21 一個でいいから聞いて
翌日姫様と千紘は初めて二人で閉店作業をすることになった。
姫様がシンクで洗い物をし、そのすぐ傍で千紘はカートを洗っている。
「千紘、何か喋ろうよ」
千紘は首を振る。
「だって、何も話さないでいるのもおかしいだろ。クラスメイトなんだし。じゃあ、一個でいいから聞いて」
千紘は多分頷いてくれた。
首縦に振ったもん、カウントしました。
「誕生日聞いて。姫様の生誕祭俺したい」
本当はケーキとか作ってプレゼントしたいけど、千紘に渡してもらうのは無理だし、だからといって、家に届けるのはもっと無理だから、勝手にケーキを焼いて千紘と一緒に食べて姫様の誕生をお祝いしたい。
その日は地球にとって最も重要な日になるわけだし。
「柳は、五月生まれ?」
「え?」
姫様が振り返り、千紘を見る。
表情はマスクのせいでさっぱりわからないが、瞳は星のように煌めいている。
「皐月って名前だから」
「あ、五月にね、生まれる予定だった六月生まれ」
「そう」
「佐倉君は?」
「俺も六月」
「何日?」
「八日」
「私一日。そっか、じゃ佐倉君私が生まれた一週間後に生まれてるんだね」
「そうなるな」
姫様が笑っている。
あー、嬉しい。
目しか見えないけどわかるよ。
千紘、ありがとう。
「食べ物、何が好き?」
どうしたの千紘。
俺のために、頑張ってくれている。
優しい。
うう。
バサラさん泣いちゃう。
「グラタンとピザ。とろけてるチーズが好きなんだ」
かーわーいーいー。
あー、作ってあげたい。
ふーふーしてるとこ見たい。
お弁当じゃ無理だもん。
わーん、ピザデリバリー・バサラしたいよー。
「あー、美味いよな」
「佐倉君は?」
「ハンバーグ、餃子、コロッケ」
「あ、全部ひき肉だね」
ひき肉。
姫様に認識されているひき肉が憎い。
あ、ダジャレ言っちゃった
あー、バサラさんは知的が売りの幽霊だったのに。
でも姫様可愛い。
ひき肉、ひき肉。
姫様に呼んでもらえるひき肉。
羨まちい。
「何でバイト始めたの?」
どうしちゃったの、千紘。
幽霊へのサービスが過ぎるよ。
一個でもう十分だったのに。
ま、いいか。
聞きたいです、姫様。
「あ、えーとね、佐倉君はアニメ見る人?」
俺はかなり見ますよ。
姫様。
「あんまり見ないけど、一度も見たことないってことはない」
「あ、じゃあ、魔術戦線ってアニメ知ってるかな?」
「あ、それ見てた」
俺も見てた。
原作も読んでます。
「夏目忍ってキャラがいたでしょ?」
「あ、黒い髪の、糸使ってた」
「そうそう、その子。その子やってる声優さん、仲野緑っていうんだけど、私その人のことがすっごく好きで、十一月にね、その人が出てるアイドルゲームのキャストライブがあるのね、チケット代と着ていく服も欲しいし、ファンクラブもあるのね、アニメのイベントも行きたいし、で、お金、欲しくて…」
「そうなんだ」
「うん。佐倉君は?」
「俺は事務所の石田さん、家近所で、バイト募集しても来なくて困ってるらしくって、夏休みだけでいいから頼めないかって」
「そうだったんだ」
「うん」
「ねぇねぇ、魔術戦線見てたんだよね?誰が好き?」
「え、好きとかない。でも話は面白かった」
「あ、そっか。そうだよね」
「その人他何出てんの?」
「あ、えっとね、テトラって知ってるかな?ロボットアニメなんだけど」
知ってるー。
見てたー。
最終回すっごく良かったよねー。
その前の鬱展開が辛すぎたせいか、最終回の爽快っぷりが凄かった。
伏線も見事に回収できたし、もっと評価されてもいい作品だと思う。
作画もずっと良かったし。
「ごめん。知らない」
「あ、そうだよね。コズミックランサーは?」
「見てない」
俺見てた。
ごめん、それクソアニメです姫様。
「三日月と花束は?」
「見てない」
俺見てた。
イケメンと地味女子の学園恋愛もので、地味女子がとても優しい子で、イケメンも普通にいい奴だった。
壁ドンとかしないし。
だってあれ現実に起こったら怖いでしょ。
あ、でも実写は最悪だったよね。
俺冒頭の桜のシーンで見るのやめたもん。
姫様はそれから沢山アニメのタイトルを言ってくれたけど千紘が見たことあるのは魔術戦線くらいしかなかった。
俺ならアニメの話できるのに。
幽霊悲しい。
「あ、ごめんね。ずっと喋ってて。私アニメ見すぎだよね。家ね、両親もお姉ちゃん達もオタクで小さい頃からアニメ見て漫画読んでゲームしてって生活だったから]
「嫌、好きなものが沢山あるっていいと思う。寧ろごめん。俺何も見てなくて、無知で何かごめん」
「佐倉君は全然悪くないよ。私が見過ぎなの。ごめんね」
「嫌、あ、どれが面白い?夏休みだから見てみる」
「ホント?気使ってくれなくていいよ」
「嫌、ホントに見たい。何かおすすめして欲しい」
俺が言っても見ないくせに。
ちひろー。
どうしちゃったの?
