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ただ星を見ていた  作者: 青木りよこ
13/30

13 四百年前の話をする

部屋に入ると千紘はベッドに突っ伏した。

長い身体だ。

千紘はいつの間にかもう百七十センチになっていて、後ろ姿だけならもうすっかり子供ではなくなっていた。


「千紘、俺がどうやって死んだか話してなかったよな?」


「うん」


「特別に話してやる。四百年間誰にも言ってないんだぜ」


千紘はベッドに寝ころんだまま顔だけこちらへ向けた。

俺は千紘の椅子に座った。

黒い千紘の目を見る。

とても澄んだ色をしている。

ちゃんと光を吸収している目だ。


「聞いて驚けよ」


「聞いて驚くなよって言うんじゃないのか、普通」


「嫌、ぜってー、驚くよ。スゲーもん俺」


「可哀想な死に方をしたってことか?」


「別に可哀想じゃねぇよ。いいか、言うぞ」


「うん」


千紘が起き上がった。

あ、大丈夫、まだまだ子供の顔だ。


「俺はな、千紘。関ケ原前夜に家康を暗殺に行って取っ捕まって殺されたんだ」


「そうだったのか」


「びっくりしねぇのか?」


「嫌、忍びって言ってたからそういうこともあるかなって」


「ここからがすげーんだぞ。俺はな、家康暗殺に成功した。家康を確実に仕留めた。首から血が噴き出して奴が絶命するのを見た。あんなに似た男いやしねぇよ。あれは絶対家康だった。その後お前らが知ってる征夷大将軍になった家康は影武者だよ」


「そうか」


「おう。バサラさんすげーだろ?」


「うん。凄いな」


「影武者徳川家康、俺に文才があったら書けたのになぁ。先越されちゃったよ、もうあれ以上の傑作書ける気しねぇよ。俺のが事実なのに小説の方がずっと面白いもん、あれ正史でいいよ。教科書も書き換えよう」


千紘が微かに笑った。

整った顔ゆえ少し口角を上げただけで漫画の名シーンを切り取ったかのように見える。


「大恩人がいるっていっただろ?」


「うん」


「俺の大恩人はさ、忍びの頭領の娘さんで皆に姫様って呼ばれてた」


「姫様…」


「うん。すっげー可愛くて綺麗で、優しい人だった。年は俺と同じ。小さい頃はよく一緒に遊ばせてもらってた。木登りしたり、のっぱらを走り回ったり、手裏剣の練習したり、剣術のおけいこも一緒にした。

毎日すっげ―楽しかったな」


「亡くなったのか?」


「ああ。病気でな。十五だった」


「そうか。それは可哀想だな」


「ああ。何の恩も返せなかった」


「恩?」


「姫様のおかげで俺は毎日楽しかった。人から見たら十五年の何も掴めなかったしみったれた人生だった

かもしれないけど、俺は満足していた。姫様がいたからだ。あの人があの美しい姿で満天の笑顔で俺の人生を彩ってくれたからだ。成仏できねぇで、情けねぇことに幽霊になっておまけの人生が四百年以上も続いているけど、俺はあの十五年に何の後悔もねぇし、やり残したこともねぇんだよ。ただ姫様が俺より先に死んでしまったことだけだ。それだってどうしようもないことだしな。でももしこのままこの生活が続けられるなら、生まれ変わった姫様を一目見たいんだ。本当に人目だけでいい。言葉なんか交わせなくていい。

一目見たら俺間違いなく跡形もなく消え失せるよ。実際溶けると思う、アイスみたいに」


「生まれ変わってるとは限らないんじゃないか?誰か会ったことはあるのか?」


「ない」


「ないのかよ」


「ねぇな。そっくりな人も見たことねぇ」


「生まれ変わりなんてあると思うか?」


「わからん。でもあったらいいよなって思う。というより、あんな可愛い姫様がもう一度あの姿でこの世に生まれないとか地球の損失だから。俺だけが憶えているとか勿体ない。あの可愛さは全人類が共有すべき、人類の宝」


「そうか」


「そうかじゃねぇよ。あー、お前にも見せてやりてぇよ。かっわいいんだぜー。天使、あ、マジで天使だから。聖女でもある」


「うん、わかった」


「でもおてんばなところもあってー、笑顔がとびっきり可愛くてさー」


「うん」


「いつも笑ってた。誰に対してもそうだった。人間ってさ、上手くいく時もあるけど、そうじゃない時も多いよな。トータルでいったら上手くいかない時の方が多いかもしれない。でも姫様はいつも笑ってくれてた。いつも、どんな時でも」


「偉い人だな」


「うん。姫様は世界で一番幸せになるべきだ。前世の分も」


「見つかるといいな」


「うん。見つかると思う。俺きっと今幽霊ポイント貯めてるし」


「幽霊ポイント?」


「そう。略してゆうポ。俺が幽霊になったのは生前にできなかった善行を積みなさいってことかもしんないなって。それが満タンになったら姫様に会えるのかも。俺が成長して、人間として成熟したら」


