表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
19/30

19 楽しい楽しい夏休み

世間では楽しい楽しい夏休みが始まるが俺は朝から大鬱だった。

そう、今日が一学期の終業式だったからだ。

明日から夏休みが始まってしまう。

部活の日程が被らないと姫様に会えない。

寂し過ぎる。

干からびそう。

あー、水を下さい。

ありったけの水を。

ここにしおれ幽霊おります。

同じ市内に住んでるのに全然会えないんだもん。

学校以外で姫様に会ったことない。

意外と広いのよ、この国。

そう思っていたんですよ。

その日の夕方までね。

夏休み滅べと呪詛を送っていたのですが、とんでもないことが起きたのです。

奇跡ってあるんですね。

俺信じます。


夏休みなので千紘はスーパーでバイトをすることにした。

初出勤の日事務所へ行くと、何と、姫様がいたのだ。

俺は余りの驚きに心臓が止まるかと思った。

実際動いていないはずの心臓がバクバクとうるさかった。

思わず両手で押さえたもん。

千紘の顔は見なかったが恐らく驚いたはずだ。


「あ、千紘君、来た来た」


「おはようございます」


「はい。おはようございます」


こちらは事務員の石田さん。

同じ町内です。


「千紘君、一緒にデリカで働いてもらう柳さん。柳さんも今日が初出勤。高校一緒だけど」


「同じクラスです」


姫様、知ってますよ。

かーわいいー。

何か髪お団子にしてる。

あー、今日生きてて良かったー。


「あ、そうなんだ。今日は二人とも初日だから、新人教育ビデオ見てもらうね。じゃあ会議室行きましょう」


石田さんは会議室にノートパソコンを持ち込み、動画を再生すると、終わった頃来るからねと言って出て行った。

静かな会議室で動画の女性の高い声がやたらと響く。

千紘と姫様は一つのパソコンを椅子に座りお行儀よく並んで見ている。

二人とも一言も発しない。

真剣だ。

なので俺も口にチャック、余計な事喋らないぞ。

そうか、挨拶には角度があるのか。

口角の上げ方、三日月のように目を細めて笑顔を作る。

うーん、難しい。

動画が終わる頃石田さんはやって来て、また違う動画を再生して出て行った。

今度はデリカの清掃マニュアルだ。

千紘と姫様の仕事は、デリカの清掃、値下げ、廃棄などの閉店作業。

床掃除って姫様できます?

俺やるよー。

えー、油交換、重いって、俺やる、あ、千紘がやればいいのか。

ああ、何にもできなくて辛い。

応援しかできない。

幽霊って何て無力。


動画を見終わると石田さんがやって来て、じゃあ今日は挨拶訓練して終わりましょうと言われ、事務所に戻り、石田さんからお辞儀の角度、目線の先、手の組み方から、お客様とすれ違う時の挨拶の仕方などを丁寧に指導を受けた。

千紘は運動部なので声を出すのに慣れているせいか、意外とちゃんとできていた。

姫様は可愛かった、これ以上言うことなし。

姫様にいらっしゃいませって言って貰えるなら俺毎日通いますし、今日からこのスーパーのデリカの物しか食べません。

ぶくぶくになっちゃう。

あー、ぶくバサラ。


挨拶訓練を終え、じゃあ今日はもう上がってねと言われたので、お疲れさまでしたと挨拶し、事務所を出て階段を降りていく。

エレベーターはお客様用だから基本従業員は乗らないらしい。

ここ四階よ。


「あ、佐倉君、これからよろしくね」


「あ、うん。こちらこそよろしく」


姫様が千紘の背中に話しかける。

俺はその姫様の小さな背を見つめる。

ちっさいなぁ、姫様。

かわゆい。

今日は部活帰りだから制服だけど、明日から私服見れるってことでよろしいか?

きゃー、何それ。

俺にとって都合が良すぎる展開。

あれ、俺死ぬんじゃ?

えー、やだー。

でも姫様の私服なんて見ちゃったら死ぬんじゃね、満足して今度こそ死ぬんじゃね?

やだやだー、まだ生きていたい。

夏だけじゃなく、秋の姫様も冬の姫様も見たいよ。


従業員通路を抜けて、自転車置き場に行く。


「じゃあ、また明日ね。お疲れ様」


「あ、柳、家どっち?」


え、聞くの?

千紘、聞いてくれるの?


