24 花火
八月になった。
千紘がバイトするスーパーが面している商店街では毎年夏祭りをやっていて、デリカのたこ焼き、焼きそばフランクフルトなどを店頭で毎年売っているらしく、当日の夕方五時から千紘と姫様は売り子として店頭に立った。
いつもと違い白衣とマスクはせず、スーパーのマスコットキャラクターの謎の動物が書かれたTシャツを着て、暑い中、いらっしゃいませと言って、たこ焼きを渡したり、焼きそばを渡したり、お釣りを渡したりしている。
「二人とも、ちゃんとアクエリアス飲んでね、そこに冷えてるからね。しんどくなったら言ってね。無理だけはしないでね」
お、主任だ。
追加のフランクフルトを運んで来た。
さっきからデリカの作業場と店頭を往復しているので、ものすごく暑そうだ。
疲れ切ってんじゃん、お前こそちゃんと飲めよ。
.今日は店頭には事務所の石田さん、チェッカーのアルバイトの女性二人、千紘と姫様、店長が立っている。
マスクを取った千紘、最強すぎる。
こんなこと言っちゃ申し訳ないけど掃き溜めに鶴じゃん。
しかも姫様の加護効果でいつもより余計にイケメンだし。
何か皆見てってるし。
あー、そうだよねー。
このレベルの顔、スーパーに普通いないよねー。
それにしても暑そうだな、姫様。
アーケードの中だからって、まだ暑いよ、三十度以上あんでしょ。
あー、暑さ寒さを感じないこの身体が憎い。
姫様の暑さダルさが全部俺に移ればいいのに。
何かしたいなー。
うちわであおごうかな?
うちわ浮いてたらおかしいか。
無駄だけど両手をパタパタさせてみる。
千紘に怪訝な顔をされた、無念。
次から次へとお客さんの波は途切れない。
ありがとうございましたと言ったら次のいらっしゃいませだ。
主任とパートの女性が商品を運んでくる、補充される、またなくなる、補充される。
それが何度も何度も繰り返され、八時になると解放された。
着替えを済ませ、降りてくると主任が二人ともちょっとちょっとと言って手招きする。
「これ、たこ焼きと焼きそばとフランクフルト。あと飲むゼリー。良かったら持って帰って食べて。今日は暑くて疲れたでしょ?ゆっくり休んでね」
お前、いい奴だな。
嫌いじゃないぞ。
千紘と姫様は丁重にお礼を言い、店を後にした。
「何か凄かったね。暑かったし」
「うん。あ、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。いつもお掃除と値下げしかしてないから、お釣り渡すのとか初めてだからちゃんとできるかドキドキしちゃった。でも楽しかった」
「そう」
「うん。何か達成感があるよ。やり遂げたぞって。あ、大げさだよね。立ってただけだもんね」
「嫌、そんなことないと思う。凄い人だったし、柳ニコニコしてたし、偉いなって思った」
そうそう。
一生懸命な姫様可愛かった。
変な客来たら俺必殺幽霊パンチしなきゃって思ってたけど何もなくて良かった。
俺の拳岩より固いんですよ。
姫様のためなら修羅バサラへと戻ります。
いかんいかん、死人が出る所だった。
のどかな祭りで良かった。
「別に偉くないよ。皆お祭りって何となく浮かれちゃうじゃない?お祭り補正?私も浮かれてたし」
「浮かれてたんだ?」
「うん。高揚してた。これが高揚かぁ」
「そうなんだ」
千紘笑ってる。
わかりやすく笑ってる。
今のなら姫様にも捉えられたんじゃないかな。
次の週の土曜日は花火大会だった。
千紘は坂本達とぶらぶらと出かけた。
俺は勿論別行動だが、花火大会へは行った。
姫様がバドミントン部一年女子達と来ていた。
紫色の朝顔の浴衣姿で。
神様ありがとうございます。
明日からも頑張りますね。
あー、スマホ持ってたら撮れるのになぁ。
これだけ素晴らしい姿でいてくれる姫様を保存したいんだよ、俺は。
これが俺の記憶の中にしかいないなんて勿体ないよ。
人類の遺産として二千年後の人々にも見てもらいたい。
その時の人類はもう地球を捨てて火星かも。
なら余計に浴衣姫様必要だろ。
日本の素敵文化だぞ。
ああ、網膜よ、仕事しろ。
来世でも憶えていられますように。
記憶リセットされたら嫌なのでもう一生生きててやろ。
火星人に語るよ俺。
あ、千紘だ。
坂本が涌井さんに話しかける。
千紘と姫様喋んないなぁ。
姫様達が去っていく。
姫様が笑顔で千紘に手を振る。
千紘も姫様に真顔で手を振る。
本当に一瞬で、恐らく五秒もなかったはずだ。
普通なら明日には忘れているような長い人生の一場面にすぎないそれなのだが。
聡明な幽霊である俺は気づいてしまった。
千紘、姫様のこと好きじゃん。
あれ、どう考えても好きじゃん。
ベタ惚れじゃん。
あの目恋する目じゃん。
