4話
冬を越せないはずだった村が、今年は静かに雪を迎えた。
王国南東に位置する寒村〈アグロマリア〉では、飢饉が常態化していた。
そこを支配する辺境伯──メゲルド・テン・ルーハスト。
彼は代々続くルーハスト家に生まれたが、転生者だった。
いや、そうなるはずではなかった。
本来なら、彼は現勇者軍の和平案を退け、独自軍備を強化して王都を包囲する“反乱貴族”となる予定だった。
だが、彼は「飢える民の顔」を一度見てしまった。
その顔が、かつて自分が“レニス”だったときに見た民の顔と、同じだった。
いや、レニスが見るはずだった民の顔かもしれない。存在しない記憶だ。
(……あれを放ってなどおけるものか)
彼は農地改革に着手し、休耕地を復元し、税率を緩め、私財を投じた。
反発もあった。領民の中には「何か裏がある」と疑った者もいた。だが、やがて村には食料が届き、病人が減り、笑い声が戻った。
彼は知らず、王国の未来を変えるほどの功績を残したのだった。
だが──数か月後、彼の寝室に現れたのは、仮面をつけた暗殺者だった。
鋭利な短剣が、静かに心臓を貫く。
「……これは、勇者軍からの忠告だ」
「……なぜ……俺は……」
「中立を貫いた結果、民を救った? それが罪だ。勇者様の正義に、あなたの理想は不要だった」
最後に見たのは、満月と、その光を反射する鋼の刃。
メゲルドの死は、王国の歴史から抹消された。
だが、彼が行った改革は残った。村は生き残った。農法は広まり、やがて国家の根幹を支える知識となる。
名を奪われ、正義を否定されても、彼の“選択”は消えなかった。
ただ一人──前勇者だけが知っていた。
その名前が歴史に刻まれずとも、その意志が誰かに届くことを。
ああ、また俺は。