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ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
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2 どうせならかっこいい名前にしよう

「お兄さん名前は?」


「俺は…」


ここで俺はハタと気づく。

どうせならかっこいい名前を名乗った方がいいのではと。

俺が生前に皆に呼ばれていた名前はあんまり好きじゃないし、もう俺のことを知っている人はいないんだから、霧隠才蔵とか名乗ってもいいんじゃねぇの?

どうせ誰も見たことないんだし、そもそも実在しないし、俺が霧隠才蔵と言うことにしてもいいのでは。

俺だって忍びの端くれだったんだし、いずれは才蔵と名乗っていたかもしんないんだし。

でもなー、この子供霧隠才蔵知ってる?

今の子に刺さる?

知らないって言われたら悲しいしなー。

あー、かっこいい名前。

どうしよっかなー。

チャンスじゃん、もう二度とないだろ、俺が人に名乗るの。

かっこいい名前、出て来い。

頑張れ俺。


あ、そうだ。


「バサラ」


「ばさら?」


「そう、俺の名前はバサラ」


「どういう字書くの?」


お前は本当に聡いね。

それとも今時の子って皆こんな感じなん?

ふっふっふ。

でも俺は動じない。

俺字かなり書ける。

この四百年でいっぱい憶えたから。


子供はランドセルからノートを出し、俺の目の前に広げて見せる。


「いやいや、学校のノートは良くないだろ。いらない紙とかねぇの?」


子供は椅子から降りて、電話の傍に置いてあるクリップで止められた白い紙の束を俺の目の前に置いた。

白い紙はめくって見ると裏は薬局でもらう薬の処方箋だった。

子供が渡してくれた鉛筆を俺は握る。


「伐採の伐に沙羅双樹の沙羅で伐沙羅だ」


我ながらいい名前だと思った。

かっこいいし、来世で使えたらいいなと思う。

どうせなら姫様に見てもらいたかった。

俺こんなに字上手く書けるようになったんですよって。


「さらそうじゅって?」


「平家物語に出てくるだろ?あ、まだ知らんか」


「知らない」


「名文だぞ。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。奢れる人も久しからず、ただ春の世の夢のごとし。猛き者も遂には滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」


声に出すと益々いいな。

美しい旋律だ。

作者は天才だろうな。

あ、しまった。

もう会わないんなら俺が書いたことにしたら良かった。

嫌、嘘良くない、駄目ゼッタイ。

友達とかに話されて、この子が嘘つき呼ばわりされたら俺の責任だもんな。

子供には絶対嘘は付いたらいかんな。

年長者の義務だよ。

名前はほら、あれだよ、四百年目の改名だよ。


「どういう意味?」


「うーん、あれだよ。人生なんていつ何時何が起こるかわからんから日々楽しめってことだよ、多分」


違うかな。

でも明日が確実に来るなんて誰にも保証はされてないんだから間違ってはいないだろ。

玄関の鍵が開いて女の人の声でただいまと聞こえた。


「お祖母ちゃん帰って来た」


「おう、そうか」


じゃ帰るか。


「部屋行こう。二階」


まだいていいの?

まあどこも行くとこないからいいんだけど。


「お帰りなさい」


「ただいま。今日は唐揚げするからね」


女性は買い物袋から食材を出し冷蔵庫へ閉まっていく。

俺はプリンを見つけたが、流石に図々しいので欲しいとは言わない。

でも去り際に子供が今日の記念にと言ってくれたら貰うのはいいと思う。


「部屋で宿題する」


「じゃあ唐揚げ揚げたら呼ぶね」


「うん」


お祖母さんといっても最近の人は若い。

昔は婆さんっていったらシワシワだったけどなぁ。

背筋は真っ直ぐで、しゃんとしてるし、髪も黒いし、毛量も多い。

つーか、背高いな、祖母ちゃん。

俺よりデカいんじゃ。

悲しい、俺だってもう少し生きていたらもうちょっと背伸びていたはずなんだ、多分。


子供が階段を上っていくので俺も後ろからついて行く。

階段は登らない、だって俺飛べますので。

子供の部屋には学習机と本棚とベッドがあった。

まあ俺は人の家はよくすり抜けているので珍しいわけじゃないが、一応キョロキョロしてみる。

俺はゴテゴテと壁が見えなくなるくらいポスターを張ってある部屋が好きだ。

あとぬいぐるみが沢山ある部屋、これ最高。

昔はあんなに可愛いものなかったもんな、姫様に見せたいなって思う。

きっと喜ぶだろうな。

見たい、単純に姫様を見たい。

もう四百年以上見てないとか、飢えすぎて死にそう。

もう死んでるけど。

とっくに死んでるけど。


「バサラさん」


「嫌、バサラでいいよ。さん付けなんてするとかっこよさが薄れる」


「じゃあ、バサラ」


「おうよ」


思ったより似合ってるんじゃね、俺。

何かもうずっとバサラだった気がしてきた。

白い髪も何かファンタジーっぽいし。

眼とかオッドアイとかにならねぇかなぁ。

赤と緑の。

名前といい、物知りさんなことといい今の俺、何か主人公を導く年上のお兄さんポジなんじゃ。

かっこええ。

これで身長が百八十四くらいあったら完璧だった。

あともう少し声が低かったらなぁ。

無口で無表情でさ、一言一言が重くてかっこいいんだよ。

主人公の心に永遠に残り続けるんだ。

よし、来世は期待してる。

でももし姫様に逢えるなら来世虫でいいです。

カマキリ、図々しいか、アリ、まだ図々しい?

もう何でもいいから会わせてください。

食欲が出てきたのが怖い。

何かの兆候だよな。

恐らく成仏の。







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