11 料理を極める
図書館で伝説の家政婦さんの料理本のハンバーグのページを丸暗記した。
スーパーで材料を揃え、千紘はお部屋で勉強しなさいと台所から追い出したのだが、思いがけない事態となった。
玉ねぎだ。
俺は玉ねぎが目に沁みるのは生きている人間だけだと思っていたが、幽霊も例外ではなかったらしい。
しみるー、うー。
「大丈夫?」
「大丈夫に決まってるだろ。あっちに行ってなさい」
「玉ねぎだけ俺やろうか?」
「いい。玉ねぎごときに負けているようでは伝説の家政婦にはなれない」
「家政婦目指すの?」
「千紘に美味しいくて栄養のあるものを沢山食べさせたい」
「それは、ありがとう」
「ううう、不甲斐ない」
「しょうがないよ」
「無敵の幽霊様のはずなのに」
「玉ねぎ切ったら、また無敵になれるよ」
「うん」
玉ねぎには思いがけない仕打ちを受けたが俺はめげなかった。
ひき肉を混ぜるのは上手くできたし、小判型にするのも我ながら傑作だった。
俺って何やらせても上手いわ。
やはり忍びとして一流だった男は違うな。
よし、俺究極の家政婦目指すよ。
姫様の家に雇ってもらえないかなー。
俺、姫様に美味しい物沢山作って食べさせたい。
綺麗にくるんと包んだロールキャベツとか、姫様がぽっちゃりになるくらいに。
ぽちゃ姫様。
あー、可愛い。
可愛すぎる。
料理本気で頑張ろ。
姫様の家政婦バサラさん。
戦国ハートフルラブコメの開幕だ。
あ、でも相手は俺じゃなくていいんで、俺はヒロインを見守るかっこよくて強い執事ポジでお願いします。
お祖父ちゃんは相変わらずだ。
飲むゼリーとバナナがなくなっているので、毎日ゼリーとバナナは食べているんだろう。
買っておいたスーパーの弁当も食べてる日もあれば食べてない日もあって、残っていたら俺が食べている。
千紘に内緒で部屋にこっそり入ったが、ビールの空き缶とおつまみの袋が転がっていたので、自分で買い物に行ったりしているんだろう。
洗濯ものも出しているから毎日服は着替えているようだし、風呂にも入っている。
でも千紘がいるとほとんど部屋から出てこないで、引きこもっている。
まあ金の心配はなさそうなので、本人が立ち直るのを待つしかないんだろう。
千紘が飢えることがないならそれでいい。
まあ俺が付いているから、何があっても千紘にひもじい思いはさせまい。
ハンバーグが上手くできたので、お祖父ちゃんにも食べてもらおうと冷蔵庫に入れて残しておきドア越しに声もかけたが、次の日の朝起きて冷蔵庫を開けたら残っていたので、温めて食パンにレタスとスライスチーズと、目玉焼きを挟んでバサラさん特製欲張りハンバーグサンドにして千紘に出した。
「美味い?」
「美味い」
「また食べたいくらい美味い?」
「うん」
「じゃあ又作るな。今日は何食べたい?」
「餃子」
「ひき肉続くねー」
「包むの手伝う」
「おう、じゃあ餃子な」
「うん」
四十九日のためやって来た伯母さんは父親の様子に驚いたようだった。
お祖父ちゃんは自分の娘に電話では元気だと言っていたらしい。
千紘の母親は今回は一人で来た。
千紘にあでやかに笑いかけた。
それは俺に赤い花を思わせた。
背景に赤い花が見えるというより、彼女自身が赤い花のように見えた。
一輪の花というよりは大輪の花、それもいっぱいに敷き詰められた、植物園の一つの部屋のような、赤い花だけの部屋、彼女だけの赤い空間を思わせる、千紘の母はそんな女性に見えた。
法要が終わり皆で美味しいものを食べようと伯母さんが言ったが、千紘の母親は私はいいと言って帰っていった。
一度も千紘に振り返ったりはしなかった。
残された伯母さんとその旦那さんと中学生になった双子とお祖父ちゃんと千紘の六人で蕎麦屋に入り、皆好きなものを注文した。
お祖父ちゃんはおろし蕎麦、千紘は何たら和膳とかいう握り寿司と天ぷらとざる蕎麦と茶碗蒸しのセットとかいう豪勢なものを頼んだので、思わず、いいぞー、ちひろーと言ってやった。
そうだよ、ここぞとばかりにご馳走食ってやれよ。
遠慮なんかいらねぇよ。
食え、食え。
特に揚げ物食っとけ。
まだ揚げ物バサラさん上手くできる自信ないから。
あ、イクラ美味そう、穴子美味そう。
いいなー。
飯を食いながら伯母さんがご飯はどうしてるの?と聞くので、千紘は買ったり作ったりしてると言った。
「そっか、千紘君もう五年生だもんね。元々しっかりしてるし。何作ったの?」
「ハンバーグとか、餃子とか、オムライスとか」
作ったの俺よ。
ま、世話になってるんだからこれくらい当然よ。
「凄いじゃない。野菜はちゃんと食べてる?」
「カット野菜とトマト食べてる。あとブロッコリー茹でたり」
茹でたのも俺よ。
昨日なんかポテトサラダもちゃんと作ったもんね。
俺えらい。
ほめてー。
「えらーい。ご飯は炊いてるの?」
「うん。炊飯器タイマーセットするだけだから」
それは認める。
炊飯器が一番偉い。
「そう」
「大丈夫。何とかなってる」
「そうね。また背伸びたみたいだし。次会った時はもう背抜かれちゃってるわね」
伯母さんも自分の父親には強く言えないようだった。
親子関係と言うのは複雑で難しい。
お祖父ちゃんは元々喋らない人だった。
いつもお祖母ちゃんが喋っていた。
まあ、お祖父ちゃんからしたら定年後お祖母ちゃんと静かに暮らし、最後はお祖母ちゃんに看取られて死ぬんだろうと思っていたと思う。
だって女性の平均寿命の方が長いんだから。
俺だってお祖母ちゃんが死ぬなんて思ってもみなかった。
何の予兆もなかったし。
人間は自分がいつ死ぬかだけは知りたくてもわからないんだ。
そこだけは何百年経とうが変わらないらしい。




