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あなたがオトしたのは長女の天上姫ですか、それとも次女の妖精姫ですか

作者: 佐伯帆由

「だから、究極の美だとか、癒しを与えるだとかいう女たちでは、俺の嫁にはなれない、無理だと言っているだろう」


 場所は小国の王宮。よく似た美しい娘さん二人の前で、少年期を抜け出したばかりといった年頃の王子が大きな声で怒鳴っています。娘さんたちは双子で、寄り添い合うように立っていましたが、ショックを受けている様子でした。

 その二人の背後に立つのは長身の女性。威圧感たっぷりの人物は、双子の娘さんたちの母親で、建国以来、初である女性辺境伯その人です。その美しさと苛烈さから、辺境の代名詞である湖の名をとって「湖の女神」と呼ばれているのです。

 そんな威圧感もどこ吹く風、王子は拳で机を叩きながら言い募ります。


「俺の嫁に必要なのは能力!語学力でも知識でも、努力の才能でもいい、俺には俺の仕事を分担してくれる人材が必要なんだ!」


 王子は見目麗しい人物でもあったため、きっぱりと拒絶された二人の姫たちの瞳には涙さえ浮かんでいるのでした。二人とも、匂い立つような美しさ故、断ったことはあれど、断られたことなどなかったのでしょう。


「大体なぁ、俺の激務はわかっているだろう、それを、なに?「疲れて帰ってきたあなたを笑顔で癒します」!?そんなもんで癒されるほど簡単な疲れじゃないんだ!父上が病床にあられる今、俺を補佐してくれる人とじゃないと務まらない。わかった!?」


 女辺境伯は、扇をピシャリと閉じると王子へと向き直りました。


「……。なんとも正直なことですじゃな、ここでただ頷けば、この娘たちが手に入るというのに。我が娘らは神々もが恥じらう美しさ。列国の有力者たちがこぞって望んでいるというのに。本当に手元に置いて愛でたくはならないと?」


 王子は煩わしそうに首を振ると、どさりと椅子に身を投げました。


「天上姫だか妖精姫だか知らないが、俺を癒すってんなら隣のゴミ部屋の片付けでもして帰ってくれ。皆、忙しくて片付ける暇がないんだ。仕事が山積みなんだよ、納得したら帰ってくれないか」


 女辺境伯(湖の女神)は閉じていた扇を再び開くと、表情を隠しました。そうして目を細めると王子を睥睨したのです。


「御心は分かりましたじゃ、殿下。それなら、この娘はどうですじゃ?」


 女辺境伯は、背後に控えていた侍女とおぼしき少女を顎で呼び寄せました。


「わしの最初の夫は、入り婿にもかかわらず、わしの妹と通じ、こともあろうに妹は、夫との子をわしと同日に出産したのですじゃ。つまり、この娘は、我が娘たちと同日生まれの夫の子であり従姉妹というわけでしてな。いかに()()()わしでもさすがに許すことはできず、妹と夫を放逐したですじゃ。ただ、子供に罪はありませなんだ故に、庶子として引き取って一人で生きていけるよう仕込みましたですじゃ」


 後ろに所在なげに控えていた少女を、てっきり侍女かと思っていた王子はたいそう驚きました。女辺境伯はニンマリと笑います。


「殿下がいかに思われようと、辺境の血筋の娘を娶るのは王家の掟。これ、お前たち、ここに三人並びなさい」


 「女神」の命令に、庶子の少女はおずおずと進み出ました。美しく着飾った双子の間に立たされた彼女は、ギュッと身を縮めています。彼女の髪は短く切られ、手は荒れており、二人に比べてずっと痩せているのです。三人で並ぶと、真ん中の少女と双子の差がありありと見て取れるのでした。