「あ、えっとね、すぐだよ。あそこにローソンあるでしょ?その右の道真っ直ぐ行ったらすぐ」


「近いんだ?」


「うん。近いよ。近くなかったらお母さんバイトするの許してくれなかったよ」


「暗いもんな」


「夏場だからまだましだよね。冬はもう夕方で真っ暗だもんね」


「ああ、危ないな」


千紘は何故か姫様の後ろから自転車でついて行った。

因みに佐倉の家は反対方向。

信号の所で姫様が千紘に気づいたのか、自転車から降りる。


「佐倉君もこっち?」


「嫌、ローソン寄りたいから」


「あ、そっか」


千紘は本当にローソンに自転車を停めた。


「じゃあね、佐倉君。また明日。頑張ろうね」


「ああ。気を付けて」


「うん。ありがとう」


千紘が姫様が行った方角を指さしたので俺は姫様がお家にちゃんとついたのか見届けるため、姫様の背を追った。

姫様の言う通りすぐ着いた。

姫様が元気な声でただいまと言うと母親らしき女性のお帰りと言う声がした。

家の中に姫様が入り、玄関が閉まるのを見届けて、俺はローソンへ戻った。

千紘はデザートのコーナーに佇んでいた。

何つーか、お前の方が地上に舞い降りた白鳥感あるよ。

まるで人間に化けて生きてるみたいだな。

何でこんな綺麗な生き物になっちまったかねぇ。

さっぱりわからん。


「どれがいい?」


「胸がいっぱいだから食べなくていい」


千紘はクレープとツインシューをレジに持っていった。

千紘は優しい子なのでどちらかは俺にくれるのだろう。

家に帰り昨日の残りのカレーとトマトとオクラのサラダを二人で食べた。

カレーは大概三日かけて食べる。

三日目が一番美味しいって言うけど、バサラさん特製カレーは一日目から美味しいよ。

あー、姫様に食べて欲しい。

姫様が人参きらーいとか言ったらどうしよう。

可愛すぎて死ぬ。

略してかわ死。


「千紘、明日からもバイトついて行っていい?」


「いいよ」


「つーか、信じられなくね?」


「柳がいたことが?」


「うん。都合よすぎない?夏休みだから供給がなくなっちゃうってへこんでたらこれだよ」


「引きが強いんだろ」


「あれかな、四百年分のログインボーナスかな」


「貯め込んだんだな」


「うん。すっげーわ。何つーか、怖い。幸せすぎて怖くなってきた。俺明日死ぬんじゃ?」


「もう死んでるから大丈夫だろ」


「部活でも会えるだろ?バイトでも会えるだろ?一日二回姫様に会えるってことだよ。信じらんねぇ」


「でも柳は姫様じゃないわけだから。あんまり期待しない方がいい」


「へ?」

,

「だって姫様の生まれ変わりかもしれないけど、姫様ではないだろう?」


「そりゃそうだけど、姫様なんだよ。あの姿をしていたら、それは俺からしたら姫様なんだよ」


「でも柳本人がそんなこと言われたら困ると思う」


「言わねぇよ。見えてねぇんだし。見てるだけでいいんだよ。俺は生きている姫様を見てるだけでいい。あの姿でもう一度生きていてくれたんだ。それだけで十分だよ。だってもう俺は姫様を助けられないから。あの姫様はもう絶対に助けられないから。でも今の姫様ならずっと見ていられるかもしれないだろ。

それでいいんだよ。見ていたい。ずっと見ていたい。それこそしわくちゃのバアさんになった姿まで見ていたい。俺の勝手な思い込みだから姫様には絶対迷惑かけねぇよ。それは約束する」


「近づいたら知りたくないことまで知るかも」


「知りたくねぇことなんてねぇよ。どんな姫様も姫様だろ。いいか、千紘。どんなに善良に見えても本当はドブ水みてぇな人間なんてことはこの世に山ほどあるんだぞ。美しい顔に立派な人格が宿ると思ったら大間違いだ。あ、でもお前はすげぇな。その顔でいい子だもんな」


「俺がいい子?」


「ああ、お前はいい奴だよ。優しい奴だ。その顔ならある程度性格悪くても許されそうなもんなのに、いい子に育っちゃって」


「顔はずっとこうじゃない。いつかしわしわになる」


「そりゃそうだ。でもお前イケじじいになるよ。それまでずっと見てよーっと」


「俺今いくつだと思ってるんだよ」


「十六。あー、いつの間にか俺より年上になっちゃって、あ、姫様の誕生日来たら俺が一番年下になっちゃう」


「一生ならないだろ。四百年生きてんだから」


「あ、そうか、現存する人類最古のショタじじいだ俺」


「クレープとシュークリームどっちがいい?」


「クレープ」


やっぱりお前は優しい子だよ、千紘。

俺クレープ大好き。

明日からバイト頑張ろうな。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