23 姫様には敵わない
今日はとてもショックなことがあった。
はっきり言って立ち直れない。
千紘もさすがに不憫だと思っているらしいのが、その無表情からでも俺には伝わってくる。
「千紘だけズルい…」
「仕方ないだろ」
「清く正しい幽霊でいたのに、この扱いあんまりだ」
今日千紘は坂本達と映画を見に行った。
そこで友人達と来ていた姫様とばったり出逢ったらしい。
クラスメイトなので当然、立ち話をする。
「姫様どんな服着てた?」
「白いTシャツに花柄のスカート履いてた」
「俺も見たかった…」
映画館は昔はよく入った。
だって時間はたっぷりあったし、すかすかの平日の映画館とか幽霊一人でも増えた方がいいと思って、だってせっかく人も時間もお金も使った映画だもの、沢山の人に見て欲しいに決まっている。
でも千紘に会ってからはお金がかかるところは基本的には入らないことにしたんだ。
旅行先とかは別、あと野球場、これはいいでしょ、大ベテラン幽霊なんだし許されるでしょ。
バックネット裏とかじゃないもん、外野席だもん、いいでしょ。
「今日だけついて行けばよかった…」
「バイトで明日会えるだろ」
「バイトの姫様と、友達と出かけるプライベート姫様は別腹だろーがー。あー、千紘にはこの気持ちわかるまい」
「悪かったって、ほら、ドーナツ買ってきたから、全部食べていいから」
「油で揚げた美味しい輪っかが姫様に敵うと思うなよ」
俺はベッドで足をバタバタさせ暴れる。
年長者の威厳とかもういい。
俺はワガママ幽霊ばさらちゃん、もう今日からこれでいく。
「子供か」
「子供ですー。俺十五歳。千紘よりとししたー」
「終わったことはしょうがないだろ」
「あー」
「まだ夏休み長いんだから、またどっかで会えるだろ」
「そう言うけどー、三年間同じ市内にいても一度も会えなかったじゃん」
「同じ学区じゃないとしょうがないだろ。部活も違うし」
「映画見た後皆で喫茶店でも行きましたか?」
「行くわけないだろ。昼飯は向こうもサイゼリヤで食ってたけど」
「えー、姫様何食ってた?」
「知らない。こっちの席からは見えなかった、けど楽しそうにしてた」
「見たかったー。俺の方が姫様のことずっとずっと大好きなのに何にも興味ない千紘が見せてもらえるなんて、神様あんまりじゃないですか」
「ドーナツ食ったら?」
「俺なんか今日一人だったから昼アイスで済ませたのに」
「うん。ごめん」
「最近は抹茶がお気に入り」
「あ、そう」
「姫様の好きなアイス何だろう?」
「明日聞いてやるから」
「好きなドーナツも」
「明日聞いてやる」
「理想の男性像」
「それは聞けないだろ、聞かないからな」
「何でちょっと怒ってんのー。もう」
俺はベッドからむくりと起き上がる。
千紘がすぐ傍で俺を見下ろしていた。
くそう、顔がいい。
俺は幽霊としての尊厳を取り戻すため、身体を浮かせ、千紘からドーナツの箱を天界から舞い降りた天使のように受け取る。
これよ、この箱。
皆に幸せを届けるよ。
勿論四百年彷徨う失意の幽霊にも効果は覿面。
「千紘、どれがいい?」
「全部食べていいって」
「俺エンゼルクリームだけは絶対食べたい人」
「食っていいよ」
「ストロベリーカスタードフレンチもいいですか?」
「いいよ」
「ココナッツチョコレートも」
「どうぞ」
「姫様元気だった?」
「昨日会っただろーが」
「昨日と今日の姫様は違う姫様だぞ。もう新しい姫様なんだ。明日会う姫様も今日の姫様じゃないしな」
「同一人物だろーが。何人いるんだよ」
「今日コロッケだからな、千紘が出かけてる間にせっせと作って、あと揚げるだけなんだ。明日の朝特製コロッケバーガーしてやるからな。チーズもとろけさせるぞ」
「ありがと」
「茄子も焼こうな、味噌つけて食べよう」
「ああ」
次の日千紘は姫様に本当に好きなアイスを聞いてくれた。
姫様はパルムと答え、千紘はその日の帰りローソンに寄るとパルムを二つ買ってくれた。
風呂上がりに二人で食べた。
千紘は好きな果物も聞いてくれて姫様はスイカと答えた。
次の日買い物に行きスーパーでスイカを見た俺はつい満面のまん丸笑顔になり千紘に買っていいか聞こうとしたら、千紘はもう四分の一になったスイカを買い物籠に入れていた。
そのしれーっとした何事もないかのような顔に俺は面食らってしまい、ジャガイモをこっそり籠に入れた。
今夜はポテトサラダと鶏モモ肉の照り焼きにしよう。
姫様好きかなぁ。
今の千紘なら聞いてくれそう。
何とか家に来てもらって俺の手料理食べてもらえないかなぁ。
クッキーでも焼くか。
千紘姫様にプレゼントしてくれるかなぁ。
あ、嫌がりそう。
ダメだろうなぁ。
流石に千紘のキャラじゃないことして迷惑かけたくないしなぁ。
姫様にもう一度逢えただけで満足だったのに、もっともっとって思っちゃうんだもんなぁ。
人間は強欲な生き物。
こじらせ幽霊バサラさんの愛は重いのだ。
明日から映画館張り付いてようかなぁ。
昼に素麺とスイカを思い切り食べて、俺はぐーぐーと昼寝をした。
安らかで心地良い睡眠だった。
今日は千紘はバイトが休みで姫様は出勤だったので、飯を食い、後片付けをしたら姫様を陰からこっそり見守るため店に向かった。
山田さんと和やかに仕事をしていて、今日も大変可愛らしかった。
二重丸な一日でした。
姫様が家に無事帰るのを見届けて家に帰ると千紘が真面目にアニメを見ていた。
この表現であっているのかわからないけど事実そうだった。
大げさではなく大事な約束を遵守するかのように真剣に。
足りないものを吸収するかの如く、一つも取りこぼさないように真剣に見ていた。




