1 やだー
姫様が死んだ。
その後十日程生きて俺も死んだ。
生まれ変わったら今度は姫様のもう少し近くへいきたいと願った。
ここで来世は夫になりたいとか図々しいことを願わないあたり俺は謙虚で報われるべきだと思うのだが、なんの因果か生まれ変わることなく幽霊になりこの世に留まってしまった。
何で?
俺なんか悪いことした?
しょうがないので俺は姫様が生まれ変わって、又俺の目の前に現れてくれるのを待つことにした。
俺ってなんて健気。
泣ける。
そうしているうちに気が付けば四百年以上の時が流れて、俺は今幽霊になって初めて人に話しかけられている。
「家に何か用ですか?」
ランドセルを背負っているということは小学生だろう。
身長を考えると恐らく低学年。
死ぬ前の俺はどちらかと言えば無知で頭が回らず上手く立ち回れない方だったが、四百年以上この世を彷徨ったため知識だけは相当身に着いたと思う。
図書室とか図書館とかに忍び込んで本いっぱい読んだし。
このくらいの年の子ならごまかせるはずだ。
あれ、つーか、この子供何で俺が見えてんの?
今まで誰にも見えなかったのに。
何コイツ、ひょっとしてあれ、霊能力者?
俺祓われちゃう?
どうせ成仏するなら姫様に会ってからにしたい。
会うとか図々しいな。
遠くから拝みたいです、神様。
それくらい叶えてくれてもいいだろ。
四百年以上誰とも喋れなかったんだぞ、寂しかったよ、俺。
俺可哀想、超可哀想。
来世は姫様の屋敷に咲く花かなんかでいいです。
毎日姫様に水やりして欲しーい。
「あの、大丈夫ですか?」
ん?
「救急車呼びましょうか?」
え?
何この子俺のこと心配してる?
俺そんなに顔色悪い?
そうか、俺幽霊なのに足あるから普通に人間に見えてるのかもしれない。
この子、霊能力者じゃなくて、単に霊感がある子供なだけかも。
よかったー。
俺ここまで来たら意地でも姫様を一目見たい。
見てから死にたい。
まあ、もう死んでるんだけど。
このままじゃ死んでも死にきれない。
神様、お願いします。
俺、死ぬ前も大していいことない人生だったでしょ?
あ、そんなことねーわ、姫様に出逢えた。
あんなに綺麗な女の子いないよ。
あー、思い出しても凄いな。
四百年たっても色褪せない、永遠の俺の女神様。
マドンナ、俺のアイドル。
あー、会いたい、姫様に会いたいよー。
会わせてくれよぅ。
「あの」
あ、この子忘れてた。
あんまりほっとくと警察呼ばれかねないな。
この家この子の家なんだろうし、あ、俺敷地内入ってるわ、やべー。
「お兄さん、超能力者なんですか?」
「へ?」
あ、第一声マヌケな声になっちゃた。
もっと大人なかっこいいい威厳溢れる感じにしたかったのに。
もう俺を知ってる人なんてどこにもいないんだから、高校デビュー絶対成功するのに、死んでるなんて。キャラ変できないとは、これも因果か。
俺は死ぬまでこんな感じで行くしかないんだな。
少年漫画の主人公のライバル黒髪クール系イケメンキャラ憧れたよー。
「どうやって浮いてるんですか?」
あ、そうだった。
俺足あるけど、浮いてるんだった。
あー、失念、失念。
もういっか、どうせ二度と会わないし。
子供の頃こんな変な兄ちゃんに会ったって、いつか可愛い彼女が出来たら話せるように、正直に言ってやるか。
「あのね、お兄ちゃん、幽霊なの」
俺は殊更高く浮いて見せて、子供を見下ろす。
どうだ。
あ、しまった。
幽霊なんてちんけなこと言わないで、水の神とか火の神とか言っちゃえば良かった。
あ、でも嘘良くないな。
徳を積まないと、姫様に会えなくなっちゃうかも。
嘘、ダメ、絶対。
「お化けなの?」
「そう、そうとも言うな」
「そうなんだ」
冷静だな、おい。
俺は空中でイヤミのシェーのポーズをとってみるが子供は無反応だ。
そうか、今の子は知らないか、これが世代間のギャップ。
ぐぅぅぅぅぅぅ。
何の音だ?
俺じゃないよな。
腹が鳴るなんて四百年なかったぞ。
「お腹空くの?お化けなのに?」
「おれ?」
「俺じゃないから、お兄さんでしょ」
「え、そうなの。怖い」
「ちょっと待ってて」
子供は鍵を開けて家の中に入っていった。
このままどこかへ行っても良かったが、単純に腹が鳴ったことが気になるのと、俺が見える子供も気になり、大人しく待つことにした。
空中で胡坐をかき、回転しながら。
「これ、食べていいよ」
子供は宙に浮いている俺に手を伸ばした。
その手には粒あんパンの袋が握られていた。
この四百年腹が減らなかったので、存在は知っていたが食べたいとも思わなかった。
「ありがと」
俺は受け取り、袋を開けた。
丸いそれに齧り付く。
美味い、こんな美味いものあったのか。
俺は美味すぎて涙が出てきたらしい。
俺の半分も生きてないような子供の前でみっともない。
俺は夢中になって食べた。
あんまり美味いので、食い終わるのが惜しいと思った。
姫様にも食べさせてやりたかった。
俺達が生きていた頃にこんな美味いものはなかったから。
「もっと食べる?メロンパンもあるよ」
「食べる」
「取ってくるね」
「すまん、水も飲みたいんだが」
「ちょっと待ってて」
俺が泣きながら回転していたら、いつも通り物体をすり抜けたので、簡単に家の中に侵入してしまった。
冷蔵庫から出てきた俺を見て、流石に子供は目を丸くしびっくりしたように見えたが、大きな声を出したりせず、すぐに元の表情に戻った。
この子、冷静過ぎるな。
それとも今時の子は皆そうなのだろうか。
「本当にお化けだ」
「そりゃそうだよ」
「お化けも食べないと死んじゃうの?」
「嫌、こんなの初めて」
この子、俺になんかした?