「何するんだ?」


「そりゃ、あれだよ。弱気を助け強気を挫くだよ。正義の味方だ」


「難しくないか?」


「顔あげるわけにいかないからなー。見えないからお年寄りの荷物も持ってやれないし、おぶって家に送り届けてやることもできない。くー」


「確かに」


「まあ気長にやる。もし俺がある日突然見えなくなったら姫様に会えて成仏したと思ってくれ」


「会えるといいけど…」


「会えるだろ、ここまで引っ張ったなら会えるだろ。流石に」


「どんな顔?」


「可愛い顔」


「具体的には?」


「説明しようがねぇよ。可愛いんだよ。そいでもって綺麗なの。笑った顔が特に素晴らしい。笑顔世界一位」


「そんな人いくらでもいるだろ。何か特徴ないのか?」


「ない。そうだ、今思いついたんだけど大人になった姫様が見たかったのかも俺」


「大人になった?」


「だって見てないから。今ならあの頃治らなかった病気も治るだろ。姫様は大人になれる」


「そうだな」


「そうだ、姫様が見たい。十六歳になった姫様が見たい。千紘、俺燃えて来たぞ」


「うん」


「生きる希望が湧いて来た」


「嫌、死んでるだろ」


「姫様はやっぱりすげぇな。何時だって姫様は俺に希望をくれるんだ。本当に偉大な女性だよ。世界史上最大傑物」


「本当に好きだったんだな」


「嫌、そういうんじゃない。お前が思うようなんじゃないよ。少女漫画みたいなあれじゃない」


「少女漫画?」


「嫌、お隣さんちにいっぱいあったから時々読ませてもらってた。まあそれはいいんだけど。姫様は俺にとってそういうんじゃないんだよ。俺は姫様を自分のものにしたいんじゃない。俺はそんなに図々しくない」


「身分のこと?もう別にいいと思うけど」


「ちげーよ。そういうんじゃなくて、姫様は俺の人生を変えてくれたんだよ。もし俺が忍びじゃなくて家康暗殺にも行かず天寿を全うし百歳まで生きられたとしても、姫様と出逢えなかったら俺の人生はずっと惨めだよ。俺死ぬ時ですら笑っていられたもん。俺がこういう人間になったのは間違いなく姫様のおかげだよ。俺と言う人間は姫様が作ってくれたんだよ。姫様なしじゃ俺の人生なかった。だって俺前向きで元気いっぱいだろ?」


「ああ」


「姫様がこうしてくれたんだよ。あの綺麗な澄んだ目で声でいつも笑いかけてくれたから。俺はこうやってずっと前だけ見ていられたんだ。姫様には感謝しかないんだよ。好きとかそういうのとは違うんだ。上手く言えねぇけど」


「わかるよ」


「わかった?お前はホントに賢いなぁ」


「兎に角大事ってことでしょ?」

,

「そうだ、大事だ。世界で一番大事なものだ。四百年以上こうしてこの世界にいるけど俺の気持ちは変わらねぇよ。姫様が一番だ。オールタイム一番だ。史上最高。ゴート」


千紘は又微かに笑う。

いつもこうだ。

千紘の笑い方は、ずっと。

違う銀河から笑いかけているような、近いのに遠くに見える。


「この世で好きなもの三つ挙げてって言われたら俺は姫様、唐揚げ、フライドポテトだな」


「食い物と一緒にするなよ。しかもいつでも食べられるようなものばっかだろ」


「じゃあお前は?」


「ハンバーグ、餃子、コロッケ」


「お前も変わんねぇじゃん。何時でも食えるじゃん。俺はあれだよ、姫様と唐揚げにはかなりの差があるからな、周回遅れだから、姫様は殿堂入りだし」


「当たり前だろ。こんだけ話して唐揚げと同格だったら引く」


「俺はあれだよ。姫様を忘れるくらいなら一生何も食えなくなってもいいからね。ひもじくても姫様の笑顔を思い出せるなら何処だって天国なんだよ。そうだ、俺はもう既に天国にずっといたんだよ」


「はいはい」


千紘がわかりやすく呆れた顔をして寝っ転がる。


「ちひろちゃーん、聞いてよー」


「聞いてるよ」


「こう人に話すと纏まってきていいな。一人で思い出してるより輪郭がはっきりしてくるって言うか、俺以外にも姫様を知ってる人がいるってのがいい」


「そう」


「会いたいなぁ」


「向こうも憶えてるといいな」


「そんな贅沢言わねぇよ。元気で生きていてくれたらそれだけでいい」


「でもその姿じゃなきゃ駄目なんだろ?」


「うん。それはそう」


そこはシビアよ、俺。

一ミリだって妥協しない。

姫様の可愛さ、愛くるしさ、そこだけは譲れんわ。

まあ髪型くらいなら譲歩しても良い。

ショートカット姫様見てみたいし。

多分何でも似合うし。

あー、会いたいよぅ。

今年中に会えますように。

幽霊ポイント貯めないとな。

誰か俺に善行を積ませて下され。


「バサラ、かき氷食べに行く?」


「行く」


俺今日ブルーハワイにしよ。

バサラさん、夏を満喫いたします。

ごめんあそばせ。

バサラさんは優雅な幽霊。

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