「さあ、殿下。どの子が殿下のお好みですじゃ?」


 王子は呆れたように女辺境伯を眺めていましたが、やがて真ん中の少女を指差すと言いました。


「その娘なら、少なくとも自分で自分の面倒は見られそうだ。どうしても選ばなければならないなら、その子がいい」


 王子の言葉に、両脇の二人は驚きと羞恥と怒りの混ざり合った顔をしていましたが、女辺境伯は豪快に笑い出しました。


「まさしく正直な方だ。気に入り申しましたじゃ。殿下の正直さに感銘を受けた故、娘たちは全員、差し上げますじゃ」


 その言葉に、王子の家臣を含めた、発言者以外のその場の全員が凍りつきました。


「辺境伯はいずれ嫡男が継ぎます故、わしに娘は不要。三人とも可愛がってやってくだされ」

「……は?」


 最初に衝撃から覚めたのは王子でした。


「なにを言っているんだ、なにを!嫁は一人で十分!そんな贅沢そうなのを二人も置いておかれたら、王家はあっという間に破産だ、持って帰ってくれ!」


 王子は立ち上がって怒鳴りました。そして双子に説得を始めます。


「おい、お前たち、言っておくが王宮より辺境の方がよっぽど豊かなんだぞ!ここにいたら掃除をしたり皿を洗ったり畑を耕したりしなけりゃならないぞ!お前らのぶっ飛んだ母親に連れて帰ってもらうんだ、お前たちのためだ」


 双子は縋るような目で母親を見つめますが、女辺境伯は意に介した様子はありません。


「もうその子らは殿下に差し上げましたじゃ。一度差し上げたからには戻せません、殿下のお好きになさればよろしい」


 あまりな言葉に、双子はしくしくと泣き出しました。王子は女辺境伯を睨んでいましたが、やがて大きなため息をつくと言いました。


「……わかった、俺の好きにさせてもらう。二人には、隣国の王太子に嫁いでもらうことにしよう。既に第三妃までお持ちの方だが、君らにとっては、ここにいるよりずっとマシな環境だろう。辺境に戻るのも、どうやらトンデモな環境らしいからな。噂の天上姫と妖精姫の二人なら、隣国も喜ぶだろう。どうだ?」


 双子の二人は、王子に向かってこくこくと頷きました。


「辺境伯。貴殿の娘らは当然、隣国語は話せるのだろうな?貴族の子女の義務であるが」


 女辺境伯は開いた扇の向こうで、あらぬ方向へと目を逸らしました。


「……隣国への輿入れは一年後、それまでに辺境伯の姫として、我が国を代表する貴族の娘として恥ずかしくない教養を身につけさせるように。そもそもだ、誰にだろうが貴族に嫁がせたいなら、とっくに終わっているべき教育だぞ、辺境伯」


 女辺境伯は扇を閉じると、王子に向かって深々と礼をしました。


「お前らも、真摯に取り組まなければ一年後はここで畑仕事に就くことになる。心して励めよ」


 王子の言葉に、双子は真剣な顔で何度も頷きました。



 三人が静々と退出すると、後には庶子の少女が残されました。


「とんでもない母親だったな。あぁ疲れた。君、悪いが本当に立て込んでいるんだ、今日のところはゆっくりしていてくれ」


 王子は少女を退出させようとしましたが、少女は意を決したように声をかけました。


「…っ、あの……!」

「なんだ」

「その、お隣の部屋ですが、私が片付けてもよろしいでしょうか?」


 最初に「えぇっ!」と声を上げたのは、王子の後ろにずっと控えていた側近の男でした。


「おい」


 王子は振り返ってたしなめますが、側近は真剣な顔で少女に話しかけました。


「本当にやめておいた方がいいですよ?」

「いえ、あの、私、お掃除は得意です」


 得意ときたか。王子は苦笑いをしました。


「それではできる範囲で頼む。紙類は捨てたり汚したりしないように。それ以外はどう処分してもかまわん」

「隣にあるのはほとんど紙類じゃないですか……」


 側近の呟きを、王子は無視しました。少女はきれいな礼をすると、隣の部屋へ消えていきました。そういえば、名前も聞いていなかったなと思いましたが、王子はすぐに彼を待つ仕事へと没頭していきました。