まさかな、ひょっとして俺人間に近づいてるとか。
今更?
あれか、死期が近づいてるとか?
えー、姫様、まだ、拝んでないですよー。
せめてあの愛くるしい薔薇色の頬っぺただけでもいいから見せて下され。
「お水でいいの?麦茶もあるけど」
「じゃあ麦茶」
飲んだことないけど、知ってる。
子供は動物の絵の描かれたグラスに麦茶を注いでくれる。
「座ったら」
俺はすぐ傍の台所の椅子に腰かける。
長年幽霊をやっていたため他所様のお家にお邪魔するのはまあ、慣れたものだが、こんな風にお客さんになったのは初めてだ。
子供は俺の向かいに座り、メロンパンの袋を寄越してくれたので、袋を開けて齧り付く。
「うっめ、美味すぎ。何だよ、これ」
「初めて食べたの?」
「お兄ちゃんが生きてた頃こんな美味いもんなかったもん」
「いつからお化けやってるの?」
「聞いて驚けよ、四百年以上だ」
「大昔だ」
「おうよ。お前の祖父ちゃんや祖母ちゃんどころか、今世界一長生きしてる人だって俺より皆年下なんだぜ」
「そうなるね」
嫌、何か何でそんな普通なの?
おっかしいなー。
もっとテンション上がらない?
幽霊って珍しいでしょ?
あれ、そうでもないの?
もっとお目目キラキラさせてくれよぅ。
「お前、鍵っ子?一人でお留守番偉いね」
「かぎっこ?」
「あ、今時そんな言い方しないんか。あ、親が共働きで鍵持って学校行ってる子供のこと」
「お祖母ちゃんがパートの日だけ鍵持って行ってる」
「祖父ちゃん祖母ちゃん同居してんのか。兄弟は?」
「いない」
「そっか。じゃあ五人家族か?」
「三人。親いない」
「悪い」
無神経だった。
傷をえぐるようなことをしてしまった。
もう二度と会わないんなら、こんなこと聞くべきじゃなかった。
もっと当たり障りない話にすれば良かった。
天気とか、今流行っている漫画とか。
「悪くないよ。死んでるわけじゃないし」
「あ、そうなんか」
「うん。離婚してどっちも俺のこと引き取らなかった」
「おう、そうか」
「うん」
「まあ、あれだな。お兄ちゃんもな、親いないんだ。母親は俺産んですぐ死んじまって。父親はまあもう間違いなく死んでるけど、会ったこともない。どんな人かも知らない」
「そうなんだ」
「おう、でも、あれだぞ。親いなくても子供は育つからな。心配するな。お前は大きくなるよ。飯さえ食ってりゃ何とかなる。お兄ちゃんもそうだった」
「心配してない。お祖母ちゃんもお祖父ちゃんも優しいし」
「そっか。それならいいな」
「うん。でもお兄さんあんまり大きくないけど、いくつなの?」
「十五で死んだ」
「じゃあ俺の八歳上だ」
「お前七才か。しっかりしてんね」
「そうかな」
「そうだよ。俺がお前くらいの時はもっと馬鹿だったよ」
「髪、生まれつきそうなの?」
「あ、白髪か?嫌死ぬちょっと前にな、まあかなり酷い目にあってな、ショックで、あれだよマリー・アントワネットみたいなやつ」
「何それ?」
「フランスの王妃様。王様のお嫁さんがね、色々辛い目にあって髪が白くなっちゃったんだよ。まだ若かったのに可哀想に」
「そう」
「俺だって生まれた時はお前みたいに髪黒かったんだぜ。まあサラサラではなかったけど」
「ぼさぼさだもんね」
「まあな」
「浴衣だから病院から脱走して来たのかと思った」
「それで救急車って言ったのか」
「先週、近所のお爺ちゃんが入院している病院から歩いて家に帰って来て、大騒ぎになったから、後ろ姿だと髪が白かったから」
「そっか、それは悪かったな。今まで誰にも見えなかったから、自分の格好とか気にしてなくってさ、すまん」
そうか、俺の恰好はあの頃のものだから、こいつから見たら病人の格好だったんだな。
肌はぴちぴちの十五歳だけど、後ろから見たら髪真っ白だから、まあそりゃ驚くわな、嫌、お前あんまり驚いてなかっただろ。
落ち着いてんな。
お前もしかしてあれか、人生二週目ってやつか。
なわけないわな。
嫌、アリかも。
だって幽霊の俺がいるくらいだから、生まれ変わりとかあるに決まってるし。
よし、これなら俺姫様にまた巡り合えるな、そうに決まってる。
俺と姫様は運命の赤い糸で結ばれてたりはしないだろうけど、何らかの関わりくらいなら持てるはずなんだ。
橋の上ですれ違うとか、うん、そんなでもいい。
それ一回こっきりでいいから何卒俺と姫様を会わせてくださいませ、神様。
俺この四百年間、何も悪いことしなかったでしょ?
見ててくれましたよね、神様。
俺がやった悪いことって、せいぜい人んちに勝手に入るってくらいで、人んちの物を盗んだりもしてないし、まあ、盗み聞きはしたけど、はい、それはもう、はい。
すみません。
二度としません。
あ、今してるわ。
すみません。
明日からしません。
絶対に。