お前こんな奴だったっけ?
俺の知らない千紘だー。
NEW千紘。
あ、でも友達といる時の千紘はあんまり知らないから、ひょっとしたら同級生にはこんな感じなのかな。
「あ、えっとね、テトラの無口な中尉さんが私凄く好きなんだよね。声の系統としては魔術戦線に似てると思う」
「クールな感じ?」
「うん。そう。無口な笑わないキャラ」
やっぱり姫様も黒髪クール系主人公のライバルキャラがお好きですか。
そうですよね。
わかります。
「でも緑君って声の幅凄くて、無口でクールな低い声のキャラやったり、元気いっぱいの主人公キャラもやったり、声のね、寒暖差が凄いんだよ。私が一番好きなのはアイドル8の櫻井霞君なんだけど、クールに見えて実はすごく優しくて人に気を遣う子なんだよね。そのクールと元気の間の赤と青の絶妙な声の匙加減を凄く上手く演じてるんだよね。ホントに凄い声優さんだと思う」
「そうか」
「あ、ごめんなさい。つまらない話をぺらぺらと」
「あ、嫌。面白いからいいよ。俺そんな風に話せることないし。凄いと思う。テトラ見るよ」
「あ、良かったらDVD貸すけど」
「あ、いい。紛失したりとかしたら悪いし」
「あ、そう。あのね、ごめんなさい。無理しないでね。ホントに時間があったら」
「あるよ。夏休みだから」
「あ、そうだね。夏休みだったね」
掃除を終えると値下げをしたりした。
デリカだけという話だったが、鮮魚と精肉の値下げもするように次長に言われたので二人で手分けしてやった。
今日も仕事終わりに千紘はローソンに寄り、姫様は別れ際手を振ってくれた。
飯を食い、風呂から上がると千紘はいつも野球くらいしか見ないパソコンでアニメを見ていた。
「それ十三話あるよ。中尉がでてくるのは一話のホントに最後。一言しか喋んなかったと思う」
「そうか」
俺は千紘のスマホで仲野緑のウィキペディアを見る。
こんな顔なんだなぁ。
あんなかっこいい声出せるのに、うーん。
あ、でもあの声出せるのに顔が千紘だったら不公平だよな。
うん、そうだ。
世の中はよくできているんだ。
三十歳。
既婚者。
おっけー。
「千紘、今日はありがとうな。姫様といっぱい喋ってくれて」
「別に、喋らないのも考えたら変だし」
「うん、そうだよ。クラスメイトなんだし。いっぱい姫様の声聞けて嬉しかった」
「良かったな」
「うん。来年は六月一日にケーキ作って、二人で姫様の生誕祭しような」
「ああ、まあ、いいけど」
「アニメの話なら俺いっぱいできるのになぁ」
「そうだな」
「あ、あれだ。お前が姫様に感想話す時俺の言ったことそのまま言ってくれたらいいじゃん。そしたら俺姫様と間接的にお話しできるじゃん」
「それはお前の感想だろ。俺じゃない。俺がこんな風に思うんだって思われたら嫌だ」
「何それ、俺そんなに馬鹿なこと言うと思うわけ?」
「だってバサラ、アニメとか漫画見てしょっちゅう文句言ってるから」
「だって言いたくなるもん。何でそうなっちゃうわけって思っちゃうじゃん」
「まあそうだけど」
「まあいいや。姫様の声ずっと聴いてられるし、私服も見れるし。夏休みに何枚Tシャツ見れるだろ。あー、しあわせー」
「明日は休みだけどな」
「部活で会えるかもー」
「あ、そうか」
「姫様可愛かったなぁ。一生懸命喋るオタク姫様推せる」
「そう」
「そうだよー。あの感じだと彼氏はいなさそう。面食いでもなさそう」
「声が好きなだけじゃないのか」
「もう何でもいーい。姫様バンザーイ」
次の日バド部も午前練習だったので姫様を見ることができた。
でも一度も目は合わなかった。
しょんぼり。
帰りに買い物をして、昼飯にナポリタンスパゲティを大盛りにして食べた。
千紘は昼飯を食うと部屋でアニメの続きを見た。
「千紘、ネタバレしてもいい?」
「嫌だ」
「じゃあやめとく」
次に姫様に会った時に感想を言いたいんだろうな。
真面目だから千紘は。
でも千紘が友達に勧められてアニメを見たことがあっただろうか。
多分ない。
俺は千紘が友達といる時とかは一緒にいないようにしてたから、千紘の全部を知ってるわけじゃないけど、こんな千紘は見たことなかったような気がする。
そうか、千紘は変わっていくんだ。
最終回の一話前で中尉がえぐい死に方をしたところで、そろそろ夕飯にしない?と声をかけた。
「中尉可哀想だな。実は生きてたりしないか?」
「ネタバレしていいなら言うけどしないよ。アニメ見慣れてると中尉死ぬって一話でわかるんだけどな」
「そうなのか」
「うん。死亡フラグ建てまくってた」
「そうか」
おお、ショックを受けておる。
珍しいな。
よし、夏休みはロボットアニメ三昧じゃ。
耐性作るぞ、千紘。