他の人間にはわからないだろうけど、俺の目はごまかせないよ。
千紘、お前姫様に恋をしているんだな。
あー、もう、考えたらわかるじゃん。
千紘が、アニメ見てるんだよ。
バイト先にクラスメイトがいたからって別に仲良くなる必要ないじゃん。
なのに、、あー、もう。
わかりやすいシグナルをずっと出してたじゃん。
何で今日まで気づかなかったの、俺。
アニメ見るのもそうだけど、姫様が好きなアイス食って、スイカ食って、千紘可愛すぎるだろ。
何なん、お前。
初恋かよ、そうだよ。
おおお、あの千紘が恋をしている、恋に落ちているなんて、誰が想像できよう。
知ってるの俺しかいないんだろな、本人も気づいてないかも。
だって、そういや昨日仲野緑のラジオ聞きながら野球のハイライト映像見てた。
何やってんの、お前。
姫様の好きなものを好きになりたいんだな、知りたいんだな、理解したいんだよな。
それは恋だよ、千紘。
ああ、言いたい、千紘に言いたい。
だってさ、もし姫様と千紘がこのままの調子で仲良くなって、お付き合いを始めるとする。
二人はとてもいいお付き合いをするだろう。
そして月日は流れ二人は結婚し、子供が生まれ。
俺はお祖父ちゃんになるのか。
あれ、これ俺にとって都合よすぎない。
超ウルトラメガハッピーエンドじゃん。
赤ん坊の世話というのは初めてですが、きちんとお勉強してオムツ替えるよ俺。
共働きしたいだろうから俺が赤ん坊の世話をして、ベビーシッターバサラさん爆誕じゃん。
お給料は勿論いりませんよ。
時々赤ん坊の頬っぺたを指先でぷにぷにさせていただけたらよござんす。
三食俺が作るし、お三時にお菓子を少し食べさせていただけましたら。
ちょっと幸せすぎるかな。
あ、でも千紘の気持ちは間違いなく姫様にあるとして、姫様の方はどうだろう。
姫様は面食いじゃない。
これははっきりしている。
姫様は声のいいお世辞にもかっこいいと言えない三十男が好きだ。
千紘は姫様が大好きな仲野緑の一千億倍かっこいいけど、それだけで好きになってもらえるかって言うと少し難しいんじゃないだろうか。
千紘はちょっとレベルの違うイケメンだし、好きだと言われたら姫様だって悪い気はしないだろうと思うけれど、人を好きになるってそういうもんじゃないんだよな。
千紘のあの目、あれは愛しいものを見る目だよ。
いつからそうだったんだろう。
千紘は言えるかな姫様に。
ここは俺の出番か。
恋のキューピーバサラする?
でもなぁ、千紘は俺を兄として慕っているわけで、お兄ちゃんに同級生に恋をしているなんてばれるの嫌じゃないかな。
俺だったら嫌かなぁ。
うーん。
でも千紘告白されることはあっても告白したことは一度もないわけで、それ以前に自分が姫様のこと好きって気づいているのかな。
恋する千紘の行動がこう、何といったらいいのか、健気?違うな。
何かこう、先を求めてないと言うか、自分の中で完結して満足しているというか、うーん、難しい。
取りあえず、お兄ちゃんは見守るしかないな。
伊達に四百年この世に留まっていないぞ。
男女の心の機微まかせなさい。
千紘に相談された時のシュミレーションだけはしておこう。
「バサラ、実は俺柳のことが好きなんだ」
「そうか、知ってたよ」
「そうなのか?」
「お前のことはお見通しだ」
「どうしたらいいのかな?」
どうしたらいいんでしょう?
考えたら俺もわからん。
千紘が俺に相談するってのもないな。
ないよ。
家族に付き合ってもいない好きな子のこととか一番知られたくないじゃん。
そうだよ、ほっとこう。
余計なことせんとこ。
勇気を出して告白してみろよって言って、思いっきり振られたら、千紘どうなるんだろう、想像もつかんな。
やめよ、やめよ
姫様から告白してくれるように仕向けるとか?
うーん、それは姫様に千紘を好きになってもらわないといけないわけで、現状姫様の気持ちが千紘にあるかはさっぱりわからない。
好感度は間違いなく高いはずだ。
自分が勧めたアニメ見てくれるし、優しいし、超が付く大大大イケメン。
好きになる条件としては揃っているはずだけど、うーん。
俺が姫様とお話しできたらなぁ。
千紘のいいところいっぱいプレゼンするのに。
いっそ、手紙をしたためるか。
嫌、千紘の自作自演を疑われて、何か変な人だな、関わりたくないなってなったら困るか。
悩みは尽きませんなぁ。
年長者は辛いよ。
友達と花火を見上げる姫様はとても綺麗だった。
ここに千紘がいて、この姫様を見られたらいいのにと思った。
でも千紘はきっと今同じ花火を見ているだけで満足なんだろうと思う。
だって一緒にいなくても今二人は同じように空を見上げていて、その瞳にはキラキラしたもの以外映っていないはずだから。




