17 何といういいお名前
「柳皐月さん、はいっ!!!」
パチパチパチパチ。
俺は拍手する。
あー、一人じゃいい音でねぇな。
小っちゃいよー、効果音なんとかしてー。
「何回やるんだよ」
「何回でもやるー。あーちひろー。俺生きてて良かったー」
「嫌、死んでるだろ」
「生きてるもん。鼓動が騒いでるもん。心臓がうるさいー。あー、ひめさまーバンザーイ」
「一か月たってもそのテンションなのがすげぇよ」
「何言ってんだよ。一生祭りだよ。エブリディ記念日。ひめさまー、生まれて来てくれてありがとうございまーす」
俺は目を閉じて拝む。
もうずっとこの状態。
「姫様のおかあさまー。姫様を産んでくださってありがとうございますー。あの頃と寸分違わず美しい姫様を産んでくださって、一生感謝です。来世でも来来世でも崇拝し続けます。ありがとーマミー」
「元気だな」
「当たり前だろ。姫様に会えたんだぞ。もう俺、あー、泣ける。まだ泣ける。感動が甦る。うー」
そう、俺は遂に姫様に出逢えた。
あれは四月の入学式。
桜が満開だったな。
美しかった、あんな綺麗な桜四百年以上生きてるけど見たことねぇよ。
まあ、姫様には敵わんけど。
おー、まいえんじぇる。
まいろーど、まいぷりんせす、サツキ・ヤナギ。
ああ、感謝、感謝しかない。
柳皐月。
何といういいお名前。
「ちひろー。俺お前にも目茶目茶感謝してるんだぜー。お前が姫様と同じ高校入ってくれなかったら会えなかったじゃん。おおお、受験勉強頑張って良かったな」
「そんなに頑張ってないけど」
「お前が電車通学したくないとか言うふざけた理由で近くの高校受験した時はこれでいいのかなぁって思ったけど、正解だったな。あー、うれしー」
「良かったな」
「あとバスケ、バスケ部に入ってくれて良かったー。姫様がバドミントン部だから体育館で会えるじゃん。室内競技バンザーイ、もうサイコー」
「うん。わかったから」
「何度言っても足りねぇよー。おおー、この気持ちをどう伝えればいいのかー」
「もう十分伝わってるよ。あと声デカい。そんなデカい声じゃなくても聞こえる」
「おさえきれなーい。このきもちー。あーなーたーにー、とーどーけー」
「歌作ってんの?」
「ああ、もう空まで舞い上がりそう」
「いつでもそれはできるだろ」
「あー、可愛いなぁ姫様」
可愛すぎる。
令和の姫様。
あの頃も十分可愛かったけど、今は何というか、こう、最高よな。
「毎日会えるとか幸せすぎる。こんな一気に供給があって姫様オタク致死量超えて死んじゃう」
ゴールデンウィークも部活があるから会えるし。
土日も午前中は部活だから会えるし。
あー、最高。
バサラ史上最高じゃん。
人生の絶頂期来ちゃったよ。
高校の三年間これからずっと一緒だ。
あー、しあわせー。
十六歳になった姫様見れるじゃん、俺。
長生きはするもんだなー。
姫様に会えたら成仏するかなって思ってたけど、どうやらしないみたいだし、いやいや、もうしたくない。
成仏なんてしてたまるか。
姫様をずっと見ていたい。
俺は大人になった姫様が見たいよ。
「姫様、今何してるかなー?」
「家にいるだろ」
「夕飯何食ったかなー?」
「さあ」
「好きな食べ物なんだろー?」
「さあ」
「同じ空間にいられるとか幸せすぎる。幽霊ポイントどうやって貯まったんだろ。俺大していいことできなかったのに」
「毎日家事頑張ったからじゃねぇの」
「それは俺が楽しかったからなぁ。料理だけじゃなく、掃除も洗濯も好きだぜ。やっぱり俺が幽霊になったのは生まれ変わった姫様に会うためだったんだな、そうとしか考えられない。やっぱり俺はどこまでも姫様にお仕えする運命なんじゃね?」
「別に今は仕えてないだろ。見えてないんだし」
「じゃあ俺はこっそり姫様を守るよ。影の騎士バサラ。あ、これはかっこ良すぎか、いかんいかん」
「信じてるけど、ストーカーみたいなことしないよな?」
「当たり前だろ。卑怯なことはぜってーしねぇよ。そんなことしたら罰当たっちまって、来世虫じゃ済まないかも。それどころか二度と生まれないで地獄の釜で茹でられ続けるかも」
「そうだな」
「こえぇ。舌引っこ抜かれるかも。あー、もっと姫様のこと知りたいなー。趣味とかあるのかな?」
「何かしらあるだろ」
「好きな色は何色ですか?」
「さあ」
「好きな花は?」
「さあ」
「干物好きですか?」
「好きなんじゃない」
「テキトー」
「普通干物好き?なんて聞かないだろ」
「聞いたっていいじゃん。豚肉はどうやって食べるのがお好きですか?とか」
「生姜焼き」
「お前のじゃねぇよ。俺はとんかつかなぁ」
「角煮も好き」
「朝はご飯ですか?パンですか?それともシリアル?」
「ご飯と味噌汁がいい」
「あ、姫様ともし話せるようになったら聞きたい事ノートにまとめとこうかな」
「いいんじゃない。もしかしたら奇跡が起きるかもしれないし」
「うん。つーか、千紘もう少し姫様と仲良くなってさー、色々聞いて欲しいなぁ」
「嫌だよ。気があるとか思われたらめんどくさい」
「嫌、まあ、そうか。すまん」
千紘は顔が良くて背が高いので中学の時から滅茶苦茶もてた。
他校から千紘に会いに来る子もいっぱいいた。
もし振られた女子が恨みに思い刺しに来たら俺が千紘を守るからなと意気込んでいたが、そんな子は一人もいなかった。
やはり振られたくらいで包丁振り回すなんてのは、ほとんどないらしい。
千紘は見た目が良すぎるせいで、少し話したくらいで、佐倉君自分に気があるのかもと勘違いさせてしまう能力に長けているので、中学時代は大変だった。
普段余り喋らない佐倉君が私には特別なの、みたいなね。
嫌、笑い事じゃなく、ホントに。
あげく、勘違いさせるようなことしないでよとか言われちゃうし。
そんなに親切にされたら勘違いする子絶対出てくるからね、あんまり他の子にはしない方がいいよとか言い出す子までいる始末。
一番手におえなかったのは、マウント合戦だ。
佐倉君は誰に対しても親切なだけで貴方みたいな子に興味ないと思うよってイケ女子が地味女子に釘さすやつ。
これ実話だからね。
しかも千紘は誰に対しても親切なわけじゃなくて、誰に対しても態度変わらないだけで、特に親切になんてしてないから。
あー、顔のいい男はつらい。




