3話
地下要塞〈グラキュリオン〉。かつて神の爪が突き刺さったと言われる地。その中心には、魔王軍の戦略中枢がある。
その円卓の一角、最も小さな椅子に座る男──ダは、会議の内容をほとんど聞いていなかった。
口元には笑み。だが、内心は不安でいっぱいだった。
(どうしてこうなった?)
彼は前世の記憶を持っている。いや、何度も死んで、何度も転生している。その度に失敗し、世界のルールから弾かれた。
今は魔王軍幹部。だが──それは“本来のダ”とは異なる立場だった。
本来の彼は、現勇者との決戦を経て、思想的影響を受け、敵味方を超えた“理解者”になる予定だった。
だがこの世界線では違った。
転生した彼は、戦局を見誤り、意味もなく都市を焼き、民を逃さず虐殺し、そして軍の信頼を失った。
「ダ、前回の作戦失敗の責任は?」
軍師カインが冷たく問う。
ダは笑ってごまかすが──心臓は痛いほど鳴っていた。
(ああ、またか。また間違った。レニス……どこかで見た彼らの人生。皆、狂っている。……俺もか)
「──処刑を提案します」
それは、あっけない決定だった。
誰も擁護しない。誰も、理解しようとしない。
彼の中にある「本来なら」という世界線の記憶は、ただの幻として消えかけていく。
処刑台に立たされたとき、彼は初めて声に出して呟いた。
「……祝福」
それはただのまじない。意味のない言葉。
だが、その刹那──処刑用の刃が彼の首に触れる前に、風が止まり、灰が舞い上がった。
目の前に広がったのは、血の海ではなく、記憶の海。
かつて勇者に問われたあの言葉が、思い出された。
──「お前が信じる正義は、誰を救う?」
だが今の彼には、その問いに答える力も時間もなかった。
彼は一閃のもとに、首を落とされた。
そのまま、何も語らずに、世界からまた一つの“可能性”が消えていった。
それを覚えている者は、どこにもいない。ただ、“前勇者”だけが、その誤った選択を胸に刻み続けていた。
ああ、また私は・・・ いや、俺は転生したのか。