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ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
14/30

14 家族だからといって

お盆が終わるとお祖父ちゃんは伯母さんと大阪で暮すことになったので、駅まで千紘の母親の車に乗って送っていった。

俺も勿論車に並走して飛んでいった、ひゅんひゅんと、矢のようにね。

お祖父ちゃんと伯母さんと改札の所で別れると、千紘の母親はさっさと帰りましょと言って千紘を置いてすたすた歩き始めたので千紘と俺はその背を追いかけた。


「あー、すっきりした。もうこれで当分会うことないわね」


家に帰ると千紘はすぐ部屋に行こうとしたが母親に引き留められたので、二人は台所のテーブルで向かいあう。

あー、その席今は俺のー、俺のいすー。


「そういやあんた料理できるんだってね?」


「まあ、少しは」


料理してるのは俺です。

千紘ができるのはゆで卵とスクランブルエッグくらいです。

あとお好み焼き、ひっくり返すのが上手い。


「お姉ちゃんにはああ言ったけど、今更母親面されるのあんたも嫌でしょ?」


千紘は答えない。

ただこの会話が続くのが嫌そうなのだけはわかる。


「お互い干渉しないようにしましょ。それからお祖父ちゃんのことも伯母さんのことも気にしなくていいから」


「何を?」


「お姉ちゃんはね、お父さんの年金が欲しいだけだけだから。旦那が薄給だから子供二人もいると大変なのよ。お父さんの貯金と年金と、株の配当金目当てだから、親孝行なんかじゃないのよ。お姉ちゃんは小賢しいの、昔から」


「伯母さんはいい人だよ」


「悪い人なんて言ってないわよ。まあほっとかれたらあんたが面倒見ることになったんだから、でも感謝なんてしなくていいのよ。伯母さんにもお父さんにも」


俺は千紘の隣に座る。

千紘の表情は変わらない。

俺がこの人に見えたら、この空気を打破できるのにな。


「言っとくけど、あんたの生活費出してたの私だからね。お祖父ちゃんじゃないから。あの人は一銭もあんたに出してないんだから、感謝なんてしなくていいのよ。それどころか、お母さんが死んじゃったらお酒に逃げて、小学生の孫ほったらかして、ホントにみっともない人。情けない、あー、もう会わないと思ったら本当にいい気分。最高。私もう生きてる間は絶対に会わないから。お姉ちゃんにも死んだら知らせてって言ってあるし。まああんたが会いたいなら止めないから勝手に大阪行きなさい。電車代くらい出してあげるわよ」


「自分の父親をそんな風に言うのよくないと思う」


「は?何言ってるのよ。家族だからって、血の繋がりがあるからって、無理に好きになる必要なんかないのよ。だからあんたも私のこと嫌ってていいの。私はお父さんもお母さんもお姉ちゃんも大嫌い」


「何で?」


「だって嫌な人間だったもの。お父さんは自分がいつも正しいって顔してさ、偏見の塊、一流企業でサラリーマンしてたのがそんなに偉い?そんな人間この国にどれだけいると思ってんのよ。お母さんはお父さんの言いなりなままさっさと死んじゃってさ、風邪一つ引けないで本当につまらない人生。ホント惨め。まあお母さんは可哀想だったわね。それは認めるわ。でもいつも庇ってくれなかった。私の味方になってくれなかった。本当に大っ嫌い。子供の頃からずっと。父親といい思い出なんて一つも思い出せない。あんなしょうもない人間、惨めにくたばったらいい」


「子供の前でよくそんなこと言えるな」


「子供の前だからよ。家族なんてちっとも良くない。家族なんていらない」


「いらないのに、何で戻って来たんだ?」


「家族になるために戻って来たんじゃないもの。ここにいるのが都合がいいから帰って来ただけ。あんたのためじゃない。自分のためよ」


「そう」


「お姉ちゃんだってがり勉して、でも結局大した大学入れなくて、しょうもない男と結婚して、お金もなくて親の年金当てにして、私のことバカにしてても結局それじゃない。いい、千紘、お金がないのはこの世で一番惨めなのよ。お金を持ってる人が一番偉いの。だからお母さんの旦那さんだった小林は偉いのよ。お母さんね、沢山慰謝料貰ったの。だから千紘は何にも心配することないの。欲しいものは何でも買ってあげられる。何も我慢することないのよ。もうこの家は私達しかいないんだから、遠慮はいらないわ。好きなように振る舞いなさい」


「我慢なんかしてない」


「いい、千紘。あんたはあんな人間になったら駄目よ。食わしてやってるんだからなんて態度とったら今時離婚だからね。奥さんのことも子供のことも自分の思い通りに動かそうだなんて間違ってるから。というより他人を自分の思い通りにしようってのが間違いよ。他人に期待せず、自分のことは自分でして、自分のしたいことしなさい」


「お祖母ちゃんは惨めなんかじゃなかったと思う」


「どうしてあんたにそれがわかるの?」


「それなら一緒にいなかったお母さんにどうしてわかるんだよ」


「だってずっと見て来たもの。あんたより一緒に暮らした時間長いんだからね。わかるわよ。お母さんは可哀想だった。お金の心配ないのにパートに行ってたのは何でだと思う?」


千紘は答えない。

ただ口を真一文字に結んで、目の前の母親から目を逸らそうとしない。

参戦してやりたいが、聞こえないなら野次にすらならない。

顔面の圧がすげぇな。

顔のパーツで満点じゃない部分がない。

でも千紘も負けてない。

美形親子だな。

千紘、頑張れ。

お前に酷いこと言ったらほっぺたくらいは思い切りつねってやる。

あ、暴力は駄目、今そういうの絶対ダメだから。

バサラさんはコンプライアンスを守る幽霊。

じゃあ、しょうがないからポルターガイスト起こすか。

千紘とお母さん以外誰もいないはずなのに冷蔵庫が開いたりね。

やってやろ、驚くぞー、きっと。

さあ、来い、どっからでも来い。

俺は無敵だ。

何があっても千紘を守るよ。


「お母さんはね、一人になりたかったのよ。お父さんがいない世界が欲しかったの。私にはわかる。千紘にはわからないわよ。子供で、どうしたってあんたも男だから」


「お祖母ちゃん、いつも楽しそうにしてた」


「そりゃ孫のあんたの前だからでしょ」


「死ぬの早すぎたけど、惨めなんかじゃなかったと思う」


「それはあんたがそう思いたいからでしょ?誰もお母さんがどう思ってたかなんてわからないんだから。でも娘の私から見てお母さんの一生はしょうもないものだったわよ。あんな人生なら捨てちゃえば良かったのに」


もう我慢ならん。

バサラさん最強秘術ポルターガイスト発動じゃ。

俺が椅子から立ち上がると、千紘も同時に立ち上がり冷蔵庫を開けた。


「お茶飲む?」


「ありがとう、飲むわ」


千紘が二人分の麦茶をコップに入れる。

俺は煎餅を食ってバリバリ音がする作戦を思いつくが千紘が喜びそうにないので胸に留める。

そうだ、これは千紘の戦いだ。


「お祖母ちゃんが惨めだったって思うのは、お母さんが同じ人生になったら嫌ってことだろ?お祖母ちゃんが惨めだったと思っていたとは限らない」


「誰から見ても惨めでしょ。高圧的で自分のことしか考えられない人間とずっと一緒に暮らしていたなんて」


「惨めでいて欲しかったの?」


「そんなわけないでしょ。離婚したらいいのにって思ってただけよ」


「お祖母ちゃんが離婚したいって言ったの?」


「言わないわよ。ただ私なら我慢しない。離婚する」


「お祖母ちゃんは沢山の人に好かれてた。お葬式の後パート先のスーパーの人達が何人もお花持ってきてくれて、泣いてくれた。お盆もお菓子もってきてくれた」


「何それ?だからぁ?」


「惨めなんかじゃない」


「あのね、職場の人間関係なんて一番いらないやつじゃないの。辞めたら二度と会わない連中よ。泣いてくれたって何よ。馬鹿々々しい。もういいわ。それより、夜何食べる?何でも食べさせてあげるわよ。あんた何が好きなの?」


「ハンバーグ」


「言っとくけど、母親の味とか期待しないでよ。私料理なんてしないからね。食べに行きましょ」


「じゃあ食べ放題がいい」


「あっそ」


千紘、一人で頑張ったな。

かっこいいぞ。

成仏してもずっと空からお前のこと守るからな。

子々孫々守ると誓うぞ、俺は。

母親が千紘から目を逸らし、スマホで店を検索し始めたので、俺は自慢の変顔を思い切りしてやった。

千紘は微かに笑った。

白い花みたいに見えた。

赤い花と白い花、案外この親子上手くいくのかも。

間に雑草も混じってるし。

今日から俺は緩衝材系男子バサラさん。

プチプチになるぜー。





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