳に会えるのは嬉しいのに」
「そりゃ生まれて初めて成功させたいって思ってるからだろ。当然だよ。自然なことだ」
「そうなのかな?」
「そうだよ。初めて本当に欲しいものができたからだよ。ちゃんと言おうって思っただけで凄いよ。当たって砕ける気になったんだろ?」
「砕けたくない」
可愛いなぁ、千紘。
いつも冷静なお前がこんなこと言うなんて。
姫様ってすげぇ。
誇らしいわ。
どうだ、俺の姫様はすげぇだろ?
四百年以上推してきた理由だよ。
「俺はその、冷淡と言うか、思いやりに欠けてるだろ?」
「は?」
「上手く笑えないし、感情を表に出せないと言うか…」
「そんなことねえよ。お前は優しい子だよ。冷淡なんかじゃねぇよ」
「上手く喜べなかったり、楽しい顔できなかったり」
「そんなことねぇって、お前は自分では自分の顔見れないから知らねぇだろうけどな、姫様と一緒にいる時のお前、よく笑ってるよ。見せてやりてぇくらいだ」
「笑ってる?」
「おお。大丈夫だよ。そう思ってる時点でお前は人を思いやってるよ。気にすんな。何度でも言ってやる。お前は優しい子だ。いい奴だよ。俺が最も信頼してる男だ。姫様に相応しい男だ。嫌違うな、姫様に相応しい男になれるよう努力できる男?姫様に相応しい男になる予定の男?か?」
「何言ってるかわかんない」
「まあ現時点で姫様に一番お似合いなのはお前だよ。今後どうなるかもお前次第だけど」
「それ以前に振られるかも」
「振られたら、まあ、振られた時に考えよう」
「振られたくないんだけど」
なんだその顔。
子供みてぇ。
あ、子供だったな。
まだ十六年しか生きてないんだもんな。
俺の半分も生きてない。
「大丈夫、上手くいく」
「本当か?」
「わからん」
「わかんないのかよ」
「わかるわけないだろ。俺は姫様じゃないんだから」
「うん」
「まあ頑張れ。つーか、早く寝ろ。寝不足でお肌のコンディション悪くするな。姫様の前ではいつもピカピカの男でいろ」
「うん。わかった。寝る」
「おうおう、寝ろ。しっかしもう少し早く言ってくれたら明日朝からカツサンドしてやったのに」
「受験か」
「受験より人生の一大事だろ。好きな子に告白するってのは」
「そうだな」
「まあ明日は楽しんで来い。俺はママさんが買って来てくれたクッキー食べながらだらだらして過ごすわ」
「うん、じゃあ寝る。お休み」
「お休み。千紘」
次の日、ご飯とワカメと豆腐の味噌汁、目玉焼きにソーセージの焼いたの、塩鮭の焼いたのとプチトマトで朝ごはんを済ませた千紘は出かけて行った。
俺は宝石箱のようなクッキーを抱え、千紘の部屋に入った。
缶を開け、花の形のクッキーを食べる。
うっま、すっげぇな、これ。
いろんな形があって見てるだけで楽しい。
人間はやっぱりいい。
こんなうめぇもん食って、クッキーに見惚れることができる。
やっぱ次も人間がいい。
どれにしよっかなーと見つめていると、千紘が机の上にスマホを忘れているのに気づいた。
おいおいおい、緊張しすぎだろ。
しょうがねぇな。
今ならまだ間に合うな。
俺は星の形のクッキーを食べると、外に飛び出した。
今日は綺麗な青空だ。
一日中晴れてろよ。
救急車のサイレン、泣いている姫様、動かない千紘。
俺は俺が今日まで幽霊でいた理由がやっとわかった。
この日のためだった。
お前だけは絶対に死なせるもんか。
千紘。
お前だけは俺が絶対に死なせやしねぇよ。