 それから数日、王子は少女の存在を忘れるほどの激務をこなしていましたが、ふと自分の将来の嫁が決まったことを思い出して、彼女がどうしているのか側近に尋ねました。


「おかげで王宮がピカピカです」


 王子は驚きました。


「本当に掃除をさせたのか」


 側近は重々しく頷きました。


「肝心の令嬢が隣の汚部y……、その、惨状に驚くと、腕まくりをしましてですね、」

「言い換えても同じじゃないか」

「殿下が整頓をなさらないからです」

「している」

「あれでしていると思われるなら、まずは殿下の頭の中を整頓せねばなりません」


 側近はズケズケと言いますが、護衛兼側近兼重臣兼……、さまざまなものを兼ねる幼なじみの態度に、王子は舌打ちすることしかできません。


「お前、いつかクビにしてやる」

「是非ともお願いします、次は休みがちゃんとあって高給が取れるところを紹介してください」

「……これからますますこの国を発展させて、天上姫だろうが妖精姫だろうが養えるような国にして、これから!って時にクビにしてやる」

「……殿下、やっぱりあの姫らが惜しかったんですね」

「なにを言う、俺はああいう、すぐ泣いて全身で寄りかかってきそうな女は苦手だ。支えてやる余裕もないしな。せめて自分の足で立てるようでなければ」

「掃除をしてくれたりですか?案外、奥様と気が合いそうで安心しています」

「……まだ妻じゃない」


 頬を染めた主君の姿に、側近の朗らかな笑い声が響きました。



 数ヶ月が経ちました。近隣の国々に、奇妙な噂が流れています。ある小国の王子が湖の女王から3人の娘のうち一人を嫁にやると言われました。三人のうち二人は天女のように美しく、一人だけ普通で地味でした。小国の王子は「私の国は小さくて貧しく、美しい姫君を迎えることはできません。平凡な娘を望みます」と言いました。その謙虚さに感銘を受けた湖の女王は、王子に三人とも娘を授けた、というのです。

 この噂を聞いて、自分も天女たちを手に入れたくなったある他国の欲張りな人物が、真似をして湖の女王こと女辺境伯に、「私こそがその地味姫と結婚したいのだ」と申し入れてきたのです。



「……というわけで、君の母君から打診があったのだが」


 王子の言葉に、少女は下を向いています。

 王宮での生活は大変でしたが、それでも彼女は辺境にいた頃よりも健康に、そしてふっくらとしてきました。王子とも仲をゆっくりと育んで、二人の間には少しずつ、あたたかなものが宿り始めたところだったのですが。


「……ここでの生活より、豊かになることは確実だ。あなたにとって幸せな方を選んでくれたらいい。ただ……」


 王子は赤面し、咳払いした。


「ここに残ってもらえたら嬉しい。俺はこんなだし、国もこんなだし、残れば苦労をかけるのはわかっているんだが、できれば、なんというかその、だな……」

 

 少女は笑みをこぼしました。

 ああ、花が綻ぶようとは、こういう笑顔のことなのだなと王子は思い、高鳴る胸を押さえました。


「私、殿下が、私がいいと言ってくださった時、本当に嬉しかったのです。それに、私も……」


 少女は口ごもりました。そして床に向かってポツリと、「ここにいたいです」とつぶやきました。

 王子は少女の手をそっと取り、その指先に愛おしそうに口付けるのでした。



 さて、噂の真似をして辺境へ求婚をした欲張りな人物はというと。

 噂を全く知らなかった女辺境伯は、「地味姫がいいとは奇特な御仁は結構いるのじゃな。だがあの子は帰ってこないというし、他の地味な子を縁付けてやろう」と、地味目の娘の一人を連れて出向いたそうです。女辺境伯には子供が十人いるのです。

 欲張りな人物は驚き抗議しましたが、彼の思惑を知った女辺境伯は激怒。その場で連れて来た娘との婚姻を結ばせ大切に添い遂げるよう誓わせました。女辺境伯の威圧にすっかり萎縮してしまった欲張りな人物は自分の短慮を後悔しました。そして地味目の奥方と長く夫婦をしているうちにとても上手くいったようで、毎年大勢の子供達を連れ辺境を訪れては、女辺境伯に感謝を伝えるようになったそうでござます。




 縁は異なもの味なもの。めでたしめでたし。


お読みいただきありがとうございました。

お察しの通り元ネタは「金の斧、銀の斧」ですが、金銀の斧をもらった木こりも、持て余したんじゃないかと思いまして。女辺境伯の語尾は完全な悪ノリです、スミマセン。

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金の斧と銀の斧木伐れなさそうよなあ。売ろうにもぜってえ質屋とかに出所探られるし
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