25 寂しい
あの花火大会の夜、千紘の姫様への恋心を観測してしまった俺は、千紘のバイトに同伴しなくなった。
正確にはバイトが終わり二人がローソンで別れるのを見届けてから、姫様が家に無事入るのを確認して、家に帰るという習慣になった。
だって姫様は心配だし。
本当に短い距離だけど、この世は危険でいっぱいだから。
今日からバイトの時家で待って飯の用意してるなと言った時千紘は大層驚いた。
「何で?」
「何でって、あれだよ。お前が一生懸命働いて疲れて帰って来てるだろ?栄養バランスの取れた美味しいものをいっぱい食べさせてやりたいっていうか、うん」
「柳を見なくていいのか?」
「見たいけど、ずっとマスクだし」
本当はマスクでも見たいけど。
でも俺がいたら、な、家族に好きな子といるところずっと見られてるってのはしんどいよな、多分。
「それに変な客来る心配もないみたいだし」
主任から変な人来たら自分達で解決しようとしないで、次長か店長を呼ぶようにって言われてるから、今の所クレーマーみたいな人に対応したことはない。
それに、千紘と姫様が一生懸命働いているのに、何もできなくて見ているのとかやっぱり寂しいんだよな。
まあ、それを補って余りあるくらい姫様は可愛いんだけど、可愛いんだけど。
やっぱり千紘の初恋の邪魔をしたくない。
姫様といい感じになった時に、俺がいたら居たたまれないし。
千紘が休みの日は行くけどね。
姫様の影の騎士バサラとして、お守りするよ。
しかし、万が一千紘が姫様に告白して振られて、気まずくなったら、姫様って禁句になるの?
NGワード設定になりますか?
ぎゃー、それは嫌。
四百年間唱え続けたんだぞ。
あ、もうプリンセスって呼ぶか。
略してプリン。
おお、姫様はどんなことになっても俺の好きなものであり続けてくれるんだなぁ。
何とか二人が上手くいく方法ないかなぁ。
夏休みの間に二人きりで出かけたりできないかな。
うーん。
思いつかんな、無理。
焦ることはない、千紘の恋はまだ始まったばかりだ。
これから大事に大事に育てていけばいいんだよ。
ないと思うけど千紘にアドバイスを求められたときのために恋愛小説でも久々に読むかぁ。
今どんなのが流行ってんの?
書店員さんのオススメを取りあえず読むか。
俺は四百年生きてもまだ学ぼうとしてるよ。
どん欲だ、俺。
夏休み最後の週は大阪のお祖父ちゃんに会いに行き伯母夫婦と野球を見た。
ホームランボール取るんだぞ!!は今年も果たされず来年に持ち越しとなった、しょんぼり。
俺はりくろーおじさんでチーズケーキとアップルパイを買ってもらいほくほくしていたが、千紘はいつもより四割増しで難しい顔をして駅のお土産屋さんをああでもないこうでもないと行ったり来たりしていた。
姫様にお土産買いたいんだろうな、うい奴。
結局千紘は姫様にお土産を買えなかった。
まあ、お土産ってセンスもいるからね、難しいよね。
不味いもんくれたらそれだけで貯め込んできた好感度がゼロになる可能性有るし。
こんなセンスねぇもんくれる男なんだって思われたくないよね、好きな女の子には。
あー、恋とはなんて人を臆病にさせるものか。
あの千紘が、人に良く思われたいと思っているだなんて。
人の評価を気にしているだなんて。
千紘、その躊躇いはね、恐らく成長って言うんだよ、多分ね。
千紘は夏休み中家にいる時はアニメを見ていた。
四十日で見れる量なんてたかが知れてるから、幼少期から見続けてきた姫様の話し相手としては物足りないレベルだろう。
この差を縮めることは中々に難しい。
ほら、俺と一緒に見とけばよかったのに。
年長者の言うことは聞くものだよ千紘。
バイトは夏休みが終わっても土日と部活が休みの水曜日だけ続けることにした。
姫様のバド部は月曜が休みなので、シフトが被るのは土日だけだ。
俺が把握している限り、姫様と千紘の関係はまるで進展はない。
夏休み俺の望みであった二人きりで出かけるなんてイベントは発生しなかった。
まあ、ラブゲージ溜まってないからしょうがないわな。
積極性が足りないよ、もっとガンガン行こうぜっ!!
言えないけど。
新学期を迎えても千紘の生活は変わらない。
パソコンでアニメをつけっぱなしにして、スマホで野球を見たり野球のゲームをしたりしている。
要は元々あった生活にアニメが付けたされただけだ。
あと声優のラジオ。
この人毎週聞いてるんですけど。
配信番組まで見てるし。
あれなの、姫様が好きなんじゃなくて、仲野緑推しになったの?
それなら俺気に病むことないかなぁ。
って違うだろ。
ちひろー、違うよー。
姫様に近づきたいんだろ?
何で同じものを見るってことになるんだよ。
もうあれか、好きすぎていっそ姫様になりたいんか?
それともあれなの、同じ空を見てるだけで一緒にいる気分になっちゃったりする人?
消極的すぎるだろ。
そんなんでいいの?
よくないよ。
掴みに行けよ、ガツンと、もっと、もっと、情熱を出していけ。
大切なのは勇気だよ。
頑張れ千紘。
お兄ちゃんが付いてるぞ、何でも話してみな。
って言えたらなぁ。
千紘のためにできることが何もない俺は美味いものを食わすことに注力するしかなかった。
新学期になりお弁当が再開されたので、五日間同じメニューにならないよう、毎日頭を振り絞り頑張った。
美味しそうなお弁当を見て姫様が話しかけてくれないかな、おかずの交換したりしないかな、と期待したけど、残念ながらそんなことは起きなかったと思われる。
まあ起きたかもしれないけど、俺は知らない。
二学期から俺は千紘と一緒に学校に行かなくなった。
考えたら保護者同伴で毎日学校行くの千紘に悪かったな。
俺がいたからのびのびできなかったかも。
どうしたって家族に見せる顔と友達に見せる顔は違うもんな。
そうだよ、千紘。
お前に見せている姫様はお前だけの姫様だよ。
お前だって姫様に見せる姫様だけのお前がいるだろ。
それなんだよ。
もうそれだけで特別なんじゃないのか。
じゃあもうこれで満足すべきか。
嫌、いかんだろ。
手に入れないと。
でもどうやって?
好きな人に振り向いてもらえる方法なんて俺知らないよ。
よし、姫様と千紘が上手くいったら教えてもらおう。
いつになるかわかんないけど、気長に待つよ。
俺待つのは大好きだから。
二百年くらいなら余裕ですよ。